中国人女性の『週刊少年ジャンプ』になっている…中国で大人気の"BL界隈"で続く政府との知られざる攻防

2025年2月28日(金)18時15分 プレジデント社

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Oleksandr Siedov

中国で、男性同士の恋愛を描いたボーイズ・ラブ(BL)作品が人気を集めている。どのように検閲を潜り抜けているのか。『BLと中国』(ひつじ書房)を書いた立命館大学政策科学部の周密助教に、ジャーナリストの高口康太さんが聞いた——。(後編/全2回)

■中国BLは「ネットの掲示板」から生まれた


中国BLの起点は1990年代にさかのぼる。


CLAMPの『聖伝』『東京BABYLON』などのマンガが中国に入り、1999年には雑誌『耽美季節』が創刊された。この雑誌は日本のBL作品を翻訳、紹介する内容だったが、同じく1999年に中国のBL作品も誕生している。


ネット掲示板で発表された「世紀末,最後的流星雨」(世紀末、最後の流星雨)が初の作品と言われる。「スラムダンク」の流川楓と仙道彰を主人公とした二次創作作品だ。


BLと中国 耽美(Danmei)をめぐる社会情勢と魅力』(ひつじ書房、2024年。以下、『BLと中国』と略記)の著者、周密さんも、最初に読んだ中国BLはネット掲示板に書き込まれた作品だったと振り返る。


「大手IT企業・バイドゥが運営するネット掲示板でBL作品を読みました。「今日からマ王!」「ガンダムSEED」など日本アニメの二次創作ですね。当時はまだネット規制が緩くて、性的描写がある小説を書き込んでもOKでした。私が初めて読んだのは百度贴吧(Baidu Tieba)に掲載された作品です。今は規制が厳しくなりましたが、当時は性的描写がある小説の投稿も許されていました」


写真=iStock.com/Oleksandr Siedov
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Oleksandr Siedov

■「ネット小説サイト」には557万作以上もの投稿


中国の検閲は新聞、雑誌、映画、ラジオ、テレビといったオールドメディアほど厳しく、ネットドラマやネット掲示板、ソーシャルメディアなどのニューメディアのほうが比較すれば緩い傾向にある。新しく登場したメディアには規制が追いつかないから、という単純な理由である。


ただ、当初のゆるゆるの状況から次第に規制は強まってきた。日本以上にネット社会が発展した中国だけに、今では中国共産党も全力投球でネット検閲をがんばっているのだ。つまり、黎明(れいめい)期にだけ存在した、自由な空間に中国BLが生まれたわけだ。


ネット掲示板に続いて普及したのがネット小説サイトだった。日本の「魔法のiらんど」「小説家になろう」「カクヨム」に似た、ネットユーザーが自作小説を投稿できるサービスである。


BLと中国』によると、BL作品が多い晋江文学城は2003年の設立。2023年5月14日時点で557万作以上もの作品が投稿されている。映像化などメディアミックス展開を前提として、著者と著作権管理委託契約を締結した作品に限っても25万作に達するというから、これぞ中国という圧倒的物量に驚かされる。ちなみに読者のデータも強烈だ。会員数は6111万人、1日の平均利用時間は80分(2023年5月14日時点)。読者の数も、熱意もともかくすさまじい。


日本のネット小説サイトと大きく異なるのは初期から課金システムが導入されていた点だ。冒頭部は無料で、その後は1000字ごとに0.02〜0.05元(約0.4〜1円)を支払うと読むことができる。他にも作者に激励の気持ちとしてお金を送れる投げ銭システムもある。2010年代半ば以降の人気小説はほとんどがネット小説サイトから生まれ、数億円を稼ぎ出す人気作家が続々と輩出された。


■中国BLは“少年ジャンプ”に近い


このネット小説人気の中で、BLは有力ジャンルの一角を占めていたが、日本のBL作品とは異なる形で進化していったという。1つには凝った世界観やストーリー重視という特徴だ。読者が課金して続きを読みたくなるような工夫する必要があるためで、恋愛感情や性愛描写“だけ”が中心とはなっていない。中国BLに詳しいライターのはちこによると、「中華BLは女性読者のための『週刊少年ジャンプ』」だという。恋愛も描かれるが、それ以上に物語要素が強いという意味だ。(「中華BL二十五年の歩み——誕生、発展、規制、そして再出発」『すばる』2023年6月号)。


