超巨大ブラックホールのうなりが宇宙を満たす?パルサーが伝える宇宙の姿

2023年7月21日(金)6時0分 JBpress

(小谷太郎:大学教員・サイエンスライター)

 2023年6月28日、NANOGrav(ナノグラブ)という研究グループが、15年間もの長い期間にわたって観測を行ない、超々低周波の重力波を検出したと発表しました。どれくらい超々低周波かというと、1周期が3〜10年というのだから、もう低いなんてものじゃないです。重力波とは時空を伝わって行くさざなみですが、さざなみの波長(山から山までの長さ)は3〜10光年ということになります。

 このような超々長波長・超々低周波の重力波は、今にも衝突しそうな2個の超巨大ブラックホールか、あるいは宇宙にのたくる「コスミックストリング」か、はたまた「ドメインウォール」といった奇態な代物から発せられているようです。


パルサーは宇宙に浮かぶ精密時計

 今回の発表について解説するには、「パルサー」という奇妙な天体と、重力波という現象について説明しないといけません。

 パルサーは「中性子星」とも呼ばれる、重くて小さな物体です。質量は太陽の1.4倍ほどで、半径は10 kmほどしかありません。もしも太陽と衝突したら、中性子星の方は壊れませんが、太陽は負けてひしゃげて四散して、原型をとどめないことでしょう。

 宇宙に浮かぶたいていの天体は、くるくるあるいはのろのろ自転していますが、パルサーは自転速度もまた極端に速いです。中には1秒に数十回とか数百回も自転するものがあって、自転周期が数ミリ秒であることから「ミリ秒パルサー」と呼ばれています。

 中性子星はまた超々強力な磁場を持ちます。典型的な磁束密度は1億T(テスラ)で、これはネオジム磁石の1億倍ほどです。極端な数値が次々と湧いて出て、イメージするのがはなはだ困難です。

 そして磁場を持つ物体が自転すると、電波が周囲に放射されます。パルサーはその自転に合わせて電波信号(パルス)をちらちらちらちら放っています。これが「パルサー」の名の由来です。

 中性子星のうち、電波を放射する条件がそろって、ちらちら電波信号を発するものをパルサーと呼びます。が、電波でなくX線信号を発するものもパルサーと呼ぶこともあります。また全然電磁波を発してなくてもパルサーと呼んじゃうこともあって、あまり厳密な分類ではありません。

 電波信号を自転に合わせてちらちら発するパルサーは、宇宙に浮かぶ精確な時計のような存在です。(実際に、パルサーの電波を利用する時計を作るという試みもあります。そこらのクオーツ時計よりもはるかに精確な時計ができたそうです(※1)。)

 そして時計というものはたいへん重要な実験装置で、精密な時計を用いると、さまざまな物理学実験や測定が可能になります。

 たとえば重力波の測定です。


重力波を捉えたい

 私たちの暮らすこの空間と時間、合わせて「時空」は、曲がったり歪んだり伸びたり縮んだりするものだ、と天才物理学者アルベルト・アインシュタイン(1879-1955)は言いました。1915年のことです。その歪んだところを物体が通過する際は、まっすぐ進めず、軌道がぐにゃりと曲がります。これが重力によって物体の軌道が曲がるということなのだ、というのがアインシュタインの「相対性理論」の主張です。

 そしてこの時空の歪みは、水面を伝わるさざなみのように、遠方へ伝わって行く場合があります。この現象がアインシュタインの予言した「重力波」です。

 重力波は極めてか細く微弱で、これを検出するには、巨大な受信器が必要となります。重力波観測装置LIGOのアンテナの長さは4 kmもあります。重力波が到来すると、このアンテナの長さが、原子核のサイズよりもちょっぴりだけ伸び縮みします。LIGOが大変な苦労の末にこの伸び縮みを測定し、重力波検出に成功したのは、2015年、アインシュタインの予言から100年後のことでした。

 しかしLIGOはちっぽけな人間にとっては巨大な建造物ですが、宇宙空間はもっともっと広く大きく、奇妙な物体がいくらでもあります。

 広大無辺の宇宙には、もっと重力波の検出に適した、天然自然の重力波検出装置があるのではないでしょうか。というか、あります。

 宇宙に浮かぶ無数のパルサーです。


NANOGravってなんナノ?

 NANOGrav(ナノグラブ)とは「北アメリカ・ナノヘルツ重力波観測(the North American Nanohertz Observatory for Gravitational Waves)」の略称です。グリーンバンク電波望遠鏡、アレシボ天文台、カール・ジャンスキー超大型干渉電波望遠鏡群(VLA)の3台の電波望遠鏡を用いて、パルサーを観測することによって、超々低周波重力波を検出しようというプロジェクトです。16年前に観測が始まり、現在も続いています。

 アレシボ天文台の305 mの巨大電波望遠鏡は、2020年8月に、支えのケーブルが切れて、反射鏡が完全に破壊されるという悲劇的な事故が起きました。今回の発表は、この事故以前のデータを用いたものです。また現在のNANOGravには、カナダのCHIME(Canadian Hydrogen Intensity Mapping Experiment)も参加しています。

 NANOGravの手法は、宇宙に浮かぶ無数のパルサーの発する規則正しいちらちらを、長期間にわたって観測するというものです。

 すると、規則正しいはずのちらちら信号がときおり、微妙に速くなったり遅くなったりすることがあります。その原因は、地球や太陽系の運動、パルサーの運動、パルサーに起きた地震などの変動、検出器のノイズなど、さまざまです。そうした原因を一つひとつ調べて取り除くと、重力波による影響が残ると考えられます。

