今が旬の染五郎が光源氏に…『源氏物語』からまさかの動物ものまで、話題の「新作歌舞伎」にみる成功のセオリー

2024年10月7日(月)8時0分 JBpress

明治後期から昭和初期に作られた「新歌舞伎」、第二次世界大戦以降に作られた「新作歌舞伎」は、古典に比べて、歌舞伎通から少々軽く見られることもある。しかし、このところ上演が続いているのが、そんな人たちまでも観ておかなければと駆けつけさせる話題作だ。大河ドラマ「光る君へ」でブームの源氏物語、人情の機微でうならせる長谷川伸の名作、絵本を原作にした狼と山羊の物語。3作からは歌舞伎の今後が見えてくる。

文=新田由紀子 

今が旬の染五郎が光源氏を

 歌舞伎座では、錦秋十月大歌舞伎で『源氏物語 六条御息所(ろくじょうみやすどころ)の巻』(10月2日〜26日※休演・貸切日あり)が上演されている。

「主人公の光源氏は、父である天皇に寵愛されている藤壺と密通して子どもが生まれる。戦前には、源氏物語は皇室のスキャンダルで不敬だからと上演できなかったんですよ」と語るのは、40年以上歌舞伎を観続けている田代敦子さん(50代)。

 歌舞伎で源氏物語が上演されたのは、終戦から6年後の1951年。舟橋聖一脚色、久保田万太郎演出で、市川海老蔵(後の十一代目市川團十郎1909〜1965)“海老さま”の光源氏が大当たりになった。

 与謝野晶子、谷崎潤一郎、円地文子、田辺聖子、瀬戸内寂聴など多くの作家が現代語訳を手掛けている源氏物語。能、現代演劇、映画、コミックなどにもなっている。

 たくさんの劇的なストーリーから成り立っているから切り取りやすいのが、全54帖と長く、現代語訳で分厚い文庫本3冊になるこの名作。歌舞伎でも、須磨明石、夕顔、末摘花などいろいろな部分が上演され続けている。

「歌舞伎の観客にとって源氏物語の大前提は、きれいな光源氏を見ること。立役(たちやく・男を演じる役者)のひとつの頂点のような役で、不細工では成立しないわけです。そして今、きれいな役者といったら染五郎ですから」

 大河ドラマ『鎌倉殿の13人』の悲劇の武将・木曽義高役で、圧倒的な美しさが話題になった市川染五郎(19歳)。歌舞伎ファンは、そりゃあ染五郎に光源氏をやらせることになるよな、と納得したという。市川染五郎は、松本白鷗(82歳)を祖父に、松本幸四郎(51歳)を父に持つサラブレッドの19歳。4才で市川金太郎として初舞台を踏んだ。

「初舞台の記者会見では、ほとんど黙っていました。今どきの他の子はけっこう達者にしゃべるのに、この子は大丈夫かなと思ったんですが、すっかり人気役者になりましたね」

 田代さんは、最近の染五郎はきれいなだけではないと驚かされているという。

「かなり踊れていたり、芝居ができたりするんです。同じ舞台に立つことの多い父・幸四郎が働き盛り。御曹司がつとめる役をたくさん演じさせてもらっている。ファンがついていてチケットが売れるからまたいい役がつくという好循環もありますね」


六条御息所も玉三郎も怖い

 今回の源氏物語は「六条御息所の巻」。六条御息所は、かつて皇太子の后だったという高貴さに加え、美貌や教養に光源氏が心惹かれた年上の女性。ところが正妻である葵上(あおいのうえ)の懐妊を知って嫉妬し、生霊となって葵上に取り憑いて殺してしまう。

 源氏物語の女たちの中でも、際立った個性と強さを持つ特殊な存在の六条御息所を演じ、監修もつとめているのが、坂東玉三郎(74歳)。

 9月の尾上左近(18歳)に続いて、10月は19歳の若手・染五郎を大役に起用した玉三郎は、次世代を担う役者たちを育てることを特に大切に思っている。「教えるだけでなく、お客様の前で本番で会うということ。命がけで会うわけですから、それが一番いい」「今、急ぐことが大事だと思った」と語っている。

