なぜ劇場版「鬼滅の刃」はリピ多数で、ジブリ新作「君どう」は失速したか…タイパ志向時代の大ヒット映画の法則

2024年3月11日(月)15時15分 プレジデント社

映画『君たちはどう生きるか』のポスター(東京都港区) - 写真=時事通信フォト

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価格が手ごろな「コスパ」から、時間が効率的な「タイパ」に、消費者のニーズが移りつつある。エンタメ社会学者の中山淳雄さんは「評価の確定していない映画を観ることは『タイパが悪い』と感じる消費者が増えている。スタジオジブリの新作映画『君たちはどう生きるか』が失速したのも、それが背景にありそうだ」という——。(第1回)

※本稿は、中山淳雄『クリエイターワンダーランド』(日経BP)の一部を再編集したものです。


写真=時事通信フォト
映画『君たちはどう生きるか』のポスター(東京都港区) - 写真=時事通信フォト

■すぐにマンガの最終話を確認する人の心理


もはや「順番通り」に消費されることは難しい時代だ。


例えばユーチューブ動画において、100〜200と用意されたシリーズのどれから見始めるかは、作り手側が選ばせることなどできない。好みのジャンルを見た後に、次に見るのはアルゴリズムによってサジェスチョンされた類似動画である。


マンガのアプリにおいては、無料の第1話から読むことは通例でも、その後に第2話ではなく最終話を読むという人も珍しくない。全シリーズの最後にどんな結末が待っているか、そのレビューでどれだけの人が好レビューをしているかは、自分が今から時間をかけるに値するかをチェックする重要な指標である。


すでにアーカイブとしてすべてそろった状態で、みんなが最終話を読んだ後にどんな感想を持ったかというのは、「体験の証明」である。


何百話とある長い長いコンテンツに関しては、ユーザー側にもそれなりの覚悟が求められる。一度入ってしまえば、それなりの時間を投資することになる。だからこそ体験の保証がほしい。


途中で作者の連載展開がうまくいかず、ユーザーが失望してしまっているようなマンガには手を出したくない。主役とヒロインがきちんと最終的にくっつく安心感を念頭に置きながら、“期待して”2話目を読み始めるのだ。


■時間ほど限りある資源はない


結末を“透かし見”できるジャンルが増えたのは、偶然ではない。皆いくらでも視聴できるものがあるアーカイブ前提のエンタメ空間においては、「時間」ほど限りある資源はない。この瞬間、この時間を有効に使うためには、流行るかどうかもわからないものを相手に「流行の先取り」などと称して悦に浸っている余裕はないのだ。


皆が口にしている人気のあるコンテンツを効率よく消費したい。それがブランドの確立した旧譜に人が流れる理由でもある。


旧譜の時代に入った時、「入口ではカジュアルに入れるけど、登録して中に入ってみたら見切れないほどのアーカイブがあること」が、コンテンツベースのプラットフォームを作る。


チャンネル登録した人々は2〜3日ごとにアップデートされる新規動画も視聴するものの、むしろそこでテイスティングされて判読された嗜好(しこう)に従って類似の作品をアーカイブから提示されるという一連の螺旋サイクルによって、本当のファンになっていく。アーカイブこそが人を惹きつけ、「続けさせる」勝因になる。


ファンは今、皆が歴史学者のようなものだ。面白そうな動画主がいたときに、その人のチャンネルをひととおりチェックする。今までどんな創作をして、どのくらい視聴されてきたのか。ソムリエのように外側から色やにおいを確認し、嫌な気持ちになったりしないかを確認して、初めて口にいれる。


■なぜLVMHは歴史ある企業を買収するのか


ピカソがなぜ有名なのかといえば、彼には1万3000作という莫大(ばくだい)なアーカイブがあるからだ。彼を知ろうとする人々の興味が深掘りをする素材に事欠かない。


生涯30数点しか残さなかったフェルメールのような寡作では、アーカイブ視聴を繰り返す人々の興味を十分に保ち続ける資源がない。


「時代の試練」を潜り抜けた旧譜がアーカイブとして蓄積されているかどうかは、その作家を信用するためにとても大事なことだ。


ベンチャーは「時間を買う」ために、先行している企業の技術を買いに行く未来志向がある。だが、天文学的なボリュームで途方もない物量が積み上げられ続ける動画・テキスト・音楽の中で、むしろ買いに行くべきは「逆行した時間蓄積」なのだ。


