なぜラーメン店は3年で7割が倒産するのか…「大行列でも収支はギリギリ」ミシュラン店主が語った「3年目の壁」
看板商品の「特上塩らぁめん(2200円)」。蛤、あさり、シジミ、貝柱といった魚介系素材に比内地鶏や名古屋コーチンなどの旨味を加えた“ダシ感”が強い一杯だ - 筆者撮影
■驚異の「食べログ3.95点」を誇る超人気店
JR・東京メトロほか池袋駅東口から徒歩9分。東池袋の春日通り沿いに一軒の超人気ラーメン店がある。「Japanese Ramen 五感」だ。
2023年4月にオープン。「食べログ」では3.95点を誇り、東京の数あるラーメン店で堂々の4位(2025年2月19日現在)に君臨。店主の奥地守さんと妻の麻衣子さんで切り盛りしている。
人気の看板メニューは「特上塩らぁめん」。
スープは千葉産天然蛤、北海道産天然あさり、茨城県産シジミ、北海道産ホタテ貝柱をふんだんに使用。さらに比内地鶏、名古屋コーチン、黒豚、羅臼昆布などのダシをプラスしている。あっさりとした清湯ながら飛び上がるほどのダシ感は感動レベルだ。「美味しい」という簡単な言葉では片付けてはいけないレベルの至高の一杯といえるだろう。
筆者撮影
看板商品の「特上塩らぁめん(2200円)」。蛤、あさり、シジミ、貝柱といった魚介系素材に比内地鶏や名古屋コーチンなどの旨味を加えた“ダシ感”が強い一杯だ - 筆者撮影
守さんは大阪で専門学校を卒業後、ホテルのドアマンとして働いていた。
趣味のバンドを本格始動させようと24歳で上京。しかしメンバーの結婚を機にバンドは解散する。
当時「博多 一風堂」が手掛ける西麻布にあった「五行」でアルバイトをしていて、そのまま社員に採用されることになった。もともと料理が好きで、飲食のアルバイトは初めてだったが手応えがあったのだという。
■「物件が見つからない」開業までの2年間の闘い
こうして、2009年に「博多 一風堂」に入り12年間修業した。
「西麻布 五行」「京都 五行」で4年、その後ちゃんぽん業態の「ハカタノチカラ」「どさん子 銀座0号店」「イチカバチカ」など新店の立ち上げを中心に突っ走ってきた。そして、最後の3カ月間は浅草橋の「博多 一風堂」で修業生活を締めくくり、2021年に退職した。ここから独立に向けて動き始める。
のちに妻となる麻衣子さんとは2016年に出会い、2017年に結婚。麻衣子さんは中学からダンスをやっていて、ディズニーランドとシーで10年間ダンサーをやっていた。その後はダンス用品店で働いていた。
麻衣子さんは守さんから独立したいという話を聞いて一度驚いたが、「1回だけチャンスね。ダメだったらどこかに就職してね」という約束で承諾をした。
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「Japanese Ramen 五感」の店主・奥地守さんと妻の麻衣子さん - 筆者撮影
ここから退職金と失業手当で食いつなぎながら物件探しをした。物件がなかなか決まらず、いい場所があっても初めて店舗を立ち上げる人ではなかなか借りられず、断られる日が続いた。知人のラーメン店でアルバイトをしながら、不動産会社10社にお願いして必死で物件探しをした。
■開業ラッシュで資材や内装費が高い
すると、池袋のある物件が見つかる。人気ラーメン店の居抜きの物件で、ここは良いと思った。兄に連帯保証人になってもらい、政策金融公庫からも上限額で借り入れし、なんとかオープンまでこぎつけた。
「物件が決まるまで2年ほどかかりましたので、このままではラーメン店を開けないんじゃないかと不安でした。
ラーメンは作れても、信用や周りの協力がないとお店は作れないんだということを知りました。全力が出し切れない日々にモヤモヤしていたのを覚えています」(守さん)
この頃はラーメン店のオープンが続いており、資材や内装費が高騰していた。400万円で考えていた内装費は600万円かかった。全財産を突っ込んで作ったお店で、追い込まれ方は尋常ではなく、まさにやらざるを得ない環境だった。
まずはオープン前にInstagramのフォロワーを3000人集めようと奔走した。
知人の人気店「Ramen Break Beats」のInstagramの盛り上がりを見て、ここまでいけないと厳しいだろうと思ったのだという。オープン前までは他店のラーメン店で食べたレポートを書き、ラーメンファンをフォローするとよくフォローバックが返ってきていた。そして、「4月にオープンします」とカウントダウンをし始め、店舗前にポスターを貼ってアピールし、オープンの日を迎えた。
こうして「Japanese Ramen 五感」はオープンした。2023年4月のことだった。当日には15人の行列ができた。
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現在はTableCheckを利用した完全予約制。予約成立時には一人あたり390円の手数料がかかる。店内は現金のみ - 筆者撮影
■ミシュランに掲載されても収支はトントン
「五感」の評判ははじめから上々だった。オープン3日目にはラーメン評論家の大崎裕史さんが来店し、ラーメンファンに一気にその噂が広まる。近くの大学生が通学の行き帰りで来てくれ、学生にも話題になった。
行列はどんどん伸び、夏には暑くてこれ以上並んでもらうのは危険と判断し、記帳制に切り替えた。
