SNSが変えた消費者の行動様式、フリマアプリとシェアリング普及の背景にある“5つのA”とは?
2025年2月6日(木)4時0分 JBpress
アダム・スミスが提唱した“神の見えざる手”に代表されるように、元来、経済学の世界は「人間は合理的に行動する」ことを前提としている。ところが生身の人間がつくる経済社会においては、必ずしも合理的とは言えない行動が数多く存在しており、心理学的アプローチを踏まえて人間の経済活動を分析する「行動経済学」が、近年ビジネスにおいて注目されるようになってきた。本連載では『悪魔の教養としての行動経済学』(真壁昭夫著/かや書房)から、内容の一部を抜粋・再編集。AI研究にも生かされ始めている行動経済学の視点から、良くも悪くも人間の意思決定に影響するマーケティング戦略について考察する。
今回は、フリマアプリ、シェアリングサービス、SNSなどをきっかけに消費者の行動様式がいかに変化してきたかについて解説する。
認知・訴求・調査・行動・推奨の“5つのA”
——企業と消費者の接点を増やすマーケティングの本質
コトラー教授が提唱したマーケティング4.0の中に、“5つのA”のコンセプトがある。
認知(Aware)、訴求(Appeal)、調査(Ask)、行動(Act)、推奨(Advocate)だ。
順に確認すると、デジタル時代の消費者と企業が提供する商品がどういう関係にあるか、それを活かすために企業がどういった戦略を策定すべきかを考えることができる。
最初の認知(Aware)は、知っている・誰かから知らされることを意味する。体験や友人が使っていなことなどをきっかけに、消費者は企業が提供する商品の存在を知り、過去の経験を思い出す。テレビCMで目にしたことがある、といったことがこれに該当する。
次の訴求(Appeal)の段階で、消費者(顧客)は自分に合う、気に入ると考えるいくつかのブランドに関心を向ける。訴求という言葉になぞらえて考えると、企業は消費者の経験などを頼りに、心に刺さりそうなモノやコトをアピールする。
消費者は、その中から気に入った少数のブランドの購入を検討する。消費者の心理は、「知っている」から一歩進んで、「気に入った」というレベルに移る。
気に入ったブランドを見つけた消費者は、次に調査(Ask)を開始する。友人や家族に使い心地を聞くなど積極的に情報を収集し、ネット通販やレビューサイトでの口コミや評価を参考にする。SNSの普及で、消費者は気に入った少数のブランドに関する情報を収集しやすくなった。
情報を精査して納得したら、気に入ったブランドを消費者は購入する。これが行動(Act)だ。消費者は購入した商品を実際に使用し、故障した場合には、修理やメンテナンスを依頼することもある。
商品の使用を続けていると、消費者のブランドに対する愛着は深まる。気に入ったものを消費者はSNSに「使い心地は抜群」「コスパ最高」などと投稿し、周囲に推奨(Advocate)する。
推奨を見聞きした人はブランドの存在を認知し、購入を検討することになるだろう。いざ商品の調査をしてみたが、金銭的なゆとりがなく購入を見送る人もいる。その場合、行動(Act)=購入を飛び越えて周囲に自分が調査した結果を紹介し、おすすめする人もいる。
SNSにより、消費者と企業の接点は増えた。SNSのデータを活用することで、企業はより消費者の好みに合うモノやサービスの創造を目指すこともできるようになっている。マーケティングの本質は、消費者との接点を増やして潜在的な需要に耳を傾け、より効率的に付加価値を得る戦略の策定にあると考えることもできそうだ。
フリマアプリとシェアリングが普及した理由
——消費者の行動様式の変化と“5つのA”の大きな影響
マーケティング4.0の時代を象徴する変化の一つとして、スマホの“フリマ”(フリーマーケット)アプリ、自動車などをシェアして使う“シェアリング”ビジネスが登場した。それらをきっかけに、これまでの消費者の行動様式も変化したと考えられる。
従来のわが国では、欲しいモノは新品で購入し、それを自分だけが独占的に使用することが基本的な行動様式だった。しかし、世の中の節約志向が強まったことで、消費者の無駄を省く意識は高まった。
