「なんで 『たばこ』は悪いのに 、パパは作ってるの?」 禁煙の時代を生きる「葉タバコ農家」の現実と情熱

2022年5月31日(火)11時0分 Jタウンネット

5月31日がまたやってきた——5月に入ってからというもの、筆者は複雑な感情を抱きつづけていた。

31日は、世界保健機関(WHO)が禁煙を推進するために制定した「世界禁煙デー」。毎年この季節になると、喫煙者としての自分を見つめ直し、たばこと真剣に向き合うことが多くなる。

そんな中で、筆者はたばこに関するある疑問を抱いた。

「僕たちが吸っているたばこはどこからやってくるのか」

たばこが与えてくれる癒しを日々享受している筆者。そのたばこが、どんな過程を経て僕たちの手元にやってくるのか。改めて向き合ってみると、あまり知らなかったことに気付く。

1人の愛煙家として、「癒しの源」について知っておいた方が良いだろう。そう考えた筆者は、たばこのスタート地点である、葉タバコ農家を訪れることにした。

野菜とは違う葉タバコ

向かったのは千葉県北東部の旭市。チーバくんで言うと、耳あたりの場所だ。

たばこの原料は葉タバコを乾燥させたもの。その葉の種類はさまざまで、代表的なものだと「バーレー種」「黄色種」などがある。バーレー種は香料がなじみやすい性質でチョコレートのような香り、黄色種は味つくりの核となる品種で、甘い香りと味が特徴だという。紙巻きたばこの紙の中には、これらをブレンドしたものが入っているのだ。

小久保和宏さん(44)と穴沢真弘さん(39)は、ここで黄色種の 葉タバコ農家を営んでいる。2人が筆者の取材に応じてくれた。

訪れたのは小久保さんの葉タバコ畑。約3ヘクタールの栽培面積をほこる畑は、まさに葉タバコ栽培の真っ最中だった。

人の手より大きな葉をつけた、膝丈ほどの高さの植物が、ずらりと並んでいる。もう少し経てば、人の背丈ほどの高さにまで成長するという。

小久保さんによると、葉タバコは2月に種まきを行う。その後、苗を育てる「育苗」を行い、3月に苗床から畑に植え付ける。そして、5月半ばから8月の約3か月の期間をかけて収穫をするスケジュールで動いているという。

スケジュールには葉タバコ特有だと思われる部分は見当たらない。しかし、仕事の内容を見てみると、野菜や米とは違った事情がある。

「野菜の場合、新鮮なうちに実を収穫するのが良しとされていますが、葉タバコは違います。葉タバコは、葉の熟成を待ちながら収穫をするんです。
成長期の葉だと味がキツくなってしまうんです。葉タバコは、一般的に下についている葉から順に熟すので、その成熟の度合いを見極めながらちょっとずつ収穫をします。収穫した葉も、幹に対してついていた位置を地面に近い場所から順に中葉、合葉、本葉、上葉の4種類に分けて 梱包していくという独特な作業もします」(小久保さん)

経験がものを言う収穫作業

約3か月にわたる収穫作業。それも、ただ下から機械的に取っていけばいいというものではなく、熟した葉を見極める必要がある。

「収穫の作業は丁寧に行います。マメに畑を巡回して、1枚1枚、収穫に適した葉の見極めをするんです。
水稲などといった他の作物では、機械を使って収穫のタイミングを見計らうこともありますが、私は自分の目で見て見極める。経験がものを言う作業だと思います」(小久保さん)

小久保さんに畑を案内してもらいながら、収穫に適した葉はどんなものかも教えてもらった。

畑の葉の中には緑色のものと黄色いものがあった。これまでに広告などで見た「タバコの葉」のイメージから、筆者は当初、黄色く熟れているものが収穫間近の葉なのだろうと考えていた。しかし、実際に小久保さんから収穫を迎えそうな葉を見せてもらうと、そういうわけでもないらしい。

素人目には何か特徴があるようには見えなかったが、小久保さんの中には経験から培われた「収穫の基準」があるようだ。

そして、収穫した葉は乾燥・圧縮といった作業 のあと、梱包を行い出荷となる。

「野菜のように売るところを自分で見つけるわけではなくて、葉タバコは全量をJTが買い上げてくれます。
出荷した葉はJTの鑑定を受けて、例えばAやBといった具合でランク付けされて買い取られるんです」(小久保さん)

すべての作業が終わった9月から1月までは、畑の維持や整備の時間に充てられる。この時間も葉タバコ農家にとっては大切な時間だ。

小久保さんの畑を見ると、野菜の畑のように湿り気があって黒々とした土壌とは全く違い、砂地のように乾燥した土になっていた。これも、葉タバコ栽培には重要なポイントだという。

