福島県双葉郡大熊町に学校が戻ってきた。0~15歳が集い遊ぶ学び舎『ゆめの森』

2023年5月3日(水)11時0分 ソトコト

復興の中核を担う拠点として。


福島県の太平洋に面した「浜通り」に位置する大熊町。2011年3月11日の東日本大震災と、東京電力福島第一原子力発電所の事故の影響によって全町民が避難。町立の小学校2校、中学校1校は会津若松市へ移ることとなり、以降、同市の協力のもと、地域にあった校舎を使って、大熊町の子どもたちは学んだ。


避難生活は長期にわたったが、2019年4月に大熊町の一部地区の避難指示が解除され、役場機能が大熊町に戻ることとなり、復興拠点を中心としたまちづくりが動き始めた。学校は、まちづくり計画の中核。現在、2023年夏の完成を目指し、校舎の建設が進められている。


『ゆめの森』は、2022年4月に、避難先の会津若松市ですでに始まっている。中学校も統合された義務教育学校として、小学1年生から中学3年生までが、同じ場所で学んでいる。2023年4月に大熊町に戻り、まずは町の施設などを使って授業を開始。校舎完成後には、幼保連携型の認定こども園などが併設され、0歳から15歳がともに学ぶ場となる予定だ。





新校舎は、その建物も非常に独創的だ。学校ではあるのだが、集うのは子どもたちだけではない。同じ間取りのスペースは一つとしてなく、そこには工作などができる「創作工房」や、国内最大規模の蔵書を目指した「わくわく本の広場」、そのほか大学など高度な専門性を有する機関との連携も視野に入れたワークスペースなども用意され、多世代、かつ多様な人たちが集いたいと思える場所を目指しているという。


先生ではなく「デザイナー」。呼称に宿る想い。


校舎も斬新だが、学びのスタイルも新しい。それはすでに会津若松市の校舎で実践されている。たとえば授業は、異年齢がゆるやかに交わり合って学ぶかたち。ICTツールを使った授業も普通に行われている。今後さらに必要とされるコミュケーション能力の育成を狙い、演劇などを授業に取り入れたりもしているという。


学びの現場を取材すべく、2023年3月初旬に会津若松市の『ゆめの森』を訪ねた。大熊町へ戻る準備が進む中、対応してくれたのは、副校長の増子啓信さん。同職に就く以前は大熊町教育委員会の中で、『ゆめの森』のコンセプトづくりなどを中心となって担ってきた人物の一人だ。


増子さんは「GM室」と書かれた部屋で待っていた。「便宜上、名刺などには『副校長』の肩書を明記していますが、ここではGM、つまりゼネラル・マネージャーと呼ばれています。教頭はマネージャー、各先生もデザイナーです」。呼称という、一見些細なことのように思えるが、そこには大熊町が取り組み始めた、新しい学びのかたちへの想いが宿っていた。





「まずは先生たちの意識を変えたかった。先生たち自身が、”学びをデザイン“する姿を見せていくこと自体が、子どもたちに一番響くのではないか、という気持ちが根底にありました」


少人数だからこそ実現できる、独創的な学び。


授業の様子を見せていただいた。教室では8年生(中学2年生)の理科の実験の真っ最中。『ゆめの森』では「Qubena(キュビナ)」という、最新のICTツールを導入している。AIが一人ひとりの学習の傾向を分析し、理解度に合わせて最適な問題を提供してくれたり、個別の学習の進度を可視化できたりするという。「理科に関しては、知識の理解に関する部分の一部は、『Qubena』を用い、家で学習したりすることもあります。学校では、ここでしかできないようなこと、今日のような実験などに重きを置いていますね」とは、授業を担当していた菅野龍二さん。増子さんも「アナログとデジタルの『ハイブリッド最適化』と、私は思っています。そして各教科の特質に応じた理想的な学びのサイクルを、各教員が工夫し始めていると手応えも感じています。教員は必然的にファシリテーターになっていくのでしょう。プロジェクトの伴走者と言い換えられるのかもしれない。最適解へと向かっていく、探究的な学びのサポートをする役割ですね」と語る。





学校で力を入れるものに演劇がある。個々のコミュケーション能力の向上を目的に、「創造的演劇教育」として位置づけ、プロの演出家の方から指導を仰ぎ、演劇に取り組んできた。この2月には、お世話になった会津若松市の関係者を招いた「感謝を伝える会」で、オリジナルの演劇も披露した。


さらに、第一線で活躍するプロフェッショナルの方々を招き講演を行ったり、訪問したりする学習にも意欲的で、これまでにエアレース・パイロットとして世界で知られる室屋義秀さんを招聘したり、北海道大学と共同でハイブリッド・ロケットの開発を手掛ける『植松電機』を訪問したりもした。
「こういったことができるのも、ゼロから学びをつくる過程にある『ゆめの森』ならでは。少人数だからこそ、いろいろと挑戦できていると思っています」と増子さんは話してくれた。





これからの社会に必要な学びのかたち。


2050年、およそ30年後に社会の中核を担う今の子どもたちに必要な学びとはなんだろう。「不確実な世の中」とも言われるこれからの社会を見据えれば、「正解のない学び」を深めていくことこそが重要なのかもしれない。増子さんも想像する。「これから、日本は人口減少が進んでいきます。今の子どもたちが、そんな時代を生きていく中で身につけていくべきは、『0から1』を生み出す力であったり、協働していく力であったり、夢中を手放さないで好きなものに没入する力。それは、教員以外の、地域の人たちとの関わりの中でも育まれることでしょう。さまざまな仕掛けが盛り込まれた新校舎にも期待しています。地域と一体になった『ゆめの森』の特色ある学びのかたちが町の魅力の一つとなって、移住などにもつながったらうれしく思います」。








日本の学びのあり方は、個にも寛容とする「多様性」に向かっている。『ゆめの森』は、さらに地域や、さまざまな人たちとの触れ合う「混在」も内包し、学びの深化だけでなく、コミュニティの再生をも目指す。これは、大熊町が震災後の経験の中で得た「未来への指針」。今まさに各地で求められている「学びと地域のあり方」のヒントだと感じた。





『大熊町立 学び舎 ゆめの森』・増子啓信さんが気になる、学びを楽しむコンテンツ。


YouTube:早稲アカブランドムービー「虫好きの少女」篇
早稲アカブランドムービー「虫好きの少女」篇
進学塾『早稲田アカデミー』のブランドムービー。いくつかあるのですが、その中でも「虫好きの少女」篇が好きですね。教育のあるべき姿といいますか、好きなものを好きと言い続けられる環境づくりが大事なのだと考えさせられます。


Book:「学校」をつくり直す
苫野一徳著、河出書房新社刊
一斉授業への疑問と、それを希望に変える提言が詰まった本。教育者である苫野さんの本はほとんど読んでいますが、この本では「個別の学びをゆるやかに支えているのは協働である」という部分が、心に刺さりました。


Book:不安な時代に踏み出すための「だったらこうしてみたら?」
植松 努著、PHP研究所刊
テレビドラマ化もされた池井戸潤の小説『下町ロケット』のモデルともいわれる、植松努さんの最新刊。夢の前に壁が現れたときの乗り越え方などを含め、心のありようについて、実際の経験を交えながら教えてくれる良書です。


photographs & text by Yuki Inui


記事は雑誌ソトコト2023年5月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

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