「先輩のブラックな働き方と後輩の権利主張の板挟みに」働き方改革で職場の負荷が下がったかというと…改革が進んでいる企業ほど管理職の負荷が高くなる傾向も
2025年5月18日(日)6時30分 婦人公論.jp
(写真提供:Photo AC)
「働き方改革」が広がり、労働環境はここ数年で急速に変化しました。そのようななか、「今、管理職として働くということが、『罰ゲーム』と化してきている」と話すのは、パーソル総合研究所 主席研究員/執行役員シンクタンク本部長の小林祐児さん。そこで今回は、日本の管理職の異常な「罰ゲーム化」をデータで示し、解決策を提案する小林さんの著書『罰ゲーム化する管理職 バグだらけの職場の修正法』より一部を抜粋・再編集してお届けします。
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働き方改革で負荷は下がったのか
負荷を「下げる」ことを目的とされたトレンドが存在します。2015年頃から実施されてきた「働き方改革」の潮流です。
日本の長い労働時間やそれに伴う「過労死」は、早くから国際的にも問題視されてきました。個人のワーク・ライフ・バランスに対する意識も高まる中で、仕事だけに人生を捧げるような時間の使い方は、働く個人にとっても合理的ではなくなっていきます。そんな中で、従業員の過重労働が「過労死」や「ブラック企業」といった言葉とともに社会問題化し、長時間労働是正を目的とした、働き方改革という政策パッケージが始まりました。
働き方改革が広く有効に機能すれば、少なくとも管理職の業務負荷も下がるはずです。
しかし、ここで触れたい大問題は、現在の働き方改革が管理職の負荷を「上げる」方向に進んでいる、という事実です。データを見ると、「(勤務先の)働き方改革が進んでいる」と回答した管理職のほうが、そうではない管理職に比べて、業務量自体が増加したと答えています(下図表)。
<『罰ゲーム化する管理職 バグだらけの職場の修正法』より>
「改革が進んでいる」と回答した層ほど……
「働き方改革が進んでいる」と回答した層ほど、「組織の業務量の増加」などの業務逼迫が「進んでいる」という回答が「進んでいない」という回答を大きく上回っています。企業規模や業態、性別や年齢など、様々な属性を調整してみても、同様の傾向が見られました。
もし本当に働き方改革が生産性の向上に寄与しているならば、組織全体の業務負担は軽くなっていても不思議ではありませんが、事態は逆です。
『罰ゲーム化する管理職 バグだらけの職場の修正法』(著:小林祐児/集英社インターナショナル)
もともと忙しい職場のほうが働き方改革を進めているという可能性も考えられますが、現場管理職の声を聞くと、働き方改革が進んでいる企業ほど管理職が高い負荷を感じているという傾向は、かなり広範に見られます。
「先輩達の昭和的なブラックな働き方(とにかく頑張れ)と、後輩の権利主張の板挟みになる。後輩は、自分がやるべき締め切りのある業務が終わっていなくても終業してしまい、皺寄せが自分に来て、結果残業する羽目になり、プライベートの時間を充てることになる」(51歳、女性、製造業)
働き方改革の二重の矮小化
こうしたことが起こる理由は、働き方改革の「二重の矮小化」にあります。
2019年4月、改正労働基準法が施行され、大企業に時間外労働の上限設定が導入されました。青天井と言われてきた日本の長時間労働に、ようやく「上限」が設定されたのです。これは一つの歴史的なメルクマールでした。
しかしこのとき、企業の現場での働き方改革は、労働生産性の向上といった本質的な内実を伴う変化ではなく、単なる「労働時間上限設定への対応」へと矮小化されてしまいました(第一の矮小化)。働き方改革は「働く時間」改革になったのです。
多くの企業では、残業の原則禁止やノー残業デーの設定といった「労働時間を上から管理する施策」が続々と行われました。例えば2022年のパーソル総合研究所の調査でも、「退勤管理の厳格化、チェックシステムの導入」は7割の企業が、「ノー残業デーの設定」「残業の原則禁止ないし事前承認制」は4割以上の企業が実施しています(下図表)。
メンバー層への矮小化
働き方改革のもう一つの矮小化は、改革の対象を職場全体ではなく、労働時間管理の対象である「メンバー層」としてしまった点です。その結果、残業手当の付かない管理職は、働き方改革の中で優先順位の低い位置に置かれました。そして多くの現場では、メンバー層を時間厳守で早く帰らせる分、管理職が仕事を引き取らなければならない状況が多く生まれています(第二の矮小化/メンバー層への矮小化)。
コロナ禍によって長時間労働は一時的に激減したため、コロナ禍以前の2017〜18年に行った調査のデータを見てみましょう。この時期の調査からは、管理職層のほうが、メンバー層よりも残業時間が長いことがわかっています。特に課長が最も長く、月平均31.8時間もの残業をしています。(※1)
長時間労働是正という面で働き方改革が必要なのは、圧倒的に「管理職」であるにもかかわらず、労働時間管理の外にいるため改革の対象にならず、対象は「メンバー層」に絞られる。効率化や業績目標の軟化といった変化が無いままに、会社からの「残業時間を減らすこと」というお達しに従うには、「自分が仕事を巻き取る」しかありません。部下に仕事を押し付けるような管理職は、「失格」の烙印を押されます。
働き方の効率化や労働生産性の上昇という本質を持っていたはずの働き方改革は、こうして「労働時間の上限」と「メンバー層」という二重の意味で矮小化され、そのツケは管理職の肩に重くのしかかっているのです。
(※1)パーソル総合研究所・中原淳「長時間労働に関する実態調査」
※本稿は、『罰ゲーム化する管理職 バグだらけの職場の修正法』(集英社インターナショナル)の一部を再編集したものです。