「夫の不倫相手殺して」「姑死ね」「上司を飛ばして」縁切り寺が実施"空恐ろしい絵馬の個人情報流出"防ぐ妙策

2024年2月10日(土)11時15分 プレジデント社

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Tolga_TEZCAN

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■受験シーズン合格祈願の「絵馬」の情報が狙われている


個人情報保護の機運が、宗教界でも高まってきている。たとえば、神仏に奉納される「絵馬」には、センシティブな情報が書き込まれていることがある。また、寺院で保管・管理されている「過去帳」の開示は「御法度」になっている。一方で、あまりに個人情報保護を厳格化すると、宗教文化の消滅や調査・研究への妨げにもなることがある。SNS社会の到来によって現場の寺院や神社は、難しい判断に迫られている。


受験シーズンが到来した。「第一志望の○○大学に合格しますように 東京都世田谷区○○1丁目2-3 山田太郎 令和6年1月15日」。この時期、各地の神社や寺院の境内では、合格祈願の「絵馬」が数多く掛けられているのを目にする。


写真=iStock.com/Tolga_TEZCAN
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Tolga_TEZCAN

絵馬に願いを託すのは、受験生だけではない。「□□さんと結婚できますように」といった縁結び、「がんの手術が成功しますように」などの病気平癒、「赤ちゃんが無事産まれてきますように」との安産などの祈願もある。


絵馬には、他人の目にさらされたくない情報が多分に含まれている。同様に、密教系の寺院では「護摩」が行われているが、火にくべる護摩木にも同様に氏名、祈願文が書かれている。


合格祈願や縁結びなどのポジティブな願文は、まだマシなほうかもしれない。全国には「縁切り」で知られる寺社が多くある。京都市の安井金比羅宮、栃木県足利市の門田稲荷神社などが、縁切りで有名である。


撮影=鵜飼秀徳
神社に掛けられた絵馬 - 撮影=鵜飼秀徳

■「妻と離婚させて」「夫の不倫相手を殺して」「姑、早く死ね」


そこには「妻と離婚させて」「夫の不倫相手を殺して」「姑、早く死ね」「嫌な上司○○を遠くの支社に飛ばして」など、呪いの文言を書き連ねた絵馬が奉納されている。


空恐ろしい話だが、「縁切り」や「丑(うし)の刻参り」(いわゆる「藁人形」などの呪術)は、古来より存在する「闇の文化」である。このストレス社会において、縁切り寺への参拝は衰えることはない。願主にとって、「ガス抜き」になっている面は否定できない。


写真=iStock.com/boommaval boommaval
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/boommaval boommaval

だが現代社会において、こうした絵馬のプライバシー情報はスマホで撮影され、SNSによって拡散される恐れがある。最近では、ハガキなどに貼られる「個人情報保護シール」で文面を隠した絵馬も散見されるようになった。ネットショップなどでは、絵馬専用の個人情報保護シールが販売されているほどだ。また、京都市の下鴨神社では15年ほど前から、個人情報保護シールを用意している。


先述の縁切り神社、門田稲荷では「重ね絵馬」を500円で販売している。絵馬をカスタネットのように重ねて、内側に願文を隠せるように工夫している。


法事や墓参りにおいても、不特定多数の目に個人情報がさらされる。多くの仏教宗派では、卒塔婆(そとば)供養をしている。卒塔婆とは、釈迦の遺骨(仏舎利)を祀ったインドの仏塔を模した木札のことで、死者の魂の依代(よりしろ)である(魂の存在を否定している浄土真宗系宗派では卒塔婆供養はしない)。


卒塔婆は法事の際に墓石の背後に立てて供養する。墓参時には、小さいサイズの経木塔婆(水塔婆ともいう)を、竿石の前に立て掛ける。いずれも、故人の戒名や施主の氏名が書かれているだけで、さほど問題は起きないように思える。しかし、親族関係が良好ではないケースでは、この卒塔婆供養を巡ってしばしば、トラブルの種になる。


「兄の名前で卒塔婆が供えてあったが、妹の私は法事に呼ばれていない。なぜ、勝手に法事をしたのか」
「絶縁した兄が墓参りした形跡がある。いまどこで何をしているのか、(住職に)教えてほしい」


