「海と食文化で未来を守る」料理人・村田吉弘が描く2030年【Style2030】
2025年4月27日(日)11時0分 TBS NEWS DIG
今回の賢者は、料理人の村田吉弘氏。京都の老舗料亭「菊乃井」の三代目主人として、ミシュランガイドで16年連続三つ星を獲得。
2013年には和食のユネスコ無形文化遺産登録を主導し、世界に日本料理を発信し続ける村田氏が語る、SDGsの視点から見た2030年に向けた新たな価値観と生き方のヒントとは。
海の豊かさを守る。未来の子どもたちを飢えさせない
——賢者の方には「わたしのStyle2030」と題し、話していただくテーマをSDGs17の項目の中から選んでいただいています。村田さん、まずは何番でしょうか。
村田吉弘氏:
14番の「海の豊かさを守ろう」です。
——この実現に向けた提言をお願いします。
村田吉弘氏:
未来の子どもたちを飢えさせないことです。
——どんな危機が来るかわからないので、今から予見して準備しておく必要
村田吉弘氏:
人口が減っても、食べるものがあれば豊かに暮らせますが、食料がなくなると争いが起こります。食べるものがなくなるのを防ぐために、料理人としてできることは多いと考えています。海や山の環境を守ることが重要です。
例えば、有明海の海苔は半分に減りました。海の栄養が不足しているからです。何とか元に戻さなければなりません。日本の海岸線は世界で6番目に長く、食べられる海藻は1500種類もあります。
わかめや昆布しか知られていませんが、海藻を「シーベジタブル(海の野菜)」として活用すれば、CO2吸収にも貢献し、将来の食料問題にも対応できます。
海藻はタンパク質が豊富で、乾燥させると40%も含まれるんです。日本人は太古から海藻を食べてきましたが、欧米では消化酵素の違いで生では食べられません。
全人類が食べられる食材として、海藻を広めるべきです。
——食料自給率の低下も課題ですね。
村田吉弘氏:
日本の食料自給率は39%から37%に下がり、50年後には19%になるといわれています。アジアの経済発展が進む中、シンガポールや韓国に負け、次はマレーシアにも追い抜かれるかもしれません。小麦粉の割当量が決まっていて、アメリカから買えなくなるリスクもあります。
日本の子どもたちが飢えないよう、自給率を60%まで上げれば、誰も死ぬことはありません。
海藻を「海の野菜」として普及させる活動も進めています。3月のミシュランガイドセレモニーでは、海藻を使ったフィンガーフードを300人に振る舞いました。赤いもずくやオゴノリは食べたら美味しい。料理人として、使うことから始め、需要を生み出すことが大事です。
——地域での食文化の定着も重要ですね。
村田吉弘氏:
全国の料理人がメカブを流行らせれば、すぐに広まります。海水温が上がっても、沖縄や北の方でも、もずくは育ちます。藻が増えれば小魚が集まり、大きな魚も増える。そうやって日本の海を豊かに取り戻したいです。魚が減り、藻が増える現状を見ると、増やす方法を考えなければなりません。
私は料理人が集まって魚をどうにかしようと話し合う「Chefs for the Blue」関西支部の顧問ですが、天然しか使えないという思考はやめるべきです。
大間のマグロが高騰するのは、取り合うから。養殖業のレベルを上げ、お客様に提供できる品質を追求する方が生産的です。
革命はひとりから起こる。ちゃんとしたことを、ちゃんというと一緒にやろうという人が出てくる。
“活動”は若い人にやってもらわないと。「金はもらってくるし、なんでも好きなようにやれ」と言っている。失敗したら私が謝ればいい。
——普段は何を食べていますか?
村田吉弘氏:
店の若い子が作った賄いを食べます。ひどいときは「何やねん!」って感じですが、練習ですから仕方ありません。
農業政策の課題と食料自給率
——戦後の農業政策についてどう思いますか?
村田吉弘氏:
米が足りないのは農業政策の失敗です。官僚や政治家は短期的な視点で動くので、自分たちで生活を何とかする意識が必要です。
日本の国土の70%は山で、平野部は30%しかありません。そのわずかな田んぼを休耕田にするなんて馬鹿げています。コメ農家の後継者を増やすには、収入を増やすことが重要。コメ農家の年収が400万円だと後継者は出ませんが、倍になれば出てきます。上がったお金が生産者に還元されるか心配です。
昔、魚沼コシヒカリが茶碗一杯60円でした。自分は年寄りだからあまり食べないというのもあって1杯120円でもいい。食べ盛りの高校生には安い米も必要です。余った安い米は東南アジアに売ればいい。
高い米を外国に輸出し、安い米を輸入しつつ、自国は自国の中で食べられるようにする。自給率が60%ぐらいまであれば、飢えて死ぬ人はいない。
——地域での食料調達の重要性は?
村田吉弘氏:
岩手では生協で県内消費が中心で、いいものが安く身の回りにあります。魚沼コシヒカリも八幡平コシヒカリも変わりません。身の回りで食料が調達できれば理想的です。
ヨーロッパでは「25キロ以内のものを食べなさい」と言います。魚沼の米を九州の水で炊いても美味しくない。米と海藻、大豆があれば、50年後も大丈夫です。地球を救うのは米と大豆だと信じています。
ちゃんとした料理を ちゃんとした値段で 提供する責任
——次に話していただくテーマは何番でしょうか。
村田吉弘氏:
12番の「つくる責任 つかう責任」です。
——この実現に向けた提言をお願いします。
村田吉弘氏:
ちゃんとしたものをちゃんと出す。
——ちゃんととは?
