国民を肥満から救うはずが…バター、ポテチに課された「世界初の脂肪税」がたった1年で廃止になったワケ

2025年2月25日(火)7時15分 プレジデント社

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/ClarkandCompany

デンマークでは2011年、飽和脂肪酸を含む食品に課税する「脂肪税」を世界で初めて導入したが、わずか14カ月で廃止されてしまった。一体何があったのか。作家のイェンヌ・ダムベリさんの著書『脂肪と人類』(新潮選書)より、一部を紹介しよう——。

■デンマークの「脂肪規制」


デンマークの食のイメージといえば真っ赤なソーセージ、デニッシュ、ベーコン、レムラードソース、豚皮のフライだが、だからといって国民の健康にまつわる法制度がスウェーデンより緩いわけではない。見方によっては進歩的とも言えるほどだ。


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2003年にはデンマークが工業生産のトランス脂肪酸を厳しく規制したことが世界的なニュースになった。新しい規制では食品に含まれる人工型トランス脂肪酸は最大2%までで、繰り返し違反した場合には最長2年の禁固刑が科せられることもある。


デンマークでトランス脂肪酸の規制を推進したのは、予防循環器学の教授スティーン・ステンダーだ。規制だけが唯一の合理的な結論だという姿勢で、トランス脂肪酸は他の脂肪と異なりデメリットを補うようなメリットがないからというのが理由だ。つまり人間にトランス脂肪酸は必要ないのだ。


■「トランス脂肪酸」規制で心血管疾患の死亡率が減少


デンマークでは1980年以降心血管疾患による死者が70%も減少していて、その傾向はまだ続いている。同じ傾向が他のEU諸国にもみられるが、デンマークは特に顕著だ。


ステンダーによれば医療技術が向上したこと以外にも、デンマークでは厳しい喫煙禁止が実施され、政府が「運動して果物や野菜を食べよう」というキャンペーンを行ったのが大きかったという。その中でトランス脂肪酸の規制がどれだけ貢献したかは判別できないが──とスウェーデン公共テレビのインタビューで語っている。


2000年から2009年の間にデンマークの男性が心血管疾患で死ぬ確率は毎年8%減少した一方で、スウェーデンは4.5%の減少だった。二国で唯一違ったのがトランス脂肪酸の規制の有無だったとステンダーは指摘する。


■脂肪の多い食品に「脂肪税」を課税


デンマークでは2011年にもう一つ脂肪が規制されている。飽和脂肪酸はほぼすべての動物性食品、そしてポテトチップスや加工食品など多くの工業生産食品にも含まれているため規制を導入することはできなかったが、消費を制御する効果的な手法、つまり価格設定を利用したのだ。


写真=iStock.com/manassanant pamai
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デンマーク政府は飽和脂肪酸含有量が2.3%を超える食品に税金をかけることで、国民の健康を良い方向へ向かわせようとした。この課税は中道右派政府によって導入されたが、左派からも支持を得ていた。


脂肪税は悪しき習慣を正すプロジェクトの一環で、脂肪税以外にはエネルギー税も引き上げられ、逆に良い効果につながるものに対しては減税が行われた。


脂肪税を提案した予防委員会は「10年でデンマークの平均寿命を3年延ばす方法を提案せよ」というミッションを課せられていた。税率は飽和脂肪酸の割合で決まり、バターのように飽和脂肪酸の割合が高いものは16.7%だった一方で、250グラムのポテトチップスは6%だった。


ある試算によれば、この脂肪税のおかげで平均的なデンマーク人は10年で5.5日長く生きられるようになったという。目標の3年には程遠いが、それでも良い方向には向かっている。


結果として税金の導入は成功だった──と経済学の教授シンネ・スミーは言う。


■たった14カ月で脂肪税は廃止に


該当する食品の売り上げはすぐに減少した。飽和脂肪酸の消費は4%減り、果物と野菜が売れるようになった。スミーの試算によればこの食生活の変化で毎年123人が早期死亡を回避できるという。しかも税金は収入源にもなった。


政権を引き継いだ社会民主党は選挙前に脂肪税の倍増をうたっていたが、結果的に実現されず、なんと脂肪税自体が廃止されてしまった。たったの14カ月で。


政府が意見を翻したのは、脂肪税によって国内で力をもつ食品会社の事務作業が増えたからだった。それに税金のせいで国境を越えた売買も増えてしまった──つまり入るべき消費税がデンマークの国庫に入ってこなくなったのだ。別の批判は社会的なデメリットに向けられた。シングルペアレントが経済的に大きな打撃を受けることになったからだ。


