これじゃ思わず動画を送ってしまうのも無理はない…性加害者が子どもに送るチャットメッセージの狡猾さ

2025年2月17日(月)9時15分 プレジデント社

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/PrathanChorruangsak

ジャニー喜多川氏の性加害問題では、子どもに性加害をしようとする加害者が子ども(時には親も)の信頼を得ようとする「性的グルーミング(手なずけ)」にも注目が集まった。では、実際の性的グルーミングの手口にはどんなものがあるのか。犯罪心理学者で、性暴力被害者のケアや心理分析などに携わってきた櫻井鼓さんは「子どもは、加害者から『自分だけ特別扱いをされた、何かしてもらった』という思いから、性的な行為をされていやだと思ってもそれを言い出せないことがある」という——。(第1回/全3回)

※本稿は、櫻井鼓『「だれにも言っちゃだめだよ」に従ってしまう子どもたち』(WAVE出版)の一部を再編集したものです。


写真=iStock.com/PrathanChorruangsak
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■「おれも!」


子ども:私なんて、ぜんぜん友だちとかいないし


加害者:えー、じゃあ友だちになろ。好きなこと教えてよ


子ども:ダンスやってます。うまくないけど……


加害者:おれも! 後でDMで動画とか送ってよ!


子ども:ほんと⁉ じゃあ、自信ないけど送ってみる!


■オンラインゲームのリスク


ゲームって楽しいですよね。私もそう思っています。ですから、オンラインゲーム自体を否定するわけではないのですが、やはりリスクがあるということは知っておくべきでしょう。


櫻井鼓『「だれにも言っちゃだめだよ」に従ってしまう子どもたち』(WAVE出版)より

いっしょにオンラインゲームをする相手を探すために、SNSに「フレンド募集(ぼしゅう)」というハッシュタグ(#)をつける小学生もいて、見知らぬ大人と子どもが出会う場になっています。


オンラインゲームで遊ぶときには、テキストチャットやボイスチャットを使ったやりとりをするので、相手の性別や年代、パーソナリティが推測しやすくなります。積極的に個人情報を伝えていないつもりでも、相手になんとなく自分のことを知られてしまうということですね。


櫻井鼓『「だれにも言っちゃだめだよ」に従ってしまう子どもたち』(WAVE出版)より

さらに、オンラインゲームではチームになっていっしょに戦ったりするので、相手との関係が築かれやすくなります。


ちなみに、足もとが不安定なつり橋をドキドキしながらわたっているとき、その場に魅力的な人がいると、その人が原因でドキドキしているのだと誤解してしまう「つり橋効果」と呼ばれる現象があります。


厳密には議論の余地を残している心理学実験ではありますが、少なくとも人は興奮状況にあると、別の物事がその原因だと考えてしまう可能性があるということです。いっしょにゲームをやっていて興奮したり楽しいと思ったりすれば、その相手に好印象を抱きやすくなることでしょう。


■好きなことは言いやすい


さて、このシーンを見てみましょう。加害者のやりとりのたくみな要素は、2つに分解できます。


まず1つ目は、「好きなこと教えてよ」という最初の問いかけにあると言えます。普段から、たとえば学校でクラス替えがあって、最初に自己紹介をするときに、好きなアイドルとか音楽とかアニメについて話したりしませんか? あるいは推しとか趣味、ハマっていることを紹介するなど。いずれも、自分が好きだと思うこと、という点で共通していますよね。


もちろん、きらいなことについて触れる場合もあるかもしれませんが、最初から、きらいなアイドルや音楽、趣味にしたくないものについてばかり話すということはあまりないでしょう。


もし、きらいなものについて話したとき、それが聞いている相手の好きなものだったとしたら、相手の気分を害してしまう可能性もあります。


つまり人は、自分の好きな物事について他人に話すのは、比較的たやすいのです。何を好きであろうが、それは個人の自由ですし、少なくとも、それを聞いている相手に不快な思いをさせないということもあるでしょう。


一方で、好きなことは自分だけの秘密にしていて、他人には言いにくいと感じる人もいるかもしれません。ただ、その場合でも、代わりに好きと言いやすい別の何かを伝えることはできます。何より、好きなことについて人からたずねられて、いやな気持ちになる人はほとんどいないでしょう。


