地域を旅する学びの場「さとのば大学」とは? 19歳で単身移住した明神さんの学ぶ道

2023年9月17日(日)7時30分 ソトコト

すでに移住経験は2回、「地域を旅する」大学生活


「自分の力を試してみたい。そんな思いで入学を決めました」
自身の志望理由をこう振り返った明神光竜さんは、現在さとのば大学の2年生。高知県出身ですが、現在は地元から遠く離れた宮城県女川町に暮らしています。女川町はさとのば大学が連携を組む留学先の一つです。


「今、女川に住んで5か月が経ったところです。移住当初から「せっかく知らない地域に来たんだから女川を知りたい」と、毎日まちに出かけて顔を覚えてもらえるようにコミュニケーションを心掛けています。」
“地域暮らしも慣れたもの”といった口ぶりで生き生きと語る明神さんですが、それもそのはず。さとのば大学では1年で滞在する町を移るため、2年生の明神さんは現在20歳にしてすでに2回の移住経験を持つ、いわば移住の上級者なんです。


自分起点で実践しながら失敗も学びに変える「マイプロジェクト」という学び方


さとのば大学は「地域を旅する大学」というキャッチコピーの通り、特定のキャンパスを持たない市民大学のひとつです。学生はさとのば大学が連携を組む地域を1年ごとに移住し、4年間かけて行く先々で関心のあるテーマを見つけ、プロジェクト学習に取り組みます。
プロジェクト学習とは、学生自らが主体的に課題解決や目標達成に取り組む学習スタイルのことで、近年では多くの教育現場で採り入れられています。ただ、さとのば大学ではプロジェクト学習をもう一歩進めた「マイプロジェクト」という考え方が学び方のベースなんだとか。
マイプロジェクトの特長は、ゴールとなる「ほしい未来」を自分起点で探し自分の想いや願いを大切にしながらも、一方では地域のニーズ・課題・リソースをバランスよく掛け合わせてプロジェクトを育てていくこと。明神さんはこれまでどういったマイプロジェクトを実践してきたのでしょうか。
「一年目に暮らした岐阜県の郡上市では、郡上ならでは食材と私のふるさと・高知のご当地パン「帽子パン」を組み合わせたら新しい特産品になるんじゃないかというアイデアが湧いて、オリジナルパンの開発プロジェクトに取り組むことにしました。」
明神さんは郡上での暮らしの中で<地域の食材>というリソースを発見し、自分のやりたいこと<ご当地パンづくり>と掛け算することを思いつきました。





とはいえ、いきなり一人でプロジェクトを進めていくのはハードルが高く、すぐに行き詰ってしまいそうな気もします。そんなときに道しるべとなるのが、週に3日間のオンライン講義なんだそう。
「さとのば大学の講義は週に3日あり、すべてオンラインで、講師や他の地域に暮らす学生と対話しながら学びを深めています。最初は、講義で勉強したことを地域で実践すると思っていましたが、実はその逆で、地域で暮らしながら得たことを講義に持ち込むことで学びを言語化でき、より自分の中に深く落とし込めると気づきました。」
講義では、地域共創の分野で活躍する講師がオンライン空間での学びの場をファシリテートしながら、各自の学びをサポートします。1年生はプロジェクト学習のイロハや地域資源を見つけるための視点の持ち方を、2年生にマイプロジェクトをより大きくしていくための方法論やアドバイスを、といった具合に成長に応じた講義を受けることができるそう。
「たった一人で地域に飛び込み走り回ることには、不安も付きまといます。講義はそんな不安を解消し、地域の暮らしからいろんなヒントを持ち帰っているんだ、着実に前進しているんだという自信にもつながっていますね。」





そうは言うものの、初めて取り組んだオリジナルパンづくりのプロジェクトは、講義でヒントを得ながらも苦難の連続だったといいます。
「納得のいくパンをつくるハードルは高く、苦労や失敗もたくさんありました。結局、販売に至ることはできなかったんですけど、実際につくったパンを地域で振る舞ったときにはおいしそうに食べてもらえて。そんな笑顔を見て『食の力で人を幸せにしたい』って思えてきたんです。」
自分の力でプロジェクトを進めることは、たとえ想定のゴールにたどり着かなかったとしても、大きな自信や成長材料になります。明神さんは帽子パンのマイプロジェクトで大きな達成感を得ると同時に、自分自身の新しい一面とも出会うことができたようです。