■含有量のチェックに莫大なコストが…


スミーは課税によって人々の行動を制御できるかどうかを研究しているが、消費を削減したい商品を値上げする価値はありえると言う。


写真=iStock.com/oceane2508
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「税率をうまく設定すれば効果を得られます。ソフトドリンクにかけた税金が良い例で、導入された国では売り上げが減少している。しかし秤のもう一方で社会経済的な犠牲が生じるのも現実です。デンマークの産業界は脂肪税でダメージを受けたと主張するでしょう。食品によっても状況は変わります。ソフトドリンクは比較的簡単に課税できる。だけど飽和脂肪酸は各食品の含有量を調べなければいけない。そのために莫大なコストのかかる管理体制が必要になった」


脂肪税は税種としては英国の経済学者アーサー・ピグーにちなんで名づけられたピグー税に当たり、特定の商品やサービス、活動には隠れたコストがかかるという原理に基づいている。そのコストは最初から価格に含まれるべきで、後で社会が負担するのではなく実際にその商品を使用する人によって賄われるべきだという考え方だ。


典型的な例が長期的には高額な医療費につながる喫煙だ。このピグー税がうまく機能すれば消費者個人が支払ったお金で目立たない社会的コストをカバーすることができる。一方でこのシステムのデメリットは正確なコストを算出するのが難しいという点だ。


■「ソフトドリンクへの課税のほうが楽」


さらに複雑なのが、私たちがある程度必要とする商品にこの類の課税をする場合だとスミーは言う。たとえば飽和脂肪酸は北欧諸国の栄養推奨の食事にも入っている──ただ今日私たちが食べているほどの量ではないというだけで。



イェンヌ・ダムベリ『脂肪と人類』(新潮選書)

「本来なら、栄養推奨に設定されている10%を摂取したらそれ以上は食べられなくなるようなチップを搭載すべき。それ以上は買えないような仕組みが必要なんです」


スミーはそこで皮肉な笑みを浮かべたが、また真剣な表情になって続けた。


「食品に自然に含まれる成分や私たちが必要としている食品に規制をかけると問題が起きる。ソフトドリンクのほうが楽──ソフトドリンクにはメリットなど一つもなくて何の存在意義もないから」


■「情報」だけでは人々を制御できない


食品業界のように、社会全体のための課税や規制の脅威にさらされる団体は「最善の解決法は情報提供だ」と訴える。どういうことなのかを国民がわかっていれば、決めるのは彼ら自身のはずだ。それが良い決断でも悪い決断でも。


オンラインカジノで全財産を失う可能性があることをわかっていれば、それでもリスクを冒すかどうかは個人の自由なのだから。しかしスミーはその「情報」がどこまで有効な制御になるかは疑わしいと感じている。


「もちろん情報も少しは効果があると思うけれど、私たち人間はそういう意味では合理的ではない。明日こそ運動をしようと思っても、明日が今日になるともうそこまでやる気はないでしょう? だけど値段が高いと自制心が高まるということは研究でも示されているんです」


■デンマーク人は脂肪の代わりに塩を舐め始めた


世界保健機関(WHO)や他国の政府も脂肪税に関心を寄せている。スミーは経済学者として一時期世界各地に赴き脂肪税についてレクチャーを行った。今のところそのような税金を導入した国は他にない。が、2010年代にはソフトドリンクや砂糖の税金が以前より一般的になっている。


健康という見地から脂肪税がマイナスだった面を挙げるとすると、デンマーク人が塩を多く摂取するようになったことだ。それも特に驚くことではない、とスミーは言う。ある商品の価格を上げれば、人は他の選択肢を探すものだ。


「脂肪や砂糖、塩にはしっかり味がある。だから飽和脂肪酸を減らした分、塩を増やすのかもしれません。また脂肪税を導入することがあれば、その時には塩の消費を制限する方法も探さなくてはね」


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イェンヌ・ダムベリ
ジャーナリスト・作家
スウェーデンの主要朝刊紙に寄稿。デビュー作の『いただきます! 新しい定番料理の知られざる歴史』がスウェーデン食事アカデミーの「食にまつわるエッセイ」の部で最優秀賞を受賞したほか、食文化関係の著書多数。
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(ジャーナリスト・作家 イェンヌ・ダムベリ)

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