トランプのせいで「バック・トゥ・ザ・フューチャー」を素直に楽しめない…白人社会回帰で日本人が被る不利益

2025年2月21日(金)18時15分 プレジデント社

『バック・トゥ・ザ・フューチャー』のタイムマシンであるデロリアン、2016年9月3日、アメリカ・アトランタ ※写真はイメージです - 写真=iStock.com/BluIz60

金曜ロードショー(日本テレビ系)で『バック・トゥ・ザ・フューチャー』3部作が放送され、過去のアメリカの描写が話題になっている。コラムニストの藤井セイラさんは「過去のパートでは、白人優位社会だった1955年がノスタルジックに描かれた。まるでトランプ大統領が理想とする過去を映像化したようだ」という——。
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『バック・トゥ・ザ・フューチャー』のタイムマシンであるデロリアン、2016年9月3日、アメリカ・アトランタ ※写真はイメージです - 写真=iStock.com/BluIz60

■新・吹き替え版『バック・トゥ・ザ・フューチャー』を今見ると…


バック・トゥ・ザ・フューチャー』(BTTF)が先日、Xでトレンド入りし、話題となった。BTTFといえば、誰もが知る大ヒット映画であり、タイムトラベルものの古典だ。


3部作の監督はロバート・ゼメキス。1985年の初公開から40年を記念して、かつて主人公・マーティ(マイケル・J・フォックス)を演じていた山寺宏一がドク(クリストファー・ロイド)を、新たに声優・宮野真守がマーティ役を担う。その新吹替版が金曜ロードショー(日本テレビ系)で3週にわたって放送されている。


いま改めて『バック・トゥ・ザ・フューチャー』を観ると、ジェットコースターのような展開の完成度に驚かされつつも、子どもの頃には見えなかった点に気づく。


BTTF第1作では、タイムマシンに改造されたデロリアンが、30年の時をさかのぼる。1985年から1955年へ。第2作でもいったん未来の2015年にスリップしつつ、後半は1955年に戻った。これはどういう意味を持つのか?


映画公開年の1985年、17歳の高校生・マーティはトヨタのハイラックスに憧れている。「ジャパン・アズ・ナンバーワン」といわれ、高度経済成長を遂げた日本が国際的に持ち上げられていた時代だ。当時の日本はものづくりの国としての存在感も高く、カシオやパナソニックの「イケてる」電化製品が小道具としてBTTFのあちこちに登場する。そして主人公の暮らす街で市長を務めるのは、黒人だ。


■過去の舞台は、白人が富を占有していた「古き良き50年代」


一方、タイムトリップした先の1955年には、アラーム付き腕時計もなければ、シュガーフリーのコーラもない。テレビもやっと一般家庭に届いたばかり、便利な電化製品はまだまだ普及していない。


しかし、人々の目には希望があふれ、大家族みんなで同じ番組を見て笑い、今後さらに暮らし向きがよくなっていく、という期待に満ちている。鷹揚でのどかな空気が流れ、不動産の開発用地もたっぷりとある。


そしてハイスクールにはほとんど白人生徒しか出てこない。アフリカ系も、アジア人も、ヒスパニック系もいない。出てくる黒人といえば、堆肥の塊に「クセェ!」と喋るアルバイトがひとりだけ(彼は後に市長になるが)。他に登場するアフリカ系アメリカ人は、高校生のダンスパーティのための生バンドくらいだ。


白人のための世界がそこには広がっている。


■白人少女たちに囲まれて大統領令にサインするトランプ


ふと『バック・トゥ・ザ・フューチャー』は、アメリカにとっての『ALWAYS三丁目の夕日』(2005年)だったのでは、と思う。


『ALWAYS三丁目の夕日』は昭和30年代(1958年)が舞台だ。戦後の復興を経て高度経済成長期に差しかかる日本の勢い、まだ残る古い町並みと人情、そして家族の絆を描いて大ヒットした。バブル経済の崩壊後、10年以上たっても景気回復の兆しが見えなかった公開当時の日本人の心境にフィットしたのだろう。


当時、日本はまたここからよくなっていくと多くの人は信じていた。公開されたのは、第1次安倍政権の始まる前年。当時はまさかそのまま「失われた30年」に突入していくとは思ってもいなかった。


