函館から遠く離れること約20キロ…北海道新幹線“ナゾの終着駅”「新函館北斗」には何がある?

2025年4月28日(月)7時10分 文春オンライン

 東京駅から東北新幹線「はやぶさ」に乗って約4時間。気がつけば仙台や盛岡どころか新青森も通り過ぎ、窓の外は漆黒の暗闇。「はやぶさ」の一部は、新青森駅からそのまま北海道新幹線に直通、津軽海峡を青函トンネルで駆け抜けて北海道に上陸する。その終着は、新函館北斗駅だ。


 北海道新幹線が開業したのは2016年3月だから、もう今年で10年目。東京駅で「新函館北斗行き」の新幹線を見かけても、何も感じないくらいには定着している。



函館から遠く離れること約20キロ…北海道新幹線“ナゾの終着駅”「新函館北斗」には何がある?


おなじみにはなったけど…


 東京から函館まで。新幹線だと4時間以上、飛行機だと1時間半もかからない。わざわざ新幹線で行く人なんているもんか、などと言われることもあった。が、飛行機嫌いにとっては新幹線に乗っているだけで函館に着くのだから、これほどありがたいことはない。


 が、この新函館北斗という駅は、名前からもわかるとおり函館駅とはまったく別のものだ。それどころか函館市内にすらなくて、新函館北斗駅は北斗市内にある。


 南に函館湾に接し、港を中心に市街地を持つ函館の町。さらにその北へと広がる函館平野。新幹線は函館平野の真ん中を大きく弧を描きながら北上し、平野の北の端っこの終着駅が新函館北斗駅、というわけだ。


 だから、観光や何やで新幹線に乗ってきた人は、新函館北斗駅から在来線の「はこだてライナー」に乗り継いで約20分、函館駅に向かわねばならない。


北海道新幹線“ナゾの終着駅”「新函館北斗」には何がある?


 裏を返せば、新函館北斗駅そのものに用があるような人はめったにいないから、すぐに乗り換えてこの駅を去ることになる。


 畢竟、この駅がどんな駅なのか、いったい何があるのかはほとんど知られることがないまま10年近くが経ってしまったのではなかろうか。そういうわけで、新函館北斗駅の周辺を少し歩いてみることにした。


 ……と言っても、だいたい結論はわかっている。到着間際の新幹線の車窓から見る風景は、まったく一面の田園地帯なのだ。


 遠くの山裾にはいくつも民家が並んでいるのが見えるけれど、それとはだいぶ離れている。駅の周り、いわゆる“駅勢圏”に含まれる範囲は、大部分が田園地帯で占められているといっていい。


 実際に駅の周りを歩いてみても、車窓から抱くイメージそのままであることがすぐにわかる。新函館北斗駅は橋上の駅舎で、出入口は南北に設けられている。


 そのうちメインとなるのは南口。南口側には駅舎内にも観光案内所やカフェなどが入っていて、さらに駅前広場もなかなか大きくよく整備されているあたりはさすが新幹線のターミナル。


 駅前広場の脇には上層がホテルになっている商業ビル(といっても下層にコンビニ兼土産物店が入っているくらい)があり、広場の向こうには天高くそびえる東横イン。


 その隣には郵便局があって、飲食店もふたつばかり。ただ、あとはレンタカー屋が軒を並べていたり、ボールコートやスケートパークくらいなもので、語るべきものは特に見当たらない。


 南口駅前の一帯は、新幹線開業にあわせて区画整理されたのがよくわかる。街区を区切る道路も広々と真新しくて実に走りやすそうだ。


空き地の目立つ駅前を抜けていくと…


 そして駅に近い一角を除くと、ほとんどが空き地になっている。空き地の角には「FOR SALE」と書かれた看板が立てられていた。どうやら、北斗市は新幹線にあわせて駅前を整備、企業などの誘致を目論んでいたようだ。


 何しろ泣く子も黙る大動脈の中の大動脈、東京に直結する新幹線のターミナル。それがわが町にやってくるのだから、気合いが入るのも無理からぬ話だ。


 が、ごくわずかの駅に近い一角と、あとは新しい戸建て住宅がいくつか並ぶエリア、また道営住宅が建っているくらいで、空き地のほうが目立っている。


 まったく何も進んでいないとは言わないが、“そこそこ”止まりというのが正しいところだろうか。少なくとも現時点では、新函館北斗駅前でいちばん目立っているのは東横インである。


 そして、そんな区画整理された一角を抜け出れば、もうすぐに田園地帯である。それどころか、反対の北口は小さなロータリーの向こうが田園地帯。


 だから、おおざっぱにまとめれば新函館北斗駅は周囲を完全に田畑に囲まれた、まるで秘境駅のごとき新幹線駅というわけだ。


 ただし、北海道新幹線は将来的に札幌方面に向けて延伸する予定だ。そうなれば新函館北斗駅も終着駅から途中駅へ。だから駅前が開発途上なのも、未来を見据えればこんなものと言えなくもない。


 それに新函館北斗駅は新幹線と同じ2016年に開業したばかり……と、言いたいところだが、こればかりはまったくの間違いだ。


 この駅が開業したのは1902年。現在の函館本線が函館駅から延びてきて、最初の終着駅として誕生している。つまり120年以上の歴史があるということになる。


実は“開業120年超”の老舗駅…当初の「函館北斗」には何があった?


