それでも「フジテレビ=泥船」とは言えない…「退職者続々」と報じられるテレビ局の現場が考えていること

2025年3月7日(金)17時15分 プレジデント社

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/font83

テレビ局の名物社員の退社がたびたびニュースになっている。テレビ業界は今後どうなるのか。コラムニストの木村隆志さんは「一概に危機とは言えない。むしろ今のテレビ局には大きなチャンスが訪れている」という——。
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■「テレビ局の人材流出が止まらない」は本当か


もはや「流行語の1つ」と言っていいかもしれない。


昨年あたりから、芸能事務所への忖度、選挙報道、不祥事対応などの騒動があるたびにテレビ業界が「オールドメディア」と揶揄されるケースが続いている。少なくとも世の中に旧態依然とした組織やビジネスを「古い」とみなすムードがあり、その筆頭がテレビ局であることは間違いないだろう。


多くのネットメディアはそんなムードを逃さず、テレビ業界に対して人々の批判をあおるような記事を量産している。なかでもこのところ散見されるのが「人材流出が止まらない」「退社ドミノ」などの記事。


主に「大物プロデューサーや名物ディレクターが退社して動画配信サービスやYouTubeチャンネルの制作に携わる」という内容で危機を指摘しているが、はたしてそれは本当なのか。


この1年あまり、収録現場などで何度となくこの話題で会話を交わしてきたことを踏まえてリアルな現状を掘り下げていく。


まず「本当に人材流出しているのか」と言えば、“ある程度は”その通りと言っていいだろう。さらに「実力のある人ほど退職する」という指摘も“一理ある”。


■辞めた人も順風満帆とは言えない


基本的に作り手たちの名前はあまり知られていないが、なかでも日本テレビの橋本和明、テレビ朝日の芦田太郎、フジテレビの藪木健太郎、テレビ東京の佐久間宣行ら「テレビ好きなら名前を聞いたことがある」というレベルの作り手たちが退職したのは事実。これ以外でも、一定のノウハウや人脈を身に付けた30〜40代クリエイターの退職は痛いところであり、危険な兆候であることは確かだろう。


ただ、“ある程度は”“一理ある”と書いたのは、「けっきょく辞めない人も多い」「辞めたことで若い人材にチャンスが与えられ、新陳代謝が進んでいる」「辞めた人も順風満帆とは言えない」などの一概に危機とは言えないところもあるから。


そもそも「優秀な人材ほど辞めて転籍する」「独立して会社を立ち上げる」のはテレビ業界に限った話ではなく、他業界と比べればむしろ少ないかもしれない。確かに「育てて間もないタイミングで辞められる」のは痛いが、もともとテレビの作り手たちは「新陳代謝が遅く高齢化が叫ばれやすい」「ずっとヒットメーカーであり続ける人は少ない」と言われるだけにネガティブに断定する記事には違和感がある。


■旧態依然としたテレビ局の環境


あらためて、番組制作にかかわるクリエイターがテレビ局を辞める理由は何なのか。それを考えていくと、この件に関する本質が見えてくる。


辞める理由は、主に「やりたい番組ができない」「人事や報酬への不満」「ビジネスモデルへの疑問」の3つ。


実際、テレビの制作現場は、スポンサーやSNSの顔色をうかがい、コンプライアンスの過剰な遵守を前提に、表現の幅を狭められることのジレンマを常に抱えている。


また、人事では「ヒット番組を手がけるほど出世して管理の仕事が増える」こともクリエイターが抱える不満の1つだ。さらにフジテレビの騒動もあって、視聴率を前提としたCMベースのビジネスモデルに疑問を抱くテレビマンが増えているという。


いずれにしても、「より質が高く、より面白い」「技術のある人が活躍しづらい」というクリエイティブを軽視するような旧態依然とした環境が人材流出の一因となっているのは間違いないところ。


加えてコロナ禍で世間にネットコンテンツが浸透したことも彼らの背中を押した背景のひとつ。10年ほど前からテレビマンと動画配信サービス関係者との交流は進みはじめていたが、近年それが加速していた。


写真=iStock.com/zamrznutitonovi
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■視聴率よりも再生回数の方がキツい


テレビマンは動画配信サービス関係者から話を聞いて興味を持ち、オファーがあれば「辞めるなら今かもしれない」などと考えるのは当然かもしれない。また、オファーの有無にかかわらずYouTubeチャンネルの制作なども含め、独立のタイミングをうかがっている人も多いという。


つまり、自由と将来性を考えた結果、「辞める」という選択をする人がいるのだが、現実は甘くない。テレビの将来を危惧し、自由を手に入れようとした代わりに、局員時代以上の責任とプレッシャーが個人にのしかかってくる。


筆者が現役テレビマンたちにヒアリングした限り、「現在の視聴傾向と合わなくなった視聴率という指標で評価されるのも辛いが、配信再生数などの有無を言わせぬ結果を突きつけられるのはもっと辛い」と考えているテレビマンは多い。


