特定技能制度の拡充で外国人労働者は増大の一途…日本経済の今後を左右する労働市場の「最大の論点」とは?
2025年1月16日(木)4時0分 JBpress
少子化による人手不足が深刻だ。その影響は、賃金の上昇や先端技術による省人化、女性・シニアの活用などに現れ、労働市場は著しく変化している。加えて日本は他の先進国に先駆け、これから本格的な人口減少時代を迎える。社会の前提が変容する中、日本経済の構造は今後どのように変化していくのか。本連載では『ほんとうの日本経済』(坂本貴志著/講談社現代新書)から、内容の一部を抜粋・再編集。現状を整理しつつ、日本経済の将来の姿とその論点を考察する。
第3回は、外国人労働者の受け入れ拡大が、どんな問題をはらんでいるかを議論する。
論点1 外国人労働者をこのまま受け入れるのか
今後の最も大きな分岐点となるのは、日本社会が人口減少そのものを受け入れるかどうかという点になる。
短期的に出生率を上昇させることは容易ではなく、また仮に出生率の急上昇に成功したとしても生産年齢人口の回復には長い時間がかかる。日本の人口減少は既定路線であり、この状況を短期間で反転させることは難しい。
しかし、短期的な解決策として有効な施策がある。それは外国人労働者の受け入れ拡大である。実際に、日本以外の多くの先進国では外国人労働者を受け入れてきた歴史がある。
外国人労働者を大量に受け入れることで若くて安い労働力を労働市場に大量に流入させるという選択肢を日本社会が取るのだとすれば、先述した事象に関するそもそもの前提が崩れ、今後日本社会が経験する大きなストレスも避けることができるようになるだろう。
外国人労働者の受け入れを拡大したとしても、外国人が日本を選んでくれないという議論もある。しかし、それは事実とはやや異なるだろう。確かに、高度人材に限れば人材の獲得は他国との競争であり、米国や一部欧州諸国に比べれば相対的に賃金水準に劣る日本が高度人材の獲得競争に勝つことは難しい。
しかし、世界の労働市場を見渡せばそうでない労働者の方がむしろ多数派だ。高度な技能を有する人材に限らないのであれば、足りない労働力を賄うために海外から労働力を大量に流入させることは政策的に可能である。
そのような政策を日本は事実上取っている。外国人労働者はここ数十年の間で拡大を続けている(図表3-5)。人手不足の中で多くの企業が安い労働力としての外国人労働者を求めており、企業の要請にこたえる形で政府も外国人労働者の受け入れを活発化させているのである。
外国人労働者の賃金水準は日本人に比べて明らかに低い。賃金構造基本統計調査では外国人労働者の賃金の把握を令和元年の調査から行っているが、その最新の値をみると、外国人労働者の賃金は全体の平均値より低くなっていることがわかる(図表3-6)。
これには外国人が若いからという要因が大きく寄与しているが、賃金水準が労働者の技能の水準を指し示しているのだとすれば、日本は相対的に技能の低い労働者の受け入れに舵(かじ)を切っていることがうかがえる。
外国人労働者に係る施策についても、制度変更が続いている。政府は人手不足の分野で外国人労働者を受け入れるために、特定技能を2019年から導入している。これまでの技能実習制度は、少なくとも名目上は、出身国において修得が困難な技能等の修得・習熟・熟達を図ることを目的としており、目的が果たされた後は帰国することが前提にあった。
これまで政府は少なくとも表面上は、単純労働のための外国人受け入れは認めてこなかった。こうした観点でみれば、人手不足のために正面から外国人労働者を受け入れることを決めた特定技能制度の導入は、政策的にも大きな転換となる。
特定技能で就労が可能な特定産業分野は、制度導入以降、次々に拡大されている。直近の2024年3月の閣議決定においても、すでに認められている介護、ビルクリーニング、素形材・産業機械・電気電子情報関連製造業、建設、造船・舶用工業、自動車整備、航空、宿泊、農業、漁業、飲食料品製造業、外食業の12分野に加えて、自動車運送業、鉄道、林業、木材産業の4分野が追加されている。
さらに、同年6月には入管法等の改正によって、人手不足分野における人材の育成・確保を目的とする育成就労制度が創設されており、政府は人手不足解消のための外国人労働者受け入れに積極姿勢を強めている。
特定技能の受け入れ枠も制度新設以降、拡大を続けている。同閣議決定においては、政府は今後5年間の受け入れ見込み数の枠を82万人とする方針を掲げ、過去、2019年から2024年までの5年間で約34.5万人と設定していたものを大幅に拡充している。
外国人労働者の受け入れに関しては大きな議論がある。日本の多様性を高めるという観点から賛成の意見を持つ人もいれば、日本の治安や文化に与える悪影響を懸念し反対の意向を示す人もいる。こうしたなか、本書で強調したいのはあくまで外国人労働者受け入れに関する施策が市場メカニズムに与える影響である。
企業の目線で考えれば、海外から若くて安い賃金で働く労働力が大量に流入してくれば、そういった労働力を活用して利益を上げるというこれまでの経営戦略を取り続けることが可能になる。利益水準が低く経営に苦しさが増している企業にとっては、外国人労働者の大量流入は福音になるはずだ。外国人労働者の増加によって恩恵を受けるのは企業だけではない。
日本に住むあらゆる消費者も、これまでと変わらず大量の人手を用いた至れり尽くせりのサービスを安い価格で享受することができる。人手不足を補うために大量の外国人労働者を受け入れるという選択を日本社会が取るのであれば、今後の日本経済が経験するあらゆるストレスを少なくとも先送りすることができるだろう。
しかし、大量の外国人労働者の受け入れを続けることが、労働市場全体の賃金上昇圧力を抑制することにつながることを忘れてはならない。社会に必要不可欠な仕事をしているにもかかわらず低い賃金水準で働くことを余儀なくされているエッセンシャルワーカーの方々について、せっかく人手不足で上がり始めている賃金を抑制させることははたして望ましいことなのか。
また、安い労働力の流入は旧態依然とした経営を行っている企業の延命策ともなり得ることから、その結果として、過去の日本の市場で生じたように、健全な経営を行っている企業までもが過当競争に巻き込まれてしまう事態が再燃する可能性も否めない。
このようにして考えれば、安易な外国人労働者の受け入れが日本経済の高度化を妨げているという側面にもまた、日本社会は目を向けるべきではないか。
労働市場や日本社会全体に与える影響について深く顧みることなく進められている現在の外国人労働者の受け入れ施策には、大きな問題があると私は考える。日本の外国人労働者に関する施策はこのままの流れで展開していくのか。この論点は日本経済の今後を占ううえでの最大の外生変数になるはずだ。
<連載ラインアップ>
■第1回 労働市場の需給逼迫による持続的な賃金上昇は、企業に何を強いるのか?
■第2回 政府による経済介入は終焉へ、人口減少下で企業・労働者・消費者が経験する「かつてない痛み」とは?
■第3回 特定技能制度の拡充で外国人労働者は増大の一途…日本経済の今後を左右する労働市場の「最大の論点」とは?(本稿)
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筆者:坂本 貴志