そんなことを考えながら、金曜ロードショーでBTTFの1955年の「白人しかいないハイスクールのカフェテリア」を眺めていると、ちょうど同日のニュースで流れていた、「トランプ大統領が、100人近い白人少女たちに取り囲まれながら大統領令(トランスジェンダー女性の女子スポーツ大会への参加を禁じる内容)にサインする」場面とオーバーラップして見えた。そこにいる子どもたちの大多数が白人だった。


ほほえましげに演出されてはいるが、「有色人種がほとんどいない」という点が共通しており、現代の映画やドラマを見慣れた目には、どうしても不自然に映る場面だった。


写真=EPA/時事通信フォト
『バック・トゥ・ザ・フューチャー』公開30年周年の発表会。右から母親役のリー・トンプソン、博士ドク役のクリストファー・ロイド、主役のマイケル・J・フォックス、主題歌を歌ったヒューイ・ルイス。2015年10月21日(アメリカ・ニューヨーク) - 写真=EPA/時事通信フォト

■メイク・アメリカ・グレート・アゲインを体現する映画


マーティの送り込まれた1955年「11月」は、「黒人にも市民権を」とうったえる公民権運動がまだ大きく盛り上がる前だ。第二次大戦後の富を白人たちが占有する、アメリカ保守派にとっての「古き良き時代」だったのだ。当時はまだバスの座席すら白人と黒人で分けられていた。白人に席を譲ることを拒否してローザ・パークスが逮捕されたことをきっかけに、キング牧師らが「バス・ボイコット運動」を組織的に呼びかけたのが1955年「12月」である。


1985年は、国外では日本との経済摩擦が激しくなり、国内ではアフリカ系アメリカ人が公職にも就くようになってきて「白人のアイデンティティー」が揺らいだ時代。そこから、人種差別が温存されており、黒人を安い労働力として調達できていた1955年11月へーー。


『バック・トゥ・ザ・フューチャー』は、大統領再選を果たしたトランプがうたう「Make America Great Again(アメリカを再び偉大な国に:MAGA)」という懐古趣味を、くしくも40年前にすでに映像化していた映画ともいえはしないか。トランプ自身がBTTFを見ていた可能性も大いにある。当時の脚本家が、シリーズを通した悪役であるビフ・タネンのモデルとして、当時すでに実業家だったトランプの名を挙げているのだ。


■多様性を放棄し、紙ストローをかなぐり捨てるトランプ


そのように映画の構図を考え直すと、トランプ大統領が何をしようとしているのか、くっきりと浮かび上がってくる。


彼は就任以来、数々の大統領令にサインをしている。CIAなど政府機関の大リストラ、メキシコ湾の「アメリカ湾」への改称、性別は男女2種類しかないと宣言(つまり「LGBTQ」のTとQは認めない)、国際刑事裁判所(ICC)職員らへの制裁、高い関税、そして紙ストローの廃止……。


大別すると、ムダのカットと称した政府機能の縮小、諸外国への敵対的態度、国際機関への反発、環境問題への取り組みの後退、そして「行き過ぎたDEI」の是正、といったところだろうか。


これら「トランプ改革」の中で、映画などエンターテインメントにも直結してくるのが最後の「DEI見直し」だ。DEIとは、ダイバーシティ=多様性、エクイティ=公平性、インクルージョン=包括性の略称である。それがトランプ政権発足後、大転換を迎えている。


しかしその根拠となる論理はきわめて粗雑なものだ。2025年1月29日、ワシントン近郊で小型旅客機と米陸軍ヘリコプターの衝突事故が起きた。


トランプ氏は記者会見で、航空当局の「多様性を推進する取り組みが事故の背景にある」と根拠も示さずに一方的に主張し、ホワイトハウスに詰めかけた記者たちを呆れさせた。


トランプ大統領、2025年ポートレート(写真=Daniel Torok/PD-author/Wikimedia Commons

■アマゾンやグーグルがダイバーシティの看板を取り下げ


Googleカレンダーでは、これまで記載のあった「ホロコースト追悼日」「プライド月間」「ヒスパニック文化遺産月間」「女性史月間」などが表示されなくなるという。また、Googleマップでは「メキシコ湾」が「アメリカ湾」と表示されるようになった。