また、「テレビは制作にかかわった人々が100の責任を分け合うような形で分散される」が、「ネットコンテンツはそれぞれが100の責任を負う」とみなしている人もいた。


誰かのせいにもできる共同責任ではなく、それぞれ単独責任を問われることを恐れているのではないか。


■「潤沢な制作費→大ヒット作品」ではない


実際、「結果が出ないから、やりたいコンテンツではなく企業案件ばかりやっている」という人も少なくないという。


その他、ドラマの作り手に多い現象としては、「局員時代は名前を知られたプロデューサーだったが、辞めてまったく名前を聞かなくなった」という人は多い。もちろん何かしらの作品を作っているのだが、テレビマンだったころと比べると視聴者数が圧倒的に少なく、ネット上の話題になっていないのが厳しいところ。


そのとき彼らは「もっと多くの人々が見て、ネット記事がアップされ、Xで話題になるような仕事がしたい」と思わされる。


なかには作品名や自分の名前が触ふれられる機会が減ったことを自虐気味に笑って話すプロデューサーもいた。少なからず「こんなはずではなかった」という思いがあるのだろう。


Netflixをはじめ動画配信サービスは各局でヒットを飛ばしたクリエイターに声をかけているが、彼らがネットという別のフィールドで数字を残せるかは未知数。本人にしてみればもし複数作品や複数年の契約を結べたとしても、その後の仕事は保証されず、思った結果が得られなければ代わりはいくらでもいる。


彼らは思った成果が得られなかったとき、「局員のときより制作費や制作期間が増えればヒットにつながるということではない」という現実を思い知らされる。


写真=iStock.com/stockcam
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■独立を踏み留まる理由


「けっきょく辞めない人も多い」のは、そんな自分以上のヒットメーカーだった元同僚の厳しい現実を知っているからだろう。そして最近では「もし独立を考えているのなら、一刻も早く辞めてほしい」と思っている局員も多いという。


特に20代後半の若手にはチャンスとみている人も多く、「日ごろから複数の企画を練っている」という声を何度も聞いている。クオリティではまだ先輩に及ばなくても、企画の鮮度で勝負しようという姿勢には合点がいく。


そしてもう1つ、民放のテレビマンたちが動画配信サービスへの転籍や独立を踏み留まる理由としてあげられるのは、業界全体の意識変化。


現在も視聴率獲得が最優先であることは変わっていないが、もはやそれが先細りであることはわかっているだけに、各局は配信コンテンツを中心にしたIP(知的財産)ビジネスを進めている。


コンテンツの配信は国内だけでなく海外に及び大きな可能性を秘めているほか、映画、音楽、グッズ、イベント、ゲーム、飲食、さらには企業とのコラボや広告なども含めたビジネスを狙うのが当然の流れになった。


■テレビ局にいながら世界に挑戦できる


各番組を自局系の動画配信サービスだけでなく、Netflixなどでも配信するのが当たり前になり、「すでにクリエイターとして世界への挑戦権を得ている」という感覚のテレビマンもいる。


また、「局に在籍しながら外部の動画配信サービスを手がける」という形も増えて、優秀なテレビマンがやりたいものに挑戦しやすい環境が整いつつあることも大きい。


実際、『水曜日のダウンタウン』を手がける藤井健太郎は昨秋にAmazon Prime Videoのオリジナルコンテンツ『KILLAH KUTS』を手がけ、その過激な内容が物議を醸したのは記憶に新しいところ。


もちろん局によっての差はあるものの、全体的にはポジティブな流れがあり、リスク覚悟で辞めるより、局に留まったままテレビの枠を超えたヒットを狙うという選択肢ができたことは確かだろう。


ネット上には「泥船から降りる局員が続出」などと書く記事も多いが、現段階ではテレビ局が泥船とは限らない。むしろ最大の強みである制作力を生かせれば、コンテンツ産業をリードしていく可能性は高く、ドラマ、バラエティ、ドキュメンタリーの作り手たちの中にはそれを自覚している人が多い。


苦境にあえぐ現在のフジテレビですら、辞めようとしているのは「よほど自分の力に自信がある人」か、「もともと自局に嫌気が差していた人」ではないか。


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木村 隆志(きむら・たかし)
コラムニスト、人間関係コンサルタント、テレビ解説者
テレビ、エンタメ、時事、人間関係を専門テーマに、メディア出演やコラム執筆を重ねるほか、取材歴2000人超のタレント専門インタビュアーとしても活動。さらに、独自のコミュニケーション理論をベースにした人間関係コンサルタントとして、2万人超の対人相談に乗っている。著書に『トップ・インタビュアーの「聴き技」84』(TAC出版)など。
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(コラムニスト、人間関係コンサルタント、テレビ解説者 木村 隆志)

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