そう考えると、会話の最初に好きなことをたずねるのは、その後のやりとりをスムーズに進めやすくします。そこが、たくみだと言う理由です。


■態度が似ている相手には魅力を感じる


もう1つの要素は、類似性です。


みなさんも、普段の友人とのやりとりを思い返してみてください。自分の好きなことが、話している相手といっしょだったりすると盛り上がりますよね。私が普段、いっしょに学んでいる大学生たちもそうです。


初回の授業で、グループ・ディスカッションの準備段階として、互いに自己紹介をするようにうながすことがあります。このときの会話を聞いていても、「音楽だとK-POPが好きです」「K-POPのだれですか?」「○○です」「えー! 私も!」というやりとりは頻繁(ひんぱん)に聞かれます。こうなるとその2人は、授業の後もK-POPについて話を続けています。


こうした「類似性」というのは、他人に与える印象を左右する要素の1つです。人は類似性を持っている相手に、より好意を抱きやすくなる、ということが心理学でも指摘されています。


■共通点や類似性をつくり出す


このシーンでも、ダンスをやっていると伝えた後で、相手から「そうなんだ……おれはちがうけど」とか「あんまりくわしくないけど」というような返信がくるより、「おれも!」という返信のほうが印象はいいはずです。それは、自分といっしょであることにホッとしたり、話をわかってくれるうれしさを感じたりするからでしょう。


ここでは、そもそもゲームという共通の趣味があり、ダンスが好きという態度が相手と類似していたわけですが、こういった相手との共通点や類似性をつくり出すという手口は、性的グルーミングのやりとりでも典型的です。


たとえば出身地が同じとか同い年、というようなこともそうです。共通点、類似性がある相手には親近感を覚えやすく、良くも悪くも、見知らぬ相手でも関係性を築きやすくしてしまうのです。


■手なずけに気づくヒント


同じ趣味を持っている人との会話は楽しいですよね。趣味の話で盛り上がるのは、もちろん悪くないことです。でも、そのことを足がかりに、このシーンのように、あなたの画像や動画を送ってほしいなどとこちらにリスクのある要求をしてきたら、いったん冷静になりましょう。安易に送信するのは危険です。


写真=iStock.com/matimix
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/matimix

■「教えてあげるよ」


加害者:お前のサッカー、けり方をもう少し変えたらうまくいくと思う。


子ども:どんなふうにですか?


加害者:おれ、もともとミッドフィルダーだったからさ。


子ども:くわしく教えてほしい!


加害者:今度、お前だけに教えてあげるよ


■子どもならではの弱みを利用する


子どもが性被害にあう場合、子どもならではの弱みを利用されている場合が多くあると感じます。たとえば、されている行為の意味がわからないこと、自分が何か悪いことをしてしまったと思って言えないこと、だれにも言わないという言いつけをしっかりと守ってしまうこと、だれかから大切にされたいという思いをもっていること、などなどです。


また、子どもはもともと立場が弱く、社会的に優位な立場を利用される、ということも挙げられます。


■社会的立場の差による性被害


このシーンでは、サッカーの指導者と習っている教え子をイメージしています。このような例を挙げると、特にお子さんのいる保護者の方は不安に思われるかもしれません。こうした社会的立場を利用した性被害については、令和5年(2023年)に性犯罪の規定に関する法律が改正されたこともあって、最近は取り上げられることが多くなったように感じています。このことについて説明しましょう。


櫻井鼓『「だれにも言っちゃだめだよ」に従ってしまう子どもたち』(WAVE出版)より

令和5年(2023年)、刑法では、それまで「強制性交等罪」「強制わいせつ罪」と呼ばれていたものが、それぞれ「不同意性交等罪」「不同意わいせつ罪」という罪名に変更(へんこう)されました。


その際、少しややこしい話になるのですが、性犯罪というのは自由な意思に基づいて決めることができずになされた性的行為であるけれども、これまでは処罰するか否か判断があいまいになっていた行為もあって、今後はバラつきが生じないように、きちんと処罰しようということになったのです。