村田吉弘氏:
ちゃんとしたものをちゃんとした値段でちゃんと出す。ちゃんとした生産者からちゃんとしたルートで食材を仕入れ、ちゃんとした料理を作り、ちゃんとした適切な価格で提供する。
ブランドがあるから「高い値段」というのは納得できない。高い方がおいしいとかは悪い風潮。そうすると高い方に行く。7万円の寿司屋が流行る。ありえない。半分ぐらい家賃だ。
食べることは積み重ねです。小さい頃からちゃんとしたものを食べてきた人は、味がわかります。急に儲けて高級店に行く人たちは、値段で味を判断します。
予約が取れないことを自慢する店もおかしいです。1年先の予約を取るなんて、生きているかもわからないのに無意味です。同じ人がぐるぐる回している。公共性ゼロだ。自分は色んな人に料理を食べてもらいたい。
——料理屋の「公共性」とは?
村田吉弘氏:
電話帳に番号を載せて、暖簾下げて商売をするということは、自分のためではない。料理屋は公共の施設です。誰のための施設かと。自分のためにつくっているという人が多い。「気に入らなかったら食うな」みたいなかんじ。
しかし、料理とは「理(ことわり)を料(はか)り定める」と書いて料理。5歳の子どもから95歳のおばあちゃんまで、皆に合わせた料理を提供するのが料理です。同じものを出すだけでは料理とは言えません。
例えば、普段はやっていないが、茶碗蒸しを冷ましてから出したり、工夫することが料理です。八坂神社の近くで始まった京都の料理屋は、おばあちゃんにお宮参りに抱かれてやってくるところから始まる。七五三、成人式、結納、喜寿、米寿など、一般の人々が来る場ということが大前提。料理は味だけでなく、人の琴線に触れるものです。
入退院を繰り返していた80代の老人が、梅の花が咲いていて、お香が漂う座敷の中で、蕗のとうの味噌揚げを食べて「生きててよかった」と言ったことがあります。これは値千金だと思うのは、メンタル的なところにひっかかっているから。そういうものをつくらないといけない。
おばあちゃんの味噌汁が美味しいのは、味だけでなく家の匂いや雰囲気が含まれているからです。食は単純でありながら複雑で、記憶に残りやすい。まずかったものとか結構覚えている。新婚旅行の美味しいパスタも覚えている。観光地の記憶は忘れても、レストランで何を食べておいしかったという記憶は残りやすい。
——チェーン店の牛丼はたべますか?
村田吉弘氏:
吉野家の顧問をやっていました。あんなに一日に消費される日本料理はない。顧問になる前の話ですが、吉野家の社長が店に来たとき、「牛丼の玉ねぎのシャリシャリ感が時間帯で変わる」と話しました。「一つの商品であれだけ安定していないのもすごい」と。そしたら1週間後ぐらいに、「顧問になって欲しい」といわれました。
「生だれ(原料を非加熱でブレンドしたたれ)で流通させると美味しい」といったら「生だれではまわしてない」といわれた。でもそれはおかしいと。生だれの方がおいしいとわかっているのなら、コストが掛かろうと、まわす工夫をするのが料理人だと。生だれにしたら、売り上げが2割増えた。安いから適当でいいという考えは間違いです。
マクドナルドのハンバーガーを否定する料理人もいますが、世界で愛されるものを評価できないのはおかしい。「吉野家の牛丼が一番おいしい」としかいえない立場ではありますが。
つかう責任、客側の責任とは!?
——つかう責任、客側の責任はありますか?
村田吉弘氏:
エプロン姿のおばちゃんが「天ぷら定食ありますか?予算2500円」と入ってきたことがあります。席が空いていたのでつくってあげたら、「こんな店に来る格好じゃないけど、次は綺麗な服で来ます」と言って帰りました。
他のお客様がそれを見て「よくやった」といってくれた。他のお客さんを気分悪くさせない方法。「うちは2500円じゃ天ぷら定食はできませんよ」と帰らせたら、他のお客さんもいい気分にならなかっただろう。
一番言いにくいのは、横でご飯食べていられないぐらい、香水がきつい年配の女性。店の方では注意しづらい。行く方は、他のお客さんの迷惑にならないようにしてほしい。大声で話す人も。
店の方はお客さんだから我慢できるが、ほかのお客さんの気分を害すことのないように。ゴム草履にショートパンツ、タンクトップの人にも困ります。入れてあげたいけど、他のお客さんは、結納や接待があって正装してきてる人もいる。そういう時の判断は難しい。いま指摘をすると反対に怒られる。「せっかく予約したのに」とか。
——これまでのご自身のお話を振り返っていかがですか。
村田吉弘氏:
SDGsは一人一人の中にあるものです。日本は昔からSDGsの国です。昔からやってきたことをもう一度見直し、いつまでも浮かれないこと。浮かれるのはもういい。
(BS-TBS「Style2030 賢者が映す未来」2025年4月15日放送より)