津波で亡くした祖母と妹へ「自慢できる孫、お姉ちゃんになるよ」…海で働く夢に向かう姿「見守っていてね」

2025年3月11日(火)21時7分 読売新聞

古里の海へ花を手向ける安倍春奈さん(手前)と父の誠治さん。祖母の和子さん、妹の歩さんが津波で犠牲になった。(11日、岩手県陸前高田市で)=武藤要撮影

 祖母と妹を奪った海が怖くなった。5歳の時、岩手県陸前高田市出身の安倍春奈さん(19)は車で避難中に津波にのまれ、同乗の2人を亡くした。だけど、思い出の場所であり、心を癒やしてくれたのも海だった。「やっぱり、人を笑顔にしてくれる」。高校と専門学校で水産や観光について学び、今春、客船乗務員を目指して就職活動を始めた。(盛岡支局 福守鴻人)

 春奈さんは市内の米崎保育園で昼寝中、激しい揺れに見舞われた。大急ぎで迎えにきた祖母の和子さん(当時64歳)の軽自動車に、3歳下の妹、あゆみちゃんと一緒に飛び乗った。

 車を走らせて10分ほどだった。右前方から黒い濁流が迫ってきて、あっという間にのまれた。後部座席の春奈さんは、割れたガラス窓から車外へ抜け出し、必死にもがいた。何度も飲んだ水は大量の砂を含み、ガソリンのにおいがした。

 少したって意識が戻り、がれきの中からい出た。

 「おばあちゃん、歩、どこにいるの」

 叫んでも反応がない。怖さ、寒さ、寂しさから大泣きしているところを、消防団員に助けられたという。

 和子さんと歩ちゃんは約2週間後、がれきに埋もれ、変わり果てた車の中から遺体で見つかった。

     ◎

 仕事で忙しい両親に代わり、和子さんは朝食の支度や保育園の送迎をしてくれた。初孫となった春奈さんの名前も付けてくれた。

 歩ちゃんが生まれ、夏には庭先のビニールプールで一緒に遊んだ。夜は3人で手をつないで寝た。

 震災直後、2人がいないことをよく理解できなかった。だが、次第に大事な日常を失ったと実感すると、津波の怖さがよみがえってきた。「家族でツブ貝を取って食べたり、釣りを楽しんだりした」という思い出が詰まった自宅近くの海岸に足を運べなくなった。

     ◎

 小学5年生の頃、父の誠治さん(48)が、宮城県石巻市の離島・金華山に連れて行ってくれた。初めてフェリーに乗り、船内で乗客の安全を守りながらサービスを担う「マリンアテンダント」のおもてなし、観光客が景色を楽しむ様子に気持ちが晴れ晴れした。「海の仕事」が輝いて見えた。

 地元の県立高田高校海洋システム科に進み、乗船実習や水産に関する学習を通して、マリンアテンダントへの憧れは、将来の目標へと変わった。「海に関わりながら、人に喜んでもらえる職に就きたい」

 昨年4月に親元を離れ、仙台市の専門学校では国際観光学科で学ぶ。コンビニとホテルのアルバイトを掛け持ちし、家賃や携帯電話代は自分でやり繰りしている。自炊にも慣れ、台所で米を炊くと、祖母が朝食に出してくれた卵かけごはんを思い出す。街を歩き、親子で手をつなぐ幼い女の子を見かけると、妹を思ってしんみりすることも。胸は痛むが、「2人はそばにいる」と感じられる。

 国家資格の国内旅行業務取扱管理者を取得し、就職活動も本格化する。少し不安はあるが、夢に向かう姿を2人に見せたいと思う。

     ◎

 春奈さんは11日朝、誠治さんと一緒に、古里の海に臨む献花台に花を手向けた。午後2時46分には実家で、天国の2人に黙とうをささげた。

 「自慢できる孫、お姉ちゃんになるよ。就活も頑張るから見守っていてね」

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