「野菜であれば、成分量が高い肥沃な土壌が好まれます。しかし、葉タバコはその逆で、肥沃な土壌だと成長し続けてしまって成熟ができない。野菜とは考え方が違うんです。
葉タバコは、低カロリーで肥沃すぎない土壌がちょうど良い。旭市は肥沃な土壌ではないので、葉タバコの栽培には向いている土地ですね」(小久保さん)

葉タバコ農家だからこその苦労

1年をかけて丁寧な仕事を行い、年に1回の収穫を目指す葉タバコ農家の仕事。ただ、どれほどしっかり仕事をしていても報われないときもある。

「このところ苦労しているのが、異常気象が当たり前になっている状況です。
葉タバコは水に弱く枯れやすい。あともう少しで収穫だと思っていた葉が、1回の異常気象でダメになってしまうときもあります」(穴沢さん)

ゲリラ豪雨などの異常気象がたった1回でもあれば、大切な収穫に大きな影響を及ぼしてしまう。それだけに、いつどんな決断を下すかが重要だと小久保さんは語る。

「もう5日待てば完璧だと思う葉も、気象などの影響で5日後にダメになってしまうこともあります。それだけに、収穫のタイミングを決断するのは難しいし、重要です」(小久保さん)

決断の重要性について語った小久保さんは、葉タバコは「芸術品」であるとの持論も熱弁した。

「葉タバコは農作物を作るというより、芸術品を作る感覚です。熟度を追及する難しさ、決断をするタイミングは農家というより職人芸に近いものがあります。決断を積み重ねた先に完成がある芸術品と言えるのではないでしょうか」

約4割の葉タバコ農家が「廃作」する中で

情熱をこめて葉タバコの栽培に取り組む小久保さんと穴沢さん。しかし、葉タバコ農家を取り巻く環境は厳しい。

2021年11月、JTは全国の葉タバコ農家の約4割に当たる1729戸が2022年以降の生産をやめると発表。10年ぶりに実施された廃作希望の募集に応じた形だ。

同業者たちの多くが辞めていってしまった。そんな状況に小久保さんも穴沢さんも思うところがある。

「やっぱり同業者が辞めていくのは寂しいですね」(穴沢さん)
「作り手が多いと、新しい方法が生まれやすい。ただ、作り手が減ってしまえば、新しい方法が生まれなくなって停滞してしまう恐れを感じています」(小久保さん)

穴沢さんも小久保さんも、廃作希望の募集に「続けるかどうか、締め切りのギリギリまで悩んだ」と口をそろえる。

それでも続けたのは、設備投資をしたばかりという現実的な事情もあったというが、未来への期待もあった。

「喫煙の文化はもう数世紀にもわたって続いている。最近は禁煙の風潮が高まっている世の中ですが、そう簡単にはなくならないだろうと思っています。仮に自分が最後の葉タバコ農家になる日が来るとしても、それもカッコいいかなと。それに、JTは世界を相手にしている企業です。海外の方に吸ってもらえるかもしれないと考えれば、希望が持てますよ」(小久保さん)

「パパがタバコを作らなかったら世界はどうなる?」

厳しい時代であっても、葉タバコ農家を続ける小久保さん。ただ、日常生活の中には困ったこともあるそうで......。

「子供たちは禁煙風潮の中で育っていますから、『たばこは悪いって言われてるのに、なんでパパは作っているの?』なんて聞かれることがあります。今の時代ならではの困りごとかもしれませんね(笑)。
私は子供にそう聞かれたときは『パパがタバコを作らなかったら世界はどうなる?』と返しています。
葉タバコを作るのは、世界にいる喫煙者はもちろん、たばこ税が国や地方の財源になることで、さまざまな人たちの一助になっていると思うからです」(小久保さん)

15〜16年にわたり、葉タバコを作り続けている穴沢さんと小久保さん。筆者は取材の最後に「2人にとって『葉タバコ』とは?」と聞いてみた。

「生きることの縮図。人生そのものに近いです。良いことも悪いこともある」(小久保さん)
「生きることです。思い通りにならないことも多々ありますし、勉強だらけの日々です」(穴沢さん)

葉タバコと人生を重ね合わせる2人。それだけ愛情と熱量を注ぎ込んで栽培を行っている証拠なのかもしれない。

普段から何気なく手にしているたばこはどこからやってくるのか——そんな疑問から今回の取材はスタートした。そして、たどり着いたのは、

「僕たちの吸っているたばこは、葉タバコ農家さんの人生をかけた仕事から生まれている」

という答え。

葉タバコに人生そのものを捧げる彼らの情熱の結晶——それを「心の栄養剤」として、喫煙者である僕らはまた、束の間の安らぎを得ていくのである。

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