周助教もヒット作は物語要素が強い作品が多いと認めつつも、膨大にある中国BLの中にはひたすら性描写ばかりという作品もあると指摘する。


「ただ、日本にも翻訳されているようなヒット作品はこうした特長を持つのですが、そうではない作品もたくさんあることは言っておきたい点です。ほとんど性的描写だけという作品も大量にあります」


翻訳小説やドラマとして日本人ファンの目に触れるのはヒット作ばかりだが、それがすべてではない。


写真提供=共同通信社
商業施設内でBL関連作品のグッズなどを扱う店舗=2024年8月31日、北京 - 写真提供=共同通信社

■カップルの関係性は“どっちも強い”


もう一つの特徴がカップルの関係性だ。


「日本で言うところの強攻め・強受けです。カップルのうち片方が強く片方が弱い関係ではなく、両方が強い、大人の『成熟した関係性』を持つことが特徴です。2010年代以降、欧米のスラッシュ小説(主に男性同士の恋愛、絆を描いたもの。多くは映画やドラマの二次創作)の影響を受けたことが要因です。


また、男女平等や女性の社会進出といった時代背景もあるでしょう。中国BLの主要読者である都市部の若い女性層は結婚相手に頼らない自立心が強い。小説の中でも依存よりも対等な関係が望まれるようになったわけです」


日本BLからスタートし、欧米スラッシュ小説の影響で進化した中国BLはやがて小説の世界から映画やドラマなど映像の世界でも影響力を発揮するようになる。


中国BL小説の映像作品を「耽改劇」という。耽美作品を改変した作品という意味だ。映画やドラマには厳しい検閲が存在するだけに、中国BLをそのまま映像化することはできない。そこで同性愛的な要素はあくまでにおわせ程度にとどめるよう改変することで検閲をくぐりぬけることに成功した。日本ではブロマンス・ドラマ(ブラザーとロマンスを組み合わせた用語で、男性同士の友情や絆を描いた作品。肉体関係は伴わない)という名称で紹介されることが多い。


■ファンと企業で“ぎりぎりのライン”を狙う


BL要素をごりごり削って原作を変えると、日本でならば「原作クラッシャー」として批判されそうなものだが、中国BLファンは寛容だった。


「検閲があって原作そのままで作れないことはみな理解しているわけです。なので、改変されたとしても映像化されたらそれだけで嬉しい。BLファンにしか知られていなかった作品がもっと多くの人に知られるのも嬉しい。だから、改変してもいいから作ってという人がほとんどで、寛容なのです」


ただし、あらゆる改変を許容したわけではない。『魔道祖師』を原作としたドラマ「陳情令」は製作当初、原作では脇役だった女性キャラクター「温情」の出番を大幅に増やし主役格にすることを計画していたが、これにファンは激怒して「これじゃ陳情令じゃなくて犬令だ」「原作ファンの限界を踏み越えるな」と抗議した。これに制作側が折れて女性キャラクターの扱いを変えたという。


「BLは中国の主流文化の一つになったという指摘もあります。ファン層はなんと4000万人にのぼるとの推計もあるほど。企業は政府の検閲には逆らえませんが、一方でそのぎりぎりのところでファンの要求に応じれば、ヒットが期待できる。いわばファンと企業は共犯関係として、ぎりぎりのラインを模索したわけです」


こうして生まれたブロマンス・ドラマは爆発的なヒットを記録した。代表作として知られる「陳情令」は再生回数のべ100億回を突破(2023年1月13日時点での確認)。海外でも高く評価されるようになった。「陳情令」以外でも、中国BL原作のドラマは次々とヒットしていく。


写真=iStock.com/imtmphoto
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/imtmphoto

■検閲で規制されても、作家とファンはめげない


ただ、出る杭が打たれるのが中国の検閲だ。新たなジャンルは最初放置されていても、目立つようになれば規制の手が入る。


ネット小説は2014年にはポルノ・違反出版物を取り締まる「浄網2014」(ネット浄化作戦2014)のターゲットとなってしまった。晋江文学城は「首以下の身体部位に対する描写は禁止」という自主検閲を導入し、過去の発表作品についても公開中止や一部を伏せ字にするなどの措置を行った。人気小説の『魔道祖師』はすでに公開中止されているという。