例えば、自動車を所有してはいるものの毎日乗らない人、ウインタースポーツを楽しむためにスキー板やボードなどの道具を揃えているが、1年に1回行くか行かないかという人、そして子供を持つ親たちは、数回しか着なかった子供服や一度しか使わなかった玩具など、それらのモノたちの有効利用やお得な入手方法を探し始めたのだ。
それまでも、使わなくなったモノを低価格で売買するフリマを開催している地域はあったが、定期的に開かれているわけではなかった。スキーなどの道具に関して、モノを手に入れる(購入する)必要性は感じていないが、相応の金額で利用すること(シェア)ができれば十分だと感じている人もいた。
そうしたニーズをマッチングさせるために、SNSが果たした役割は大きかった。ITスタートアップ企業の中には、SNSのネットワークを応用して、ネット空間上でフリーマーケットを運営したり、モノや個人のスキルのシェアリングをしたりするサービスが登場した。そのプロセスを前述の5Aに基づいて考えると、以下のようになるだろう。
知人から「フリマアプリは便利で良い」といったことを知らされ(認知)、いくつかのブランドの中から自分に合いそうなアプリの候補を選ぶ(訴求)。候補が出揃い、実際にアカウントを開設したり、使っている知人に感想を聞いたりする。積極的に情報を収集し、使い勝手やユーザーの評価などを調べる(調査)。
特定のアプリが自分に合うと判断できれば、実際に不要なものを出品したり、モノやコトをシェアリングしたりする(行動)。不要なものを売却して収入を得たり、必要に応じてモノを共有したりすることで満足感が得られると、周囲にもアプリを勧める(推奨)。スマホの普及とともに世界に広がったフリマアプリやシェアリングの背景にも、マーケティング4.0にある5つのAの影響は大きかったと考えられる。
事業運営の発想を切り替える新たな試み
——マーケティングの専門家を経営トップに招く日本企業
フリマアプリやシェアリングエコノミーのように、デジタル技術の進歩によって消費者の行動は変化する。デジタル技術の発展スピードは急速だ。しかも、変化のパターンは過去に経験したものと異なることも多い(非連続)。
観光の分野では、漫画やアニメなどの熱心なファンが、作品に登場した場所、あるいはゆかりのある土地を“聖地”と呼び、実際に訪問する“聖地巡礼”などの需要も増えた。SNSを用いた「ライブ・コマース」など、消費者と企業の接点は多極化している。
わが国の企業の中には、海外の企業でマーケティングの実務を積み、成果を上げたプロの人材を招き、経営を任せるケースが増えている。狙いは加速度的、かつ、非連続的な変化に対応するため、消費者が無意識のうちに(潜在意識の中で)抱いている欲求を刺激できるようなモノを生み出したり、その提案手法を構築したりすることだろう。
従来の日本企業であれば、製造技術を磨いて自社の発想に基づいた場合の中で“良い”と判断できるものを供給することが多かった。その結果、思うように売れ行きが伸びず、生産が止まったものは多い。専用の眼鏡を装着して3D画像を視聴する“3Dテレビ”は良い例だろう。
企業側の発想としては、立体の画像で映画やドラマを視聴できれば、ダイナミックな映像空間に消費者をいざない、より鮮烈な体験を提供できるという考えがあった。
しかし、こうした企業の発想は消費者に受け入れられなかった。3D眼鏡を装着することは煩わしく、テレビを寝転がりながら見づらくなる。そうした直感的な違和感などを解消できないと、いくら製造技術が高度だったとしても消費者に受け入れられることは難しくなるだろう。
むしろ重要なのは、根本的な欲求に寄り添うことだ。それがうまくいくと、需要を創出する可能性は高まる。ゼロから新しいものを生み出すことが成長に必要不可欠と限らない。
すでにあるモノとモノを結合したり、あるいはモノに新しいイメージを付加する。そのための事業戦略を立案するために、世界的なメーカーなどでマーケティングに従事した専門家をトップに招き、事業運営の発想そのものを変えようとする日本企業は増えている。
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筆者:真壁 昭夫