本郷和人『光る君へ』本郷奏多さん演じる花山天皇に入内した井上咲楽さん演じるよし子は、そのまま「夜御殿」で…そもそも「入内」とは何か【2025編集部セレクション】
2025年4月26日(土)12時30分 婦人公論.jp
(写真提供:PhotoAC)
2024年上半期(1月〜6月)に『婦人公論.jp』で大きな反響を得た記事から、今あらためて読み直したい1本をお届けします。(初公開日:2024年02月14日)
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大石静さんが脚本を手掛け、『源氏物語』の作者・紫式部(演:吉高由里子さん)の生涯を描くNHK大河ドラマ『光る君へ』(総合、日曜午後8時ほか)。第六話は「二人の才女」。まひろ(吉高由里子さん)は道長(柄本佑さん)と距離を取るため、ライバルの左大臣家で間者を続けることを決断。一方、道長は道兼(玉置玲央さん)の口から、まひろの母の事件をもみ消したのが兼家(段田安則さん)であることを知り——といった話が展開しました。一方、歴史研究者で東大史料編纂所教授・本郷和人先生が気になるあのシーンをプレイバック、解説するのが本連載。今回は「入内」について。この連載を読めばドラマがさらに楽しくなること間違いなし!
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あらためて「入内」とは
今回は入内〈じゅだい〉についてお話ししましょう。
入内とは天皇の妃である皇后・中宮・女御〈にょうご〉になる高貴な女性が、儀礼を整えて内裏に入ることをいいます。
『光る君へ』では吉田羊さん演じる藤原詮子が、入内した円融天皇から冷たい仕打ちを受ける場面が見られたり、井上咲楽さん演じる藤原よし(よしはりっしんべんに氏)子が花山天皇のもとへ入内した後、手を縛られて官能的に絡むシーンが描かれたりしていました。
「入内」にまつわるやりとりも多く、ドラマのキーになっているようです。
天皇の待つ清涼殿へ
さてその「入内」。
資料が豊富な平安時代後期ですと、女性は入内に合わせて親もとで成人式(裳着〈もぎ〉という)を行い、官位を賜り(通常は三位)、正式な名前を定めます(逆に言うと、その時まで名前がなかった)。
そのあと多くの供を連れて、牛車〈ぎっしゃ〉に乗って京都御所へ向かうのです。
御所の中は牛車が通れませんので、いったん車を降り、輦車〈てぐるま〉の宣旨〈せんじ〉を受ける。これにより、御所内を人力で引く輦車に乗ることを許されます。
さらにこれに乗り、また歩いて、天皇の待つ清涼殿〈せいりょうでん〉に渡るのです。
衾覆いの儀
なお天皇は夜御殿〈よるのおとど〉というところにいます。寝間着としては直垂〈ひたたれ〉を着て、御悵台〈みちょうだい。ベットのこと)に横になる。
本郷和人先生が監修を務める大人気の平安クライム・サスペンス!『応天の門』(作:灰原薬/新潮社)
そして衣服を着替えた女性も御悵台に入る。
すると女性の父母、もしくは縁の深い貴族が二人に衾〈ふすま〉を着せかけて、退出する…。
これを衾覆〈ふすまおお〉いの儀、と呼びます。
衾はいまの布団。長方形のものと、掻い巻きのようにえりや袖のあるものがあったようです。
そのあと二人がどうするか・・・。毎度のことながら、ヤボな話はやめましょう。
25歳で入内した藤原高子
前回でも触れた平安時代を代表する美男・在原業平。彼と恋の逃避行をしたことで有名な藤原高子は貞観8年(866年)、25歳で入内し清和天皇の女御となりました。
これは当時としては、相当おそい。通常より10年は遅いのではないでしょうか。
その理由はといえば、天皇が幼かったため。実際、結婚したとき天皇は16歳でしたから、高子さんより9歳年少でした。
何としてもわが一族の娘を女御に…という高子の養親・藤原良房(皇族以外ではじめて摂政になった人)の執念がうかがえます。
※本稿は、『応天の門』(新潮社)に掲載されたコラムの一部を再編集したものです。
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