戸惑いや不安をサポートしてくれる「地域の大人」との出会い


トライアンドエラーを繰り返しながらマイプロジェクトを実践し、経験を通じてさまざまなスキルを学んでいる明神さんですが、初めての移住では戸惑いも大きかったといいます。
「一年目の地域だった郡上への移住当時は、地域の方との交わり方や頼り方がわからず、『自分でどうにかしないと』『どうしたらここに来たという爪痕を残せるのだろうか』と一人で悶々と思い悩んでましたね。」





さとのば大学の留学先地域には、学生の受け入れをサポートしてくれる事務局があり、地元のまちづくり会社やNPO法人が担うケースが多いといいます。学生は地域のシェアハウスや賃貸住宅に暮らし、事務局のサポートを受けながら地域の暮らしになじんでいきますが、高校を卒業したての明神さんはまだ地域や事務局の人との距離感が掴めず、尻込みしてしまったそう。
そんなときに声をかけてくれたのが、郡上地域の事務局を担う『長良川カンパニー』のスタッフ、由留木さんでした。
「『ひかりくんは熱中するのってどんなとき?』『夢中になれることはある?』と声をかけられたんです。その言葉にハッとして、地域に飛び込んだヨソモノとして気負いすぎていた自分に気が付きました。そこからは周りの目や評価を気にせずもっと自分らしく生きてもいいんだと思えるようになりましたね。」
対話をきっかけに入りすぎていた肩の力が抜けたという明神さん。それ以降、稲刈りに参加したり地域の方と共に食卓を囲んだりするうちに、自然と地域に何かを残したいと思えるようになりました。
郡上での成長を見守ってきた地域事務局スタッフの岡野早登美さんは、明神さんについてこう振り返ります。
「高校を卒業したばかりで移住してきて、いろんなハードルもあったと思います。そんななかでも私たち地域事務局とも交流を重ねて、一年の最後に実施した郡上での報告会では地域の人たちもたくさん集まりました。
実は、夏にさとのば大学が主催した半期報告会では彼の考えていることがなかなかプレゼンテーションから伝わってこず、まだまだ課題があるなという印象だったんです。それが最後の報告会では、聞き手に届きやすい言葉と映像で経験から得た学びを表現していたことに、大きな成長を感じました。地域の人も『来たばかりの時はふわふわした印象だったけど、随分としっかりした、いい顔している!』と大絶賛。彼の大きな進歩に、祝福の言葉が沢山飛び交う夜になりました。」





学内に閉じることなく社会の一員として暮らすことで、他者とのより濃密な出会いがある。対話を重ねるからこそ、自分自身のあり方や物事との向き合い方を考えるきっかけが生まれ、自分の言葉で話す訓練もできる。そんな経験を繰り返すうちに、きっと自分らしさが形作られていくのではないでしょうか。
明神さんの話を聞くうちに、社会人になる前の多感な時期に、この「旅」を経験できることがうらやましく思えてきます。


挫折経験が前を向くきっかけに、挑んだのは世界最難関の大学受験


そんな大きな成長を遂げつつある明神さんですが、そもそもさとのば大学に進学を決めたのはどういった思いからだったのでしょうか。
「実は、中学生の頃に学校で起きたある出来事から友人関係に悩み、中2から中3まで不登校生活を送っていたんです。当時はとても悩んだし、ふさぎこみました。初めての大きな挫折経験でしたね。
当時のことを思い返して一番印象に残っているのは、心配してくれた先生や家族の顔です。どん底まで落ち込んだ僕を見て、心配するあまり『ごめんね』と声をかけてくれた校長先生や、笑顔が消えてしまった家族。そんな姿を見るたびに胸が締め付けられ、ついには『凹んでいる場合じゃない』と、吹っ切れたんです。」
明神さんは、そんな経験から「自分が前向きであることが周りをポジティブにする」ということに気がついたといいます。
「ちょっとやそっとのことではへこまないぞ、という決意のような感情もあり、それからは前を向いて主体的に、そして直感的に物事を考えるようにしたんです。
親身になってくれた校長先生のアドバイスも受けて、高校は地元から距離はあるものの寮があって、校外活動や探究学習に力を入れている学校に進学を決めました。
その町には海外留学の補助制度があって、海外に飛び出して新しい仲間をつくりたいという気持ちもありました。だけど、コロナ禍でその夢は叶いませんでした。」
留学の夢は絶たれたものの、さまざまな活動に積極的に取り組んだという明神さん。仲間と出場した観光甲子園2021ではグランプリも受賞しました。





