禁欲の果てに…宮沢賢治が女性を拒んだ“奇妙すぎる方法”
2025年2月11日(火)6時0分 ダイヤモンドオンライン
禁欲の果てに…宮沢賢治が女性を拒んだ“奇妙すぎる方法”
正気じゃないけれど……奥深い文豪たちの生き様。42人の文豪が教えてくれる“究極の人間論”。芥川龍之介、夏目漱石、太宰治、川端康成、三島由紀夫、与謝野晶子……誰もが知る文豪だけど、その作品を教科書以外で読んだことがある人は、意外と少ないかもしれない。「あ、夏目漱石ね」なんて、読んだことがあるふりをしながらも、実は読んだことがないし、ざっくりとしたあらすじさえ語れない。そんな人に向けて、文芸評論に人生を捧げてきた「文豪」のスペシャリストが贈る、文学が一気に身近になる書『ビジネスエリートのための 教養としての文豪』(ダイヤモンド社)。【性】【病気】【お金】【酒】【戦争】【死】をテーマに、文豪たちの知られざる“驚きの素顔”がわかる。文豪42人のヘンで、エロくて、ダメだから、奥深い“やたら刺激的な生き様”を一挙公開!
イラスト:塩井浩平
顔に灰を塗りたくって言い寄る女性に嫌われようとした
岩手生まれ。盛岡高等農林学校(現・岩手大学農学部)卒。代表作は『銀河鉄道の夜』『雨ニモマケズ』『注文の多い料理店』など。商家の長男として生まれるが、幼少期から病弱で内向的な性格だった。早くから仏教に関心を抱き、特に法華経に傾倒。盛岡高等農林学校在学中に文学への関心を深め、在学中に詩や童話を書き始める。卒業後は農学校の教師として働きながら創作活動を続けた。大正13(1924)年には自費出版で童話集『注文の多い料理店』を刊行するも、当時はほとんど評価されなかった。自身の理想郷を「イーハトーヴ」と名づけ、無料で肥料計算の相談にのったり、土地を開墾して自身で野菜を売り歩いたりした。昭和8(1933)年に37歳で急性肺炎のため早世。
賢治の禁欲主義は、一時期、おかしな方向に向かったこともあります。賢治が学校の先生や農業の仕事をしているとき、とある女性が、賢治の身の回りの世話をしたいと申し出てきたことがありました。
彼女は小学校の教師をしていて、近くに住んでおり、おそらく賢治に好意を抱いていたのでしょう。洗濯物や買い物の世話をかいがいしくしていたのですが、これに対して賢治は困って居留守を使ったり、はたまた顔に灰を塗りたくって出てきたりして、彼女の好意を退けてしまったのです。
これも一種の禁欲の表れだったのかもしれません。賢治は生涯独身を通し、友人に対して「性欲の乱費は、君自殺だよ、いい仕事はできないよ」とまで語っていました。
岩手の牧場で一晩中歩きまわり、性欲と戦ったという妙なエピソードもあります。
性欲を抑圧しすぎて春画をコレクションした?
「宮沢賢治は童貞を貫いた」という噂もありますが、その真偽については疑問が残るところです。
「遊郭に行った」とニコニコ顔で語ったという説もあるからです。晩年には友人に「禁欲主義は、まるで無駄でした」と語り、草や木や自然を書くように、エロスについても書きたいと話していたという話もあります。いずれにしても、本当に試行錯誤していたことがうかがえます。
賢治は浮世絵の春画のコレクションもしていたそうです。春画というのは、江戸時代に流行した性風俗を描いた絵画で、浮世絵の一種でもあり、いわば“エロ本”ともいえるような女性の裸体や局部が描かれています。
性欲を抑圧しすぎて、逆に噴き出してしまったのでしょうか。ただ、賢治の禁欲主義が、途方もない力を持っていたことは間違いなく、「性」を超えた何かを求める求道者だったのかもしれません。
人間の欲望を超越した存在になりたい
さて、そんな賢治の作品で面白いところは、人間の持つ「エゴ」や「あらゆる生物は生きるためにほかの生物を犠牲にしなくてはならない」という現実から逃れたいという渇望にあります。
たとえば、短編童話『よだかの星』には、「人間の欲望を超越した存在になりたい」という賢治の願いが読みとれます。主人公は、見た目が不気味な鳥・よだか。その醜い容貌のせいで、ほかの鳥たちから嫌われ、鷹には「たか」と「よだか」で名前が似ているのが嫌だから、改名しろとまで言われてしまいます。
困ったよだかが空を飛んでいると、今度は自分の口のなかに、カブトムシが入ってきてしまいます。
自身の欲望を直視してあがき続ける
『よだかの星』(『新編銀河鉄道の夜』新潮文庫に収録)
こうしてよだかは、空に高く高く昇っていき、夜空の星に助けを求め、最終的には永遠に燃え続ける星になって、このお話は終わります。ときにはいびつなかたちで禁欲をしていた賢治。ただ引きこもって我慢しているというより、自身の欲望を直視してあがき続けました。
それが童話や詩の世界に昇華されたおかげで、神秘的な物語が生まれたのです。
※本稿は、『ビジネスエリートのための 教養としての文豪』(ダイヤモンド社)より一部を抜粋・編集したものです。