「性的描写が少ない『千秋』はまだ残っていましたが、課金して見ると、表示されたページが伏せ字ばかりということも。画面に表示されている文字がほとんど伏せ字で、検閲されていないのはたった4、5文字だけということもありました」(2024年4月15日時点での確認)


ただ、こうした検閲にもBL作家とファンはめげなかった。直接的には表現せずに、比喩や暗示によって読者の想像をかきたてる。あるいは前編で紹介した「首から下の説明できない部分を使って、鍇(※金へんに皆)さんの首からの下の説明できない部分を乱暴に説明できないようにした。説明できない中で、二人は熱く説明できないことを始めた」といった、ジョークのような表現が使われることもある。ただ、こうした手法を使った作品で人気作となっているものはごく少数に限られる。多くの人が読む作品となると、婉曲的な表現でも検閲対象になっているとも考えられる。


■絶対に屈さない、抜け穴を探し続ける


ブロマンス・ドラマは2022年1月に中国本土での新作の放送、配信が禁止された。撮影済みの作品も多数あったが、お蔵入り状態だ。現時点ではこの禁令が解ける気配は見られない。


「ただ、製作企業としては公開できればヒットが期待できるジャンルですから、当局のマークがゆるむタイミングをうかがっています。2024年初頭には新作ブロマンス・ドラマが突然配信開始され、1時間後に削除されるという騒ぎがありました。観測気球的に当局の態度を確認したと見られています。


また、タイの会社にBLドラマを制作させるというプロジェクトもありました。シナリオも主演俳優もメイクまで全部、中国人。でも中国のドラマじゃないですという立て付けです」



周密『BLと中国 耽美(Danmei)をめぐる社会情勢と魅力』(ひつじ書房)

この手法だと中国国内では放送、配信できない。だが、熱心なファンならば、ネット検閲をかいくぐってYouTubeなど中国外の配信サイトを見ることは可能だ。ドラマがヒットしさえすれば、俳優を使ったコマーシャルなど別の形での稼ぎ方は可能というソロバン勘定のようだ。


BLではないが、やはり規制されたアイドル・オーディション番組でも、海外迂回作戦は実施されている。人気アイドル・オーディション番組の「創造営」は2023年以降、タイ・バンコクで収録されている。2023年シーズンで勝ち残り、デビューしたグループ「Gen1es」(ジニーズ)はメンバー9人のうちタイ人は2人だが、中国本土出身は4人という構成で、中国市場向けに売る気まんまんだ。


「上に政策あらば、下に対策あり」


よく知られた中国の言葉だが、中国BLの作家とファン、そしてBLで稼ぐ制作会社も容易には屈しない。検閲に苦しみながらも、粘り強く抜け穴を探し続けている。


写真=iStock.com/winhorse
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/winhorse

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高口 康太(たかぐち・こうた)
ジャーナリスト/千葉大学客員准教授
1976年生まれ。千葉県出身。千葉大学人文社会科学研究科博士課程単位取得退学。中国経済、中国企業、在日中国人社会を中心に『週刊ダイヤモンド』『Wedge』『ニューズウィーク日本版』「NewsPicks」などのメディアに寄稿している。著書に『なぜ、習近平は激怒したのか』(祥伝社新書)、『現代中国経営者列伝』(星海社新書)、編著に『中国S級B級論』(さくら舎)、共著に『幸福な監視国家・中国』(NHK出版新書)『プロトタイプシティ 深圳と世界的イノベーション』(KADOKAWA)などがある。
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周 密(しゅう・みつ)
立命館大学政策科学部助教
広島大学大学院教育学研究科博士課程修了、博士(教育学)。専門はジェンダー論、言語教育、文化研究。主な論文にStrategic mouthing of words: the Chinese bromance drama Word of Honor, censorship and gender stereotypes(Feminist Media Studies, 2023)、「BL小説を原作とした中国ウェブドラマに見られる適応策 検閲と利益の二重螺旋の中で」(『ジェンダー研究』25、2023)などがある。
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(ジャーナリスト/千葉大学客員准教授 高口 康太、立命館大学政策科学部助教 周 密)

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