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連日予約でいっぱいだが、それでも「収支はトントン」と語る宮地さん。ラーメン店のいちばんのコストとは? - 筆者撮影
朝10時から記帳を開始したが、記帳するための行列が朝からどんどん長くなっていき、近隣からクレームがくるようになった。『TRYラーメン大賞』の掲載や『ミシュランガイド東京』のビブグルマン獲得など飛ぶ鳥を落とす勢いで評価が上がっていった。そして、日に日に伸びる行列の長さから記帳制を断念し、完全予約制に移行した。
実はそれでも1年目は売り上げと費用がトントンだったという。
「食材などかなりこだわって作っていますので1年目はトントンでした。それでも好きなことをやっているから良いと思っていましたが、2年目からは少し値段を上げて軌道に乗せていきたいと思っています」(守さん)
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券売機 - 筆者撮影
今年から「特上らぁめん」を300円値上げした。もちろんそのまま値上げしたのではなく、名古屋コーチンの量を増やすなど美味しさもブラッシュアップした。しかし、やはり値上げは怖い。お客さんが急に来なくなったらどうしようと思ってしまうのだ。
しかし、今年に入って「特上」の注文率も変わらず順調だ。慎重に値上げをしながら、値上げした分良い食材を使えるようになり、さらにラーメンは美味しくなっていく。
■7割が閉店する「3年目の壁」とは
守さんはラーメン店は3年目からが壁だと思っている。
2年目まではかからない消費税が3年目から加算され、オープン景気も終わり客足も落ち着いてくる。加えて、長時間労働のつらさもあり、もう一度これからのことを考えてしまうのだ。まさに「五感」のような売り上げと費用がトントンだったお店はどんどん辞めてしまう。ラーメン店は3年で7割が閉店すると言われているが、この3年目の壁が大きいと守さんは話す。
「もっと旨く作れるんじゃないかと思うことも多いですが、売価を上げないと使いたい食材も使えないのが今の状況です。これ以上価格を上げるのもなかなか難しいですし、もっと美味しいものを作れる可能性はあるがなかなかそうもいかないのが現状なのです。
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トッピングのおにくは、炭火で焼いて低温調理、仕上げにさらに炭火焼きするというこだわりぶりだ - 筆者撮影
自分の勉強不足を踏まえながら、いろいろな食材に触れて新しいレシピを作る技術力を身に付けていきたいです。効率性も含めてまだまだできていないことが多いので、これからは技術を上げていきたいと思います」(守さん)
■妻と二人三脚、「究極の一杯」を目指して
ラーメンは非常に「変数」が多い。スープが変われば麺も変えなければいけないし、チャーシュー1枚でも全体の味に影響があるので、味のブラッシュアップは本当に難しい。
守さんは妻と2人で毎日味見をしている。昨日は上手くいったのに今日は何が悪いのか。
食材も日々ブレがあるので、何が悪いのかの特定が難しい。急に美味しいものが作れなくなったらどうしようと不安と闘いながら毎日ラーメンを作っている。麻衣子さんとの二人三脚も「五感」の大きな魅力だ。
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店内に飾られている数々のタイトル - 筆者撮影
「中高大と女子校で、女性ばかりの職場で働いてきたので、ここから急にラーメン屋さんになるのかと戸惑いました。力仕事も多いですし、腱鞘炎にもなりました。ですが体力はありましたし、なんとかこなしてきました。
もともと最初だけ手伝う予定でしたが、こんなにお客さんが来るとは思わず、そのままお店で働くことになって今に至ります」(麻衣子さん)
完全予約制になり、行列の整備などに追われることなく、ラーメン作りに集中できるようになった。一日の来店客数や杯数が読めるようになったのも大きい。
「基本的には店舗展開はせず、商品の監修や外国にラーメン作りを教えるなど、お店をやりながらできることを模索していきます。体と相談しながらですが、この店で究極ラーメンを追い求めていきたいと思っています」(守さん)
これから3年目の壁と闘う「五感」のさらなる飛躍に期待したい。
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ラーメンを作っている様子 - 筆者撮影
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井手隊長(いでたいちょう)
ラーメンライター、ミュージシャン
全国47都道府県のラーメンを食べ歩くラーメンライター。東洋経済オンライン、AERA dot.など連載のほか、テレビ番組出演・監修、コンテスト審査員、イベントMCなどで活躍中。自身のインターネット番組、ブログ、Twitter、Facebookなどでも定期的にラーメン情報を発信。ミュージシャンとして、サザンオールスターズのトリビュートバンド「井手隊長バンド」や、昭和歌謡・オールディーズユニット「フカイデカフェ」でも活動。
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(ラーメンライター、ミュージシャン 井手隊長)