『透析を止めた日』の作家・堀川惠子×〈腹膜透析〉を推進する医師・森建文 女性は閉経後に透析を始めるケースが多い。透析患者が人生の最期をソフトランディングさせるには?

2025年5月16日(金)12時58分 婦人公論.jp


ノンフィクション作家の堀川惠子さん(左/撮影:MAL)と、「腹膜透析」を推進する医師の森建文さん(右/写真提供:森さん)

腎臓の機能が低下した患者を生かすための治療、人工透析。堀川惠子さんは、「血液透析」を受け病と闘う夫に寄り添い続けました。しかし病状の悪化により命綱であるはずの透析は耐えがたい苦痛を伴うようになり、夫は透析中止を決断。苦しみながら他界しました。それから7年、透析医療のあるべき姿を求めて取材を重ねた堀川さんの著書『透析を止めた日』が、話題を呼んでいます。取材で出会った森建文さんは「腹膜透析」を推進する医師。その治療法のメリットとは。(構成:菊池亜希子

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<中編よりつづく>

家族だけでなく社会を巻き込む医療に


堀川 在宅ケアの場合、家族だけでなく、訪問看護師さんやヘルパーさんも巻き込んで、介護として考えていくことも大事ですよね。実は、闘病中の私の父が本音を漏らすのは、母でも私でもなく、ある訪問看護師さんなのです。

彼女にだけは私たちに言わないことも話すから、わざと二人きりにして、後で彼女にこっそり聞いています。支える家族の気持ちは、移り変わるもの。私自身、夫の終末期には感情が凄まじくアップダウンしました。

何が何でも生きてほしいと願ったり、このままラクに死なせてあげたいと思ったり。家族だけでどうにかしようとしないで、いろんな人がかかわれる仕組みがあるといいですね。

森 腹膜透析を広めていくには、まさにその仕組みが大事です。日々のケアの手助けは、家族でなくてもいい。

訪問看護師さん、ヘルパーさん、介護施設のスタッフの方々……多くの方に腹膜透析を理解してもらって協力いただければ、家族の助けが得られない場合でも、施設に入所していても、腹膜透析を続けることができるのです。そういう仕組みを作る活動にも力を入れています。


(イラスト:赤池佳江子)

認知機能にも影響が!?


堀川 血液透析に関してですが、黒部市民病院(富山県)の吉本敬一医師が、病院内外で死亡した透析患者(血液透析・腹膜透析)の死亡時の状況を分析した論文を発表なさっていて、その中に〈35.6%の患者さんが死亡時に認知症を有していた〉との記述がありました。血液透析では、シャントによる過剰血流が認知機能を低下させることが明らかなんですよね。

森 脳の血流が影響を受けるためだろうと言われています。台湾で行われた大規模な統計調査からも、血液透析の患者さんは脳卒中リスクが高まること、とくに高齢の患者さんに顕著であることもわかっています。

堀川 患者の側も、自分が受ける治療について知識を持つ必要がありますね。ところで、日本の透析患者数は22年から減少に転じましたが、高齢の患者さんは増加し続けているそうです。とくに女性が高齢になってから透析を始めるケースが多いのは何か要因がありますか?

森 女性の体は女性ホルモンに守られているので、閉経前までは動脈硬化など生活習慣病の進展が男性より緩やかです。ところが閉経して女性ホルモンが減少すると、急に動脈硬化、高血圧、糖尿病などが増え、それらが透析の原因となる腎硬化症を誘発するのです。

これらには自覚症状がありません。とくに腎臓は透析が必要になる直前まで症状が表れないので、普段から定期的に健康診断を受けて、生活習慣病はもちろん、クレアチニンなど腎臓の数値も気にしてほしいと思います。症状が出る前に機能低下に気づいて治療を開始するのが唯一の予防法です。

堀川 日本では、終末期に病院で苦しみながら、緩和ケアも受けられずに亡くなっていく血液透析患者が多いのが現状です。見守るしかない家族も本当につらい。医師も何とかしたいけれど、腎臓病では緩和ケアが保険診療にならないから、十分なことができないのでしょう。

できれば、患者も家族も納得できる最期を迎えたいもの。腹膜透析はそれを可能にしてくれる治療法だと思うのです。

森 そうですね。加えて、腹膜透析は患者さんの状態や状況に合わせて透析液の量や濃度、そして1日の透析時間を調整できます。透析のために生きるのでなく、よりよく生きるために透析のほうを合わせていく。

とくに活動量が少ない高齢者や終末期の腎不全患者さんが、人生の最期をソフトランディングさせることのできる治療法と言えるでしょう。

堀川 今、在宅医療や地域連携を推進する国の方針に沿うとして、腹膜透析にかかわる診療報酬が増額されつつあると聞きました。今後、腹膜透析が選択肢のひとつとして全国に広がっていってほしい。患者も家族も医療者も、皆が幸せに日常を重ね、終末期を迎えられることを願います。

【参考】日本腎臓学会・日本透析医学会・日本移植学会・日本臨床腎移植学会・日本腹膜透析医学会「腎不全 治療選択とその実際」
https://jsn.or.jp/jsn_new/iryou/kaiin/free/primers/pdf/2024allpage.pdf

婦人公論.jp

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