 宇宙のどこかから重力波が地球にやってくると、パルサーと地球との距離が変化するため、ちらちらが変動して観測されるのです。

 地球やパルサーが重力波以外の原因で動いても、距離が変化してちらちらが変動するのですが、都合のいいことに、そういう運動による影響と、重力波による影響には、区別できる違いがあります。地球が通常の運動によって、例えば、かにパルサーに向かって(前へ)動くと、当然のことながら、かにパルサーは近くなり、反対側にある(背後の)別のパルサーは遠くなります。

 しかし重力波の影響によって地球とかにパルサーが近くなるとき、背後のパルサーも同時に近くなるのです。重力波にはこういう奇妙な性質があります。

 したがって、数多くのパルサーを長期間精密観測すれば、それらの信号のゆらぎから、宇宙空間をさざなみのように伝わって行く重力波の存在が分かるのです。まるで水面に浮かぶラバーダックの群れが、さざなみが来たことを教えてくれるかのようです。

 この原理に基づいて、NANOGravは67個のパルサーを15年間にわたって観測し続けました。


15年の観測の末に

 2023年6月23日、NANOGravは記者発表を行ない、15年間の観測データからついに重力波が検出されたと発表しました(※2)。

 67個のパルサーから発せられるちらちら信号は、ごくちょっぴりだけ速くなったり遅くなったり、揺れ動いていて、それは宇宙空間を行き交う重力波が作るものと一致したのです。

 その揺れ動きは、1周期が3〜10年というのだから、たいへんゆっくりした変化です。ちらちらが数年かけて徐々に速くなり、また数年かけて元に戻るという具合です。周波数にすると、ナノヘルツ、つまり10^-9 Hzほどに相当します。

 このようにゆっくりした揺れ動きなので、検出に15年もかかったのです。

 超精密な観測をこのような長期間にわたって行ない、観測精度を上げる工夫を重ね、データ解析を改良し続けた、研究チームの努力には脱帽です。

 それにしても、1周期が数年にもおよぶような超々低周波の重力波を発する天体現象とはいったい何でしょう。何が宇宙のパルサーを揺るがしているのでしょう。


ついでにパルサーによる先駆的研究について

 なお、パルサーという精密時計を用いて重力波の影響を検出したのは、NANOGravが最初ではありません。

 1974年、大学院生(当時)ラッセル・ハルス(1950-)と、ジョゼフ・テイラー・ジュニア教授(1941-)は、(まだ若い)アレシボ天文台の望遠鏡を用いて、2個のパルサーが互いの周囲を周回している連星系を観測しました。

 このような連星系は、重力波を放射してエネルギーを失い、徐々に縮んでいきます。この影響が、パルス信号の変化に表れているのを、2人は発見しました。

 この変化は、重力波の存在する証拠です。2人は重力波の存在を実証した功績で、1993年のノーベル物理学賞を受賞しました。LIGOによる直接検出に先駆けた成果です。

 したがって、今回のNANOGravの成果は、重力波を検出する研究としては3番目、パルサーを用いた重力波観測としては2番目ということになります。


NANOGravは何を見タノ?

 しかし、NANOGravの発見した重力波源は、これまで知られていない新しいものです。ハルス博士とテイラー教授や、LIGOが報告している重力波源は、太陽質量の数倍〜数十倍程度の中性子星やブラックホールです。NANOGravが検出した超々低周波重力波は、いったい何者から発せられているのでしょうか。

 その正体はまだ確定してはいませんが、おそらく太陽質量の数百万倍から数十億倍もの超巨大ブラックホールの連星という、人類がこれまで見たことのない代物ではないかと考えられています。

 宇宙にきらめく無数の銀河の中心部には、化け物のような超巨大ブラックホールが鎮座していることが知られています。そういう化け物は、どのように生まれてきたのか、詳しいことは分かっていませんが、ブラックホールどうしがぶつかり合い、共喰いし合って、現在の姿まで成長したという説があります。

 とすると、成長期の喰い意地の張った超巨大ブラックホールが、互いを喰おうと相手の周りをぐるぐる周回している場面がこの宇宙のどこかで展開されているはずです。そしてそういう場面では、化け物が相手を周回するたびに、超々低周波の重力波が放射されると考えられます。

 NANOGravは、まさしくそういう超巨大ブラックホールの死闘を捉えることに成功したのかもしれません。

 一方また、ある種の宇宙論は「コスミックストリング」や「ドメインウォール」といった、奇妙な宇宙物理学的な存在を予言します。そういうエキセントリックなひもや壁は、宇宙のどこかに浮いていて、強い重力波を放射するといいます。

 今のところ、NANOGravのデータはようやく重力波の存在を示したというレベルで、その源がはたして超巨大ブラックホールかひもか壁かは、まだ決めることができません。今後、観測データが蓄積されるにともなって、重力波源の正体については見当がついてくるでしょう。

 正体が何にせよ、NANOGravの今後の観測から、人類が見たことのない宇宙の様相が明らかにされることは確実です。わくわくしながら次の発表を待ちましょう。

(※1) https://www.esa.int/Applications/Navigation/ESA_sets_clock_by_distant_spinning_stars
(※2) https://nanograv.org/news/15yrRelease

筆者:小谷 太郎

JBpress

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