「昔から“玉サマはきれいな若い子がお好きだから”と言われるように、その時々に美しい相手役と共演してきた玉三郎。今旬でキラキラの染五郎を相手に、どんな六条御息所の情念・苦悩・恐ろしさを見せてくれるか、楽しみです。

 玉三郎が舞台に登場すると『そりゃあお年にはなったな』と思うんです。ところが少しすると、ふわーっと霧がかかったように若い女性に見えてくる……、六条御息所の嫉妬も怖いけれど、坂東玉三郎の芸の力も怖い。今のうちにしっかり観ておきたいですね」


薄汚い力士が一転、粋な博徒に

 明治座十一月花形歌舞伎『一本刀土俵入』(11月2日〜26日※休演・貸切日あり)の物語の舞台は、水戸街道の旅籠茶屋。一文無しで江戸に向かう下っ端力士・駒形茂兵衛の身の上に同情した酌婦のお蔦は、有り金をはたいて持たせてやる。十年後、横綱の夢破れて博徒となった茂兵衛が、お蔦を探し出し、窮地を救って恩返しするという物語だ。

 人情の機微を描く達人、長谷川伸の代表作で、昭和6年(1931)6月号の「中央公論」で発表され、同年7月に初演された。

「ボーっとした薄汚い力士だったのに、十年後の場面ではキリっと粋な博徒となって出てくる変身が“ギャップ萌え“。このいい男ぶりだけでも、”一本刀”を観る価値ありなんですが」

 役者たちがいろいろ工夫を重ねてきたことで、古典歌舞伎と違う良さがあると田代さんはいう。

 初演時に茂兵衛役をつとめたのは、六代目尾上菊五郎(1885〜1949)。当時、真砂石という不愛想で変人の力士がいたが、菊五郎はこの真砂石をひいきにして自宅に寝泊まりさせていた。

 菊五郎は、「ウエイ」「有難うごわす」といったせりふ回しなどはもちろん、芝居で出てくる頭突きも、庭で菊五郎の弟子たちと相撲を取っていたときの真砂石を写したと語っている。

 その後、新国劇で上演されることになり、演じることになった中村翫右衛門(1901〜1982)は、名優・菊五郎をおとずれる。「あなたのようにはできませんから、教えて頂いて、曲がりなりにもできると思ったところだけさせていただけますでしょうか」と頼んだのに対して、菊五郎が、どうぞやりたいように変えて演じてくれたらいいと言って、すぐその場で教え始めたという逸話も残っている。

「古典となって演出も定まっているような演目ではなかなか変えることができないし、先輩に教えてもらったら、とにかく教わった通りに、やる通りにやるのが不文律。ところがこの『一本刀』は、他の歌舞伎役者や新国劇、映画など、作り手それぞれに自分なりの工夫が重ねられてきているんです」


親指の曲げ方から茶髪まで

 十年後に戻ってきた茂兵衛のお蔦への挨拶では、博打打がするように親指を掌の中に折り曲げている。力士の時は「ねえさん」博徒の時には「あねさん」と呼ぶ。お蔦の首のお白粉の塗り方や肩で障子を開けること……etc.

「私は、中村勘三郎(1955〜2012)の演じた力士時代の茂兵衛の髪が赤茶けているので『歌舞伎なのに茶髪?』と思ったことがあります。栄養不足だからとそういうかつらにしたんでしょうね。十年後に博徒となって戻ってくる場面では、ちゃんと黒髪でした。そういうディテールが積み重ねられてきたわけです」

 真田広之は「SHOGUN 将軍」でエミー賞を受賞し、時代劇を支えてきてくれた先人たちへの感謝を口にした。『一本刀土俵入』も、まさにそうした人々の苦心が結実してきた演目といえるだろう。

「新歌舞伎だから、せりふが口語で現代人にもわかりやすい。だからと言って、それぞれのせりふにしても人物造形にしても薄っぺらくはないのが長谷川伸のすごいところです」

 父なし子を産んで育てているお蔦は、ただの蓮っ葉な酌婦ではない。博徒になった茂兵衛を単にかっこいいとするのではなく、描かれているのはやくざ者の哀しさだ。

 古典びいきの田代さんも、この『一本刀土俵入』は、後世まで続いていく演目だろうという。

「主君のためにわが子の首を落とすような古典歌舞伎には、“ハテ?”となることもあるけれど、この茂兵衛とお蔦にはしっかり共感させられる。字幕をつけてディズニープラスで配信しても受け入れられるかもしれません」

