「羽生さんは律儀」86歳の現役「氷の職人」の原動力「スケーターのいい演技、お客さんが喜んでいる姿」
2024年8月30日(金)8時0分 JBpress
文=松原孝臣 撮影=積紫乃
選手にベストで滑ってもらいたい
株式会社パティネレジャーのスタッフとしてリンクの設営や管理に打ち込む髙橋二男(ふたお)。その根本は、何よりも「選手のため」、限りなく最高の状態に仕上げて維持することにほかならない。
「やっぱり選手にベストで滑ってもらいたいと思ってますのでね。できるかぎりよい氷を作ってあげたいなという気持ちはいつも持っています」
氷の状態についてやりとりすることもある。
「選手の方から氷の状態を聞かれることもありますし、私たちから『今日はどうだった?』と聞くこともあります。今日はよい氷なんじゃないかな、と思うときはありますし、『今日はよかったですよ』と選手の人が言ってくれるときもあります」
長年、従事する中では当然、選手と顔見知りになっていく。
「挨拶してくれる選手、挨拶してくれない選手、いろいろですが、気軽に話しかけてくれる選手は、やっぱり僕らにとっても気持ちがいいですよね。いい氷を作ろうという気持ちになります」
中でも、「リンクで話はよくします」 と髙橋が語るのは坂本花織だ。
2023年、さいたまスーパーアリーナで行われた世界選手権でも、公式練習の後、坂本が髙橋に話しかけている光景があった。
「とは言っても、あまり氷がどうとかそういう話はしないですね。あのときも試合の前ですから、緊張につながらないように柔らかい話をしていました」
もう1人、「律儀」と名前をあげたのは羽生結弦だった。
「羽生さんは必ず挨拶してくれますね。羽生さんは、やっぱり律儀ですよ」
羽生のアイスショー「RE_PRAY」もパティネレジャーが設営を手がけているが、ショーの終盤、羽生がマイクを手に観客席へ向けて話す中に、感謝を捧げる対象として「パティネレジャー」の名前もあった。それも羽生の性格を示していた。
ステージカー、バックフリップにも対応
アイスショーはシーズンを重ねて増えている。演出もさまざま取り組みがなされちる。
ときにはそこに神経を費やすこともある。「ファンタジー・オン・アイス」では人を乗せて氷上を動く「ステージカー」が使用された。
「ステージカーは1トンくらいあります。通ると、そこはやっぱり氷が割れますので、氷は硬めにしていました」
演出面ばかりではない。選手がどういうジャンプをやるのかによっても異なってくるため、それに応じて氷の厚さも慎重に考えるという。
「特に、バックフリップを跳ぶ場合は考えますね」
と語る。
「ただ、今の選手は上手に跳ぶので、そこまで深く穴は空かないです。以前は選手がバックフリップをやると、大きな穴が空きましたから、はらはらして見ていました」
選手が滑ればその分、氷には傷がつく。選手によって、傷のつき方も異なる。
「氷のダメージの大きい、小さいはあります。やっぱり羽生さんは上手なんでしょうね。そんなに深くつかないですから」
「来なくていい」って言われるまでやりたい
大会やショーが開幕するのに先駆けて現場に向かい、開幕まで準備し、終われば原状回復を図る。スケジュールが立て込んでいれば、そのまま次の会場へと向かう。だから「長期間、帰宅していない」という状況も生じる。
それでも髙橋は言う。
「体が言うことを聞いてくれている間は、『来なくていい』って言われるまでやりたいなと思っています」
60年を超えて打ち込んできた業務。そしてこれからも続けたいと思う。
その支えとなってるものは何か。
「やりがいというのは、競技会でしたら選手がいい成績を出してくれるというのがいちばんうれしいですし、アイスショーの場合には、選手がいい演技をして、お客さんが喜んでいる姿がうれしいですし、そこに尽きると思いますね。でも、いちばんは選手が転んで怪我するというのがいちばん嫌です。転べば、『穴につまづいたんじゃないか』『穴があったんじゃないか』と気になりますから、そうならないようにいつも心がけています」
言葉以上に、自身の仕事を語る表情が、髙橋の情熱を物語っていた。
筆者:松原 孝臣