寺の住職をやっていると、たまにこんな訴えが寄せられることがある。本来は、親族関係の中で解決すべきことである。だが、不仲が原因でやりとりが不通になっているため、住職にこっそりと相手の情報を求めてくるのだ。むろん住職が勝手に親族の近況を教えたり、具体的な個人情報を伝えたりすることはできない。


撮影=鵜飼秀徳
お墓につき立てられた卒塔婆 - 撮影=鵜飼秀徳

■寺が火事になった時に最優先で持ち出すのは「本尊と過去帳」


寺院において最も気をつけなければならないのが、「過去帳」だ。過去帳とは、菩提(ぼだい)寺が保管する檀(だん)信徒の死亡記録である。故人の俗名や戒名、享年、死亡年月日などが記されている。なかには、死因が記されている場合もある。寺では「火事になった際に最優先で持ち出すのは、本尊と過去帳」と言われるほど、重要なアイテムだ。


過去帳は、江戸時代の寺請制度と同時に全国に普及した。


1638(寛永15)年、日本人全員にたいして寺請証文が作成される。この寺請証文がまとめられて、庄屋のところで台帳にしたのが「宗旨人別改帳」であった。宗旨人別改帳は、今でいう「戸籍」である。宗旨人別改帳も取り扱いには注意が必要だ。


宗門人別改帳と同時に、ムラの寺では過去帳の制作が一般化していく。現在、宗門人別改帳はあまり目にすることはなくなっている一方で、過去帳は火災などで失われたケースを除き、菩提寺に伝わり続けている。過去300年分ほどの一族の記録が、過去帳によって辿れることもある。


よって過去帳は、時に身元調査を手がける探偵社や興信所が開示を求めてくることがある。あるいは、親族らが家系を知るために、菩提寺に閲覧を希望してくる。


だが、過去帳の取り扱いは厳しく制限されている。ほとんどの宗門では、過去帳の閲覧・開示を禁止する旨の通達を各寺院に実施している。それは、江戸時代の「身分」につながる情報が記載されている可能性があるからだ。過去には、過去帳から得た情報によって、就職差別や結婚差別が生まれるといったことがあった。


例えば浄土宗では以下のように住職に指導している。


①税務調査 「税務署からの要請であっても開示は禁止です。守秘義務があり、閲覧させると秘密漏洩罪の対象になります」
②檀信徒ご本人からの依頼 「故人のご親族であっても、過去帳には他人の情報も記載されている等のことから閲覧させることは禁止です。直接住職が口頭又は書写にて伝えてください」
③歴史上の人物調査 「歴史上、学術的な事由であろうとも過去帳を閲覧させることは禁止です。住職が口頭又は書写にて説明ください」


一方で、過去帳は歴史の証言者でもある。「死者の記録」であるゆえに、たとえば、そのデータを辿れば、過去の感染症の流行と終息の様子がつぶさに見て取れる。



鵜飼秀徳『絶滅する「墓」 日本の知られざる弔い』(NHK出版新書)

具体的には、安政年間のコレラ流行や、大正時代のスペイン風邪流行時など、各地の過去帳に記された死者の数をカウントするだけで、どの地域でどれくらいの期間、感染症が流行し、どれくらいの死者が出たのかがわかる。同様に、過去の戦死者の記録も、貴重な史料といえる。


今回のコロナ禍においても、各寺院の過去帳に記録されたデータが分析できていれば、きっと有益な情報が得られただろう。


情報がいとも簡単に拡散され、悪意の流布がなされる現代社会だ。個人情報管理が、絵馬や卒塔婆供養のような宗教文化へ、少なからず影響を与え始めているのも確かである。


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鵜飼 秀徳(うかい・ひでのり)
浄土宗僧侶/ジャーナリスト
1974年生まれ。成城大学卒業。新聞記者、経済誌記者などを経て独立。「現代社会と宗教」をテーマに取材、発信を続ける。著書に『寺院消滅』(日経BP)、『仏教抹殺』(文春新書)近著に『仏教の大東亜戦争』(文春新書)、『お寺の日本地図 名刹古刹でめぐる47都道府県』(文春新書)。浄土宗正覚寺住職、大正大学招聘教授、佛教大学・東京農業大学非常勤講師、(一社)良いお寺研究会代表理事、(公財)全日本仏教会広報委員など。
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(浄土宗僧侶/ジャーナリスト 鵜飼 秀徳)

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