また、アメリカ国内の名だたる企業、マクドナルド、アマゾン、メタ(旧Facebook)、ウォルマート、フォード、ハーレーダビッドソン、トヨタや日産などが、社内のDEI推進目標を撤廃もしくは縮小させると、2025年1月時点で、すでに宣言している。


いずれも「一定の目標を達成したため」などを理由に挙げているが、このタイミングで大手企業が一斉に同じ方針を打ち出すのは、トランプ大統領への忖度(そんたく)と見られてもしかたがない。アップルやコストコなどは、「今後もDEI推進を維持したい」と発表しているが、どれほどの企業が後に続くか。


■ディズニーもDEIを弱める。多様な主人公像はどうなるか


世界中の子どもたちに夢と希望を与えてきたディズニーもまた、方針を転換する。管理職の報酬基準から多様性や包括性を外し、よりビジネス的成功に重きをおいた評価を行うという。


だが、近年のディズニーアニメのヒット作には、まさに多様性を重視する観点から生まれたものが少なくない。


メキシコ人の少年が死者の日(日本のお盆のような風習)にあの世とこの世を行き来する『リメンバー・ミー』(2017年)、またハワイ先住民の女の子が大冒険を繰り広げる『モアナと伝説の海』(2016年)は、2024年公開の2作目も好調で、実写化も予定されている。


動物の世界を舞台にした『ズートピア』(2016年)では、西洋の昔話によく登場するウサギ、キツネ、ヒツジ、ライオンたちの固定化された役割を活かしつつ、それをひっくり返すことで、一筋縄ではいかない正義のあり方を描いた。コロンビア出身のシャキーラが歌った主題歌「トライ・エヴリシング」は、日本の子どもたちの運動会でもすでに定番曲となっている。


名作のリメイクもディズニーのおハコだが、人魚姫を黒人シンガーソングライターのハリー・ベイリーが演じた実写版『リトル・マーメイド』(2023年)では、キャスト発表当時は「肌の黒いアリエルなんてありえない!」というネガティブな声も上がった。


しかし公開されると、アメリカでは実写版『アラジン』(2019年)を超え、日本でも初登場1位と興行的成功を収めたのだ。


■映画がマイノリティの子供たちをエンパワメントしてきたのに


それでもなお多くの国際的コンテンツにおいて、白人キャラクターが多数派を占めることは事実だ。だが、ディズニーやピクサーの先導してきたDEI推進は、さまざまな出自の子どもたちが「自分と同じ肌の色、目の色、髪の色の主人公を物語の中に見つけられる」という現実を叶えつつあった。


「わたしもヒロインになれる」「僕だってヒーローだ」と夢見ることは、人生に大きな影響をもたらす。そうやってフィクションは、多くの子どもたちをエンパワメントしてきたはずだ。


写真=iStock.com/FatCamera
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/FatCamera

■DEIの撤廃はひとごとではなく、日本人に不利益をもたらす


だが、今後は『バック・トゥ・ザ・フューチャー』が「束の間の夢」として見せた「グレート・アメリカ(古き良き白人中心の時代)」のような絵面が、もしかするとふたたびディスプレイにあふれるようになるのかもしれない。他ならぬトランプ大統領が「メイク・アメリカ・グレート・アゲイン」と掲げているのだから。


トランプ政権の下で多くの国際企業がDEI推進をやめることは、やがて日本にも影響するだろう。国内でも、近年、D&I推進室を設けた企業も多いが、それらはどう変わるのか、もしくは日本独自の進化を遂げていくのか。


また、トランプの「脱DEI」政策は在アメリカ日本人にも不利益をもたらす可能性が高い。日本人は一歩海外に出れば「アジア人」であり、アメリカではマイノリティに属するからだ。現地で暮らす人やこれからグリーンカード取得を目指す人などにとって、風当たりが強くならないようにと切に願う。


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藤井 セイラ(ふじい・せいら)
ライター・コラムニスト
東京大学文学部卒業、出版大手を経てフリーに。企業広報やブランディングを行うかたわら、執筆活動を行う。芸能記事の執筆は今回が初めて。集英社のWEB「よみタイ」でDV避難エッセイ『逃げる技術!』を連載中。保有資格に、保育士、学芸員、日本語教師、幼保英検1級、小学校英語指導資格、ファイナンシャルプランナーなど。趣味は絵本の読み聞かせ、ヨガ。
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(ライター・コラムニスト 藤井 セイラ)

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