 今回、駒形茂兵衛とお蔦を演じるのは、中村勘九郎(42歳)、中村七之助(41歳)の兄弟で、初演で茂兵衛を演じた六代目菊五郎のひ孫にあたる。勘九郎は、祖父の十七代目中村勘三郎(1909〜1988)、父の十八代目中村勘三郎が何度も演じた茂兵衛を演じ続けていくことになるだろう。


予想を裏切って上演が重ねられてきた「あらしのよるに」

「初演の時には、狼と山羊の話を歌舞伎でやるなんて大丈夫だろうかと心配だったんですが」と田代さんが語るのは、歌舞伎座十二月大歌舞伎で上演される『あらしのよるに』(12月3日〜26日※休演・貸切日あり)。

 絵本「あらしのよるに」を原作として、平成27年、京都の南座で初演されたのち、歌舞伎座、博多座と上演が続き、さらに、今年9月の南座で再演されて、12月には歌舞伎座で上演される。主演の狼のがぶを初演から引き続き中村獅童(52歳)、山羊のめいは尾上菊之助(47歳)が初めて演じる。

「始まってすぐ、山羊役20人ぐらいの総踊りには、さらに心配になりました。歌舞伎には振りを揃えるという発想がないんです。どこの家のお弟子さんかによって踊り方が違ったりするのが当たり前。KPOPなどでビシッと揃ってシンクロするダンスを見慣れている今の若い人には奇異にうつるのではないかと……」

 嵐の夜の暗闇で、小屋に逃げ込んだ狼のがぶと山羊のめいが出会い、「あらしのよるに」を合言葉に再会を約束するのがはじまり。翌日会ってお互いの姿をみたふたりは驚き、“友だちだけどおいしそう”と思ったり疑心暗鬼になったりも経て、周囲の反発に屈せず友情を深めていく舞台が好評を博した。

 田代さんも、引き込まれていった。原作がよくできているせいもあるけれど、役者の力によるところが大きかったという。

「義太夫の太夫と狼のがぶ役の獅童が会話する珍しい場面もある。山羊のめいを食べたくなってはいけないと煩悶して舞台をひとりで行き来するところなんかも、獅童の人たらし役者ぶりが客席をひきつけるんですね」

 基本は歌舞伎のせりふ回しや動きや踊りで、それが上手く使われている。例えば、狼や山羊は古典的な歌舞伎における動物の動きをする。山羊の衣装は歌舞伎で動物を表現するときの白い着物で、着ぐるみショーにはなっていない。


新作を成立させる役者の力

「歌舞伎好きには、古典からいただいてきたところもウケます。例えば捕らえられた山羊の姫が縄につながれてしなしなしているのは、これは『金閣寺』の雪姫だな、とクスっとしました。凝り性がやりたいことを詰め込んで作りあげたものは、面白いんですよね」

 新作歌舞伎の狼と山羊の話なんて3時間も見ていられないだろうとも思われたのに、好評を博して再演の続く作品となった。

「初演のコンビ獅童と尾上松也(39歳)が、歌舞伎以外でも成功体験を積んで客席を引っ張る力を持った役者だからこそ成立させられたのだと思います。

 そして今回の山羊のめい役は、尾上菊之助。初演で松也が演じた役を、菊之助が演じるというのも、ちょっと驚いたのですが。それだけ魅力のある演目だから出演するということでしょうね。数々のテレビドラマで好演し『NINAGAWA十二夜』『風の谷のナウシカ』などの新作にも挑戦し続けている菊之助は、また新たな山羊のめいを見せられるはずです」

 エンタメの他流試合でも腕を磨いた役者たちが、現代の観客を納得させてこそ、令和の新作歌舞伎が育っていくのだろう。

※情報は記事公開時点(2024年10月7日現在)。

筆者:新田 由紀子

JBpress

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