 その当時の駅名は、本郷駅といった。周辺が本郷村だったから、村名から名前を頂いた。


 その後、本郷村は周辺と合併して大野村(のち大野町)となり、1942年には渡島大野駅に改称。さらに大野町は2006年に上磯町と合併し、北斗市になった。


 それから10年後の2016年に2度目の改称で新函館北斗駅になった。ちなみに、北斗市内の駅で市名が入っているのは新函館北斗駅だけである。


 函館平野の中西部を占めていた旧大野町は、北海道における水田発祥の地としても知られる。この地域で稲作がはじまったのは江戸時代前期の1685年のこと。


 もともと米は南方の作物で、寒冷地での栽培には適さない。だから、長らく稲作の“北限”が函館平野だった。いまでは日本有数の米どころの北海道、品種改良の末に道内各地での稲作が本格化したのは明治に入ってからだ。


 こうした歴史を垣間見ると、新函館北斗駅が田園地帯で囲まれているのは田舎だとか開発が進んでいないとかそういうことではなくて、“最北の稲作地”の証というのが正しいのかもしれない。


 いずれにしても、本郷駅として開業し、渡島大野駅を経て新函館北斗駅になったこの駅の120年の歴史は、ほぼ一貫して田園地帯の中にあった。


 ただ、そうした中でも1930年代には駅の周りにハムやソーセージの工場が広がっていたという。駅前広場の一角に、その歴史を伝える説明板があった。


 曰く、函館で本場・ドイツのソーセージ造りをしていたカール・レイモンが、事業拡大に合わせて1933年に当時の本郷駅前に拠点を移したのだという。牛や豚、羊の飼育施設も併設した3000坪の巨大な工場だった。


 駅前の工場は1938年に政府に強制買収されてしまったが、戦後もレイモンは函館で長くソーセージ造りに勤しみ、いまでもカール・レイモンブランドは函館土産の定番のひとつになっている。


特急が“通過さえしない”小駅に新幹線がやってきた理由


 そんな歴史の一幕があったにせよ、田畑に囲まれただけの小駅は、特急などが停まるようなこともなくずっと脇役の立場に甘んじてきた。


 1966年に渡島大野駅を経由しない藤城支線が開通すると、下りの特急列車はそちらを走るようになっている。つまり、特急が停まるどころか通過すらしない、そんな小さな駅だったのだ。


 当時の面影は、駅の周りの田園地帯。そして、南口から西へと延びる古い通り。これが新幹線以前の渡島大野駅の“駅前通り”だ。


 両脇に民家がぽつぽつと連なる駅前通りを5分ほど歩くと、南北に通る比較的大きな道に出る。こちらにも両脇には民家が並んでいて、古くからのこの地域のメインストリートだったことを教えてくれる。


 少し南に向かって歩くと、1910年に建てられたという古民家もあった。戦後は長らく雑貨店だったという。きっと、他にもこの道沿いには商店なども並んでいたのだろう。「市渡」と呼ばれるこの町を南に抜けてずっと進んだ先が、旧大野町の町役場などもあった中心地である。


 いずれにしても、この町が農業を主産業とする小さな町であったことは疑う余地がない。そうしたところに忽然と現れたのが、新幹線と新函館北斗駅だったのだ。


 この場所に新幹線の終着駅が置かれたのは、さらなる延伸に都合が良かったこと、また在来線と新幹線の接続にもちょうどよく、近くに新幹線の車両基地を置くだけの余地があったことなどが理由だろう。


新函館北斗の「1度見たら忘れられない」像


 新幹線駅設置にあたっては、駅名を巡って一悶着があったことは有名な話だ。函館市は「新函館」がイチオシ。


 対して、駅の所在する北斗市は「北斗函館」を主張したという。その間を取って新函館北斗駅になった。こういう例は意外とあちこちにあるから、取り立てて珍しいエピソードでもない。


 ともあれ、農村の中の小駅は新幹線によって激変したというわけだ。120年の歴史の中で、新函館北斗駅時代はわずか10年足らず。その10年を持ち出して、思うように開発が進んでいないだとかケチをつけるのは、あまりにスジが悪いといったところだろうか。


 最後に個人的なことを話すと、函館に行くときには新幹線を使うことが多いので、実はこの駅には何度も来ている。たいていはすぐに在来線に乗り継いでしまうが、一度だけ1時間ばかり乗り換えの待ち時間を過ごしたことがある。


 そのときは週末だったからか、駅前でイベントをやっていて地元の家族連れなども集まってきていた。よく覚えていないが、名の知れた団体がプロレスを披露していた。


 が、それよりも記憶に残っているのが、北斗市のゆるキャラ「ずーしーほっきー」だ。ときに二足歩行で歩き、ときに四つん這いで迫ってくる、そんな珍妙でキモくて愛らしい、インパクトバツグンのずーしーほっきー。彼が、家族連れの子どもにも容赦なく襲いかかっていたのをよく覚えている。


 そんなずーしーほっきーさん、もちろん動く彼に会うことはレアな体験なのだろう。が、ちゃんと新函館北斗駅の駅前にはずーしーほっきーさんの像があります。ぜひ、ずーしーほっきーさんに会いに新函館北斗駅、行ってみてはいかが。 


写真=鼠入昌史


(鼠入 昌史)

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