そこで、相手が「いやと思う」「いやと言う」「いやを貫(つらぬ)く」ことが難しい状態でなされた性的行為については性犯罪が成立する、と明確に示されました。


櫻井鼓『「だれにも言っちゃだめだよ」に従ってしまう子どもたち』(WAVE出版)より

そしてこれらの、いやと思ったり、いやと言ったり、いやを貫いたりすることが難しい状態になる原因として、暴行・脅迫(きょうはく)を受けた場合以外にも、恐怖(きょうふ)やおどろきでフリーズした場合、などがあるとされました。


また、上司と部下、教員と生徒のように、社会的立場の影響力も原因になると示されたのです。たとえば、生徒にとっての教員は、自分の進路をにぎっている相手ですから、もしいやだと言った場合に、希望する進路に進めなくなるかもしれない、と心配して性的行為を拒否することができない、ということがあり得ます。


このようなとき、いやだと言えなかったのだから、犯罪の被害には当たらない、ということにはなりません。


■好意は返したくなる


さきほどのシーンにもどりましょう。男の子は指導者を務めている男性からけり方の技術を教えてもらおうとし、男性は快く引き受けたようです。この後で男の子は、特別に、指導者からけり方の技術を教えてもらうことになるのでしょう。


このように、習い事の指導者と教え子、塾(じゅく)の講師と生徒というような、教える・教えられるという関係以外の場面でも、人から何かを教えてもらうとか、プレゼントをもらうなどという恩恵(おんけい)を受ける場面があります。そういうときの、恩恵を受けた側の心理に注目したいと思います。


社会心理学者のチャルディーニは、私たちの世界には、親切や贈(おく)り物など、「他人がこちらになんらかの恩恵を施(ほどこ)したら、自分は似たような形でそのお返しをしなくてはならない」という「返報性の法則」があり、それは人に影響力を与える最も強力な武器になると述べています。


■被害を言い出せなかったり加害者をかばったりする理由


そのとおりですよね。私たちは、プレゼントをもらったらそのお返しをしようと思いますし、相手から何かをしてもらったらそれに報(むく)いようとするものです。



櫻井鼓『「だれにも言っちゃだめだよ」に従ってしまう子どもたち』(WAVE出版)

それらの感情は自然と起こるもので、そういった気持ちによって人間関係が円滑に進む要素があると思います。


でもそれが、性的グルーミングでも生じるところが問題なのです。自分だけ特別扱(あつか)いをされた、何かしてもらった、という思いから、性的な行為をされていやだと思ってもそれを言い出せない、ということがあるのです。


そもそも、本当は被害にあっているのに、「悪いことだ」と相手を非難する気持ちが生まれにくい、被害に気づきにくい、ということもあります。よくしてくれた相手が、まさか「犯罪行為」をしているとは思いにくいですよね。


ですから、被害をうったえることができなかったり、たとえ性被害として明るみに出たとしても、「あの人は悪くない」「自分に良いことをしてくれた人だから」など、加害者をかばう言動が見られたりするのです。


でも、恩恵を与えているのだから、性的行為に応じるべきだとするのは、どう考えたっておかしなことです。よくしてもらったからといって、それが性的行為に応じなければならない理由にはとうていなり得ません。


■手なずけに気づくヒント


社会的立場の影響力を利用して性的な行為をさせるのは、明らかに犯罪です。何かしてあげたことをもって、性的行為に応じさせることも、あってはなりません。そういった誘いは断っていいし、断ったことに罪悪感を持つ必要もまったくないのです。


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櫻井 鼓(さくらい・つつみ)
犯罪心理学者、横浜思春期問題研究所副所長
追手門学院大学心理学部教授。公認心理師、臨床心理士、博士(教育学)。警察庁長官官房給与厚生課犯罪被害者支援室、神奈川県警察本部警務課被害者支援室、同少年育成課少年相談・保護センター勤務を経て現職。内閣府、こども家庭庁、警察庁の有識者検討会委員を務める。専門は犯罪心理学、トラウマ研究。これまで性犯罪・殺人・交通死亡事件などの被害に遭った方やご家族の支援、性加害・窃盗・家庭内暴力などの非行少年の相談、犯罪被害者の心理鑑定、トラウマ研究に携わる。編著書に、『SNSと性被害 理解と効果的な支援のために』(誠信書房)、『性暴力被害者への支援 臨床実践の現場から』(誠信書房)がある。
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(犯罪心理学者、横浜思春期問題研究所副所長 櫻井 鼓)

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