Tsai型近似結晶の特異な磁気相図を解明

2024年1月15日(月)11時17分 PR TIMES

〜謎に包まれた準結晶の物性を明らかにする重要な知見〜

【研究の要旨とポイント】
Tsai型の金・ガリウム・テルビウム(Au-Ga-Tb) 1/1近似結晶の特異な磁気相図を解明し、エキゾチックな強磁性秩序および反強磁性秩序を示すことを発見しました。

近似結晶中の電子と原子の比率(e/a比)によって、安定な磁気構造が変化することを明らかにしました

磁気構造を磁気モーメントの相対的な向きの観点から整理することにより、強磁性相と反強磁性相の選択則を明らかにしました。

本研究は準結晶・近似結晶の磁気秩序の解明につながる成果であり、将来的には、磁気冷凍やスピントロニクスをはじめとする応用研究につながる基礎知見になると期待されます。



【研究の概要】
東京理科大学先進工学部マテリアル創成工学科の田村隆治教授、Farid Labib研究員、東北大学多元物質科学研究所の那波和宏准教授、佐藤卓教授の共同研究グループは、Tsai型の金・ガリウム・テルビウム(Au-Ga-Tb) 1/1近似結晶において、磁気相図の作製に成功し、結晶中の電子と原子の比率(e/a比)を変えることで、エキゾチックな強磁性秩序や反強磁性秩序を実現できることを明らかにしました。


準結晶は、原子や分子が集合して規則的な配列を形成していますが、周期性は無く、結晶や非晶質(アモルファス)とは大きく異なる構造を有しています。その特異的で複雑な構造・性質は物性物理学分野で大きな注目を集めており、従来とは異なる新規材料の実現に向けた研究が行われています。本研究グループは、新たな準結晶やそれに類する近似結晶の発見、これらの材料が示す物性の開拓に注力してきました。今回、準結晶や近似結晶における磁気構造のe/a(電子数と原子数の比)依存性を明らかにするために、一軸異方性の大きな磁性元素としてTbを導入した近似結晶を作製し、磁気特性に関する検討を行いました。


本研究では、磁化測定と中性子回折実験の結果から、Tsai型Au-Ga-Tb 1/1近似結晶の磁気相図をe/aの関数として初めて作成しました。これらの近似結晶では、Tbは正二十面体に近い形のクラスターを形成します。得られた実験結果から、e/a = 1.72では非平面渦巻き状の反強磁性秩序が、e/a = 1.80では非平面渦巻き状の強磁性秩序が基底状態として安定化していることがわかりました。これらの秩序状態においてTbの磁気モーメントは正二十面体に接する方向を向いていることを明らかにしました。さらに、磁気構造を正二十面体内の最近接サイト間と次近接サイト間の磁気モーメントの相対的な向きの観点から整理することにより、強磁性相や反強磁性相を生ずる磁気相互作用の選択則を明らかにしました。

これらの発見は、準結晶や近似結晶の磁気秩序を理解する上で重要な知見であり、将来的には、磁気冷凍やスピントロニクスなどの応用につながると期待されます。

本研究成果は、2023年12月19日に国際学術誌「Materials Today Physics」にオンライン掲載されました。

※PR TIMESのシステムでは上付き・下付き文字を使用できないため、化学式や単位記号が正式な表記と異なる場合がございますのでご留意ください。正式な表記は、東京理科大学WEBページ(https://www.tus.ac.jp/today/archive/20240112_2278.html)をご参照ください。

[画像: https://prtimes.jp/i/102047/45/resize/d102047-45-abac5dfff3087a1e4add-0.jpg ]

図. 本研究で明らかになったTsai型Au-Ga-Tb 1/1近似結晶の磁気相図。e/a = 1.72では非平面渦巻き状の反強磁性秩序が、e/a = 1.80では非平面渦巻き状の強磁性秩序が基底状態として安定化している。

【研究の背景】
従来の結晶学で定義されるような周期性を持たない準結晶は、高次元周期結晶の断面構造として理解することができ、その構造を記述するためには補空間と呼ばれる新たな空間が必要です。これに基づき、近年「ハイパーマテリアル」という新しい物質の概念が提唱されました。ハイパーマテリアルとは、準結晶や近似結晶など、補空間を取り入れた高次元空間において統一的に記述される物質群のことを指しています。ハイパーマテリアルの対象は金属・半導体・セラミックス・ポリマーなどさまざまで、これまで存在しなかった新規物質の創製が期待されています。

準結晶は5回、8回、10回対称などの回転対称性を有する準周期構造を有しています。過去の研究から、準結晶は異なる3種類の構造(Mackay型、Bergman型、Tsai型)に分類できることがわかってきました。また、準結晶によく似た局所構造と結晶のような周期性を有する近似結晶についても、徐々にその構造的特徴が明らかになってきており、新たな準結晶探索や構造モデル構築への貢献が期待されています。一方で、準結晶や近似結晶の磁気特性は、その複雑性から未だ完全解明には至っておりません。