「受賞するともちろんすごく嬉しいんです。でも、その結果は毎年塗りかえられて、過去の栄光になってしまうことに虚しさを感じるようにもなりました。
自分の芯になる『実力』を身に着けるために、もっともっと冒険してみたい。そう思うようになったんです。」
そんな明神さんが選んだ進路は、世界最難関とも称されるミネルバ大学でした。ミネルバ大学とは4年間で世界7都市を移動しながら学ぶ全寮制の大学で、合格率は2%未満とも言われています。
『世界を舞台に、自分自身の力を試しながら冒険できる。』そんなところに惹かれた明神さんでしたが、残念ながら受験結果は不合格。そんなとき、進路担当の先生が教えてくれたのがさとのば大学でした。
「世界7都市という規模と比べるとどうしてもスケールダウンした印象を抱いてしまって、最初に聞いたときは全然乗り気じゃなかったんです。
でも開校から間もない新しい学校だからこそ、思いっきり挑戦できるんじゃないか。自分の行動力で道を切り拓けるんじゃないか。気づいたらそんな価値に魅力を感じるようになっていました。」


地域暮らしは学びの宝庫


そうしてさとのば大学に入学し、二度の移住を経た今。女川町ではどういったマイプロジェクトに取り組んでいるのでしょうか。
「今は各地の郷土料理に興味を持っています。たまたま女川で郡上の伝統料理『味噌煮』を振る舞うことがあったんですけど、地域独自の料理が『旅する』のは面白いなと。郷土料理が地域の橋渡しになる、そんなマイプロジェクトを構想中です。ただ料理を振舞うだけじゃなくて、たとえば箸袋にイラストを描いてチケットにしてみたり、仕掛けを考えながらイベントとして開催してみたいなと思っているところです。」
地域での暮らしや出会いも、学びのタネになっているといいます。
「女川に移住して来られてカレー屋をオープンした人がいて。自分のできることで何かお手伝いできないかなと思って、今、SNSでの情報発信の仕事をサポートさせてもらっています。一から起業した方の隣で働けるので、事業づくりや店舗運営のノウハウが学べて、めちゃくちゃ勉強になります。」





自分の行動一つが学びに繋がる環境は、当初想定していた「冒険」の実感を抱かせてくれているといいます。
一方、成長実感や変化を感じているのは、学生だけではありません。学生を受け入れる立場である地域事務局の岡野さんは、学生のおかげで地域での学びにさまざまな可能性を感じているといいます。
「学生さんが地域で活動してくれることで、私たちもより一層、自分たちの地域に向き合えるきっかけをもらえるんです。彼らの暮らしや活動を通じて、地域にどんな魅力、あるいは課題があるのかを改めて考えたり、解決方法を一緒に考えることで解像度も上がります。
また学生さんとの活動がきっかけで、地域のいろんなプレイヤーが繋がったりもしていて、新しい人と人との関係が構築されることも大きな効果だなと思っています。」
学生が地域に学ぶだけでなく、地域も学生の存在によって学ぶ。そんな「学び合い」のコミュニティが地域から広がっていくことを、まさにさとのば大学は目指しているといいます。
最後に、明神さんに現在の夢を聞いてみました。
「4年生の春までに自分で事業を立ち上げたいと思っています。何をやるかはあえてまだ絞らずに、これからも地域でいろんなことにトライして、自分の可能性を広げたいですね。」
まだ2年生の明神さんがこれからどんな地域で何を学ぶのか、また迎え入れる地域も明神さんの姿から何を学ぶのか。地域を巡る旅はまだまだ続きます。


取材・構成/小林友紀(合同会社 企画百貨)


さとのば大学

日本全国をキャンパスに、地域と共に学び合う地域を旅する大学『さとのば大学』の公式サイトです。地域に暮らしながらプロジェクト学習を主軸に学びを深めます。

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