五木寛之 90歳を迎えた私が、寝る前にする「健康にいい遊び」とは?体とは本当に面白いものである【2023編集部セレクション】

2024年5月24日(金)7時0分 婦人公論.jp


作家・五木寛之さん(『新・地図のない旅Ⅰ』帯より)

2023年に配信したヒット記事のなかから、あらためて読み直したい「編集部セレクション」をお届けします。(初公開日:2023年08月28日)。
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人生100年時代と言われ、人が経験したことのない未来が待つ世界になりました。先が見えない世の中で、90歳を迎えた作家・五木寛之さんが綴るエッセイからは、日常を新しい角度から見るヒントが見つかるかもしれません。昔から養生を趣味としてきた五木さんが、夜寝る前にしていることとは——。

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養生は遊び


趣味は養生、と昔から言ったり、書いたりしてきた。

健康法では趣味にならない。趣味というのは面白いからやるものだ。道楽、といってもいいだろう。役に立とうが立つまいが、それが楽しいからやるのである。

養生は私の遊びの1つである。若い頃は競馬に凝ったり、麻雀に熱中したりした。いまは遊びといえば、せいぜい養生といったところだ。

遊びであるから苦しいことや無理なことはしない。

先日、ある人から「毎日、足の指を1本ずつ揉むと健康にいいんだよ」と教えられた。

内心、ペロリと舌を出した


足の指を揉むくらいのことは、100年前から知っている、と言おうとしてやめた。

「それはよさそうだね。きょうから毎日やってみよう」

と、神妙な顔でうなずきながら、内心、ペロリと舌を出した。

足の指を丁寧に揉むのが体にいいことは、私が昔から言ってきたことだ。体で大事なのは中心ではなく末端である、というのが私の持論だった。30年あまり前に出した養生本のなかで、そのことを冗談をまじえて書いているから、お読みになったかたもいらっしゃるだろう。

夜、寝る前に、足の指の1本1本を、感謝しながら指で揉む。1日ご苦労さんだったね、と、声をかけながら優しく揉みほぐすのである。それぞれの指に名前をつけて、右足の指は親指から順番に、一郎、次郎、三郎、四郎と呼ぶ。小指が五郎ちゃんだ。

左足は親指が一美(かずみ)、次が二美(ふみ)、そして三美(みみ)、四美(よつみ)と続く。小指を五美(ごみ)と命名したと書いたら、お叱りの手紙が殺到した。

いくらなんでもゴミはひどい、というのだ。たしかにその通りだと反省した。イツミと呼ぶことにして炎上せずにおさまった。


『新・地図のない旅 I』(著:五木 寛之/平凡社)

完全な孤独はない


足の指にも、1本ずつ性格がある。形もちがえば動きもちがう。

チベットの山のサポーターであるシェルパは裸足でけわしい山路を歩くという。

濡れた岩の上で滑りそうになっても、滑らない。足の指がモミジのようにパッと開いて、バランスを保つのだそうだ。

その話を聞いて、左右の足の指を扇のように全開にひらく練習をしてみたのだが、なかなかうまくいかない。左側の五人姉妹はなんとか開くのだが、右の小指、五男坊の五郎がどうしても言うことをきかないのだ。

やたら力を入れても足の指は自由に動かすことはできない。素直な子もいれば、強情でひねくれたやつもいる。

左のほうのゴミ、いや、イツミちゃんはとても素直で、見事に横向きに開いてくれる。

体というのは本当に面白いものだ。そのうち右側の強情な五男坊も、素直に言うことをきいてくれるようになるかもしれない。

完全な孤独というのは本当はないのである。人は、「自分とカラダの二人連れ」なのではあるまいか。

※本稿は、『新・地図のない旅 I』(平凡社)の一部を再編集したものです。

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