本研究グループは、準結晶や近似結晶に関する研究で大きな成果を収めてきました(※1, 2)。2021年11月には、希土類を含有した準結晶が強磁性を示すことを発見し、その特性の一端を明らかにしてきました(※3)。そこで今回、準結晶や近似結晶のさらなる特性解明に向けて、一軸異方性の大きな磁性元素としてTbを導入したTsai型のAu-Ga-Tb 1/1近似結晶を対象とし、e/a比を変化させたときの磁気特性を細かく調べ、磁気相図の作成に取り組みました。


※1 東京理科大学プレスリリース
『世界初:固体の第三の状態「準結晶」によく似た構造の結晶について、極低温で反強磁性相の存在を確認 〜未だ謎に満ちた準結晶の性質の解明に一歩〜』
URL: https://www.tus.ac.jp/today/archive/20191126001_1.html


※2 東京理科大学プレスリリース
『金系合金のTsai型近似結晶における特異な表面再構成を発見 〜Tsai型化合物で初めての観察例、高品質な有機半導体薄膜実現のための基板になると期待〜』
URL: https://www.tus.ac.jp/today/archive/20210210_0013.html


※3 東京理科大学プレスリリース
『強磁性準結晶の発見 〜準周期性が示す特異な磁性の解明に向けて飛躍的な前進〜』
URL: https://www.tus.ac.jp/today/archive/20211118_9223.html


【研究結果の詳細】
Au68-xGa18+xTb14 (x = 0~27)の公称組成を持つ1/1近似結晶をアーク溶解法にて20種類調製し、その磁気特性の系統性を検証しました。特に、これまで明らかになっていた公称組成がAu65Ga21Tb14(e/a = 1.70)の合金の磁気特性に加えてAu60Ga26Tb14(e/a = 1.80)とAu64Ga22Tb14(e/a = 1.72)の2つの合金の構造や磁気特性について詳しく調べ、Au68-xGa18+xTb14合金系のe/a比と磁気特性の関係性を明らかにしました。


これらの近似結晶では、Tbは正二十面体に近い形のクラスターを形成します。磁化測定や中性子回折実験の結果から、e/a < 1.72では、Tbのクラスター上の磁気モーメントは[111]軸の周りで渦を巻くような反強磁性秩序の配置を示し、e/a > 1.72では、[111]軸周りで渦を巻くような強磁性秩序の配置を示すことが分かりました。これらの境界であるe/a = 1.72では、9.9K-11.2Kの中間温度範囲で渦巻き状のスピン配置を持つ反強磁性秩序と強磁性秩序が共存することも突き止めました。e/a > 1.87になると、常磁性からの転移温度が著しく低下すると同時にスピングラス状態を示します。このため、e/a比を徐々に大きくすることによって基底状態が渦巻き状のスピン配置を持つ反強磁性秩序から強磁性秩序、スピングラス状態へと変遷していくことが明らかとなりました。


さらに、反強磁性相と強磁性相におけるクラスター上の磁気モーメントの相対的な向きを調べたところ、反強磁性相では最近接サイト間の磁気モーメントの向きがどちらかというと反平行(相対角 > 90°)になっているのに対して、強磁性相ではどちらかというと平行に(相対角 < 90°)に近いことがわかりました。このため、磁気秩序状態の変遷が最近接サイト間の磁気相互作用(J1)によって駆動されている可能性が高いことが示唆されました。


本研究を主導した東京理科大学の田村教授は「今まで、ハイパーマテリアルの磁気構造や磁気相図はほとんど解明されていませんでした。本研究成果は磁気冷凍やスピントロニクスをはじめとした応用研究に大きく貢献できることが期待されます」と、研究の成果についてコメントしています。


※本研究は、日本学術振興会(JSPS)の科研費(JP19H05817, JP19H05818, JP19H05819, JP21H01044, JP22H00101, JP22H04582)、科学技術振興機構(JST)の戦略的創造研究推進事業(CREST, JPMJCR22O3)による援助を受けて行われました。中性子回折実験の一部は東京大学物性研究所の共同利用、住友財団による支援を受けて実施されました。


【論文情報】
雑誌名:Materials Today Physics
論文タイトル:Unveiling exotic magnetic phase diagram of a non-Heisenberg quasicrystal approximant
著者:Farid Labib, Kazuhiro Nawa, Shintaro Suzuki, Hung-Cheng Wu, Asuka Ishikawa, Kazuki Inagaki, Takenori Fujii, Katsuki Kinjo, Taku J. Sato and Ryuji Tamura
DOI:10.1016/j.mtphys.2023.101321
URL:https://doi.org/10.1016/j.mtphys.2023.101321

【発表者】
Farid Labib    東京理科大学 先進工学部 マテリアル創成工学科 研究員 <責任著者>
那波 和宏    東北大学 多元物質科学研究所 准教授 <責任著者>
鈴木 慎太郎    青山学院大学 理工学部 物理科学科 助教
Hung-Cheng Wu  東北大学 多元物質科学研究所 博士研究員
石川 明日香    東京理科大学 先進工学部 マテリアル創成工学科 技術員
稲垣 和樹      東京理科大学 先進工学研究科 マテリアル創成工学専攻 2019年度 修士課程修了
藤井 武則     東京大学 低温センター 助教
金城 克樹     東北大学 多元物質科学研究所 助教
佐藤 卓      東北大学 多元物質科学研究所 教授
田村 隆治     東京理科大学 先進工学部 マテリアル創成工学科 教授

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