すなわちLVMHがシャンドン(280年)、ヘネシー(260年)、ルイヴィトン(170年)という歴史ある企業を次々と買い集めていく過程と同じである。


LVMHが2021年までに35年かけて購入した61ブランドを累計すると7000年もの「時間の蓄積」になる。ブランドが、なによりも「体験保証」の重要なシグナルとなるのだ。


デジタルは古いものにとっても福音になる。ブランドがあるものは、テクノロジーとアルゴリズムの力を得て、新しいものを凌駕していくチャンスを迎えている。


■口コミがないと流行らない


順番通りに視聴されなくなった、ということでお仕着せの起承転結はバズらなくなっている。


音楽では、「起」でイントロをかけた瞬間に20%が離脱する。もはや「仕掛けられた入口」に興味を示さない。むしろ大事なのは「いつでもどこからでも出入り自由な入口・出口」と「深掘りしがいのある回遊路」である。


これは音楽や動画などデジタルのストリーミングサービスの特徴だが、実は従来からある寄席や劇場などにも共通している。リアルのビジネスは自由に入場・退場を繰り返すユーザーに向けて、安定的に商品・サービスを供給するために創られてきたものだ。


写真=iStock.com/HAKINMHAN
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/HAKINMHAN

テレビの連続ドラマも、2〜3話目の評判を聞いてから1話目をあとから見逃し配信で視聴するユーザーが増えている。選択肢が多すぎるなかで、むしろ過去の評価が確定している旧譜のほうが安心して聞いたり見たりすることができる。


口コミがないと流行らないというのは、「評価が確定していないものに、時間的コストをかけられない」という無限の消費選択肢を持てる世代がゆえの特性だ。


映画においても、人々は「体験の結果」を厳しく求めるようになっている。なぜ当たっている映画しか見に行かないかないかといえば、2時間の視聴「体験」を大事にするからだ。見終わった時にどんな気持ちになるかを想像してしまうからだ。


■『君たちはどう生きるか』の挑戦状


宮崎駿監督の最後の作品(と当時は言われていた)『君たちはどう生きるか』は、この消費性向に真っ向から挑戦状をたたきつけた事例だろう。


事前には一切中身を公開せず、2023年7月の公開時にあったのはサギ鳥の絵1枚。動画はおろか、主人公が男か女かすら情報がなく、「あとは見てのお楽しみ」と国民的アニメの大家ならではの横綱相撲で、プロモーションゼロでの公開となった。


写真=iStock.com/LeMusique
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/LeMusique

だが公開後もSNSで語られるコメントは「良い」とも「悪い」とも言わない遠慮がちなものばかり。公式がネタバレ禁止を強く標ぼうしているだけに、“連作”をつくるはずのミキサーやビルダーたちもキャラクターも音楽も画像すら使えず、ネタバレOKな人のために隅っこにnoteへのリンクを遠慮がちにつけるだけ。


私は小学生の子供を誘って見に行こうとしたが、初めて断られる経験をした。「なんかタイトルがワクワクしない」「絵がコワい」「学校で話題になっていない」。それまでのあらゆる宮崎アニメを見て魅了されているはずの子供が、中身を透かして見られないこの完全にパッケージされたプレゼントボックスを空けることすら躊躇していた。


2022年公開の『ONE PIECE FILM RED』では、ルフィという主人公すら知らない状態で、「Adoが歌っているから」と方々で流れる“ウタ”というアニメ内キャラの画像や音楽に魅了されて、「行ってみたい」とせがんでいた子供たちだったのだが。


■よかったのは最初の3日間だけ


想像した通り、『君たちはどう生きるか』は興行収入が失速していく。


最初の3日間は22億円と『千と千尋の神隠し』を超えて順調だったが、10日間で36億円、17日間で47億円という興行収入の積み上げは『崖の上のポニョ』にも『風立ちぬ』にも起こらなかった失速であり、2カ月たっての77億円はもはや100億円に届かないことが確定してしまうような状況だ。


出所=『クリエイターワンダーランド』より(各作品の発表資料から著者作成)

こうしてみるとヒットコンテンツというのは、期待値を最初に煽ることももちろん大事だが、広がっていく角度」が重要である。


『君たちはどう生きるか』も最初の3日間だけでいえば、間違いなく好調だった。だが「1週目と2週目でどのくらいの成長角度がついたか」が、その後の勝敗を分けている。


映画館に入ってから起承転結を味わい、感動してもらうというクリエイターの願いは、もはや届かない時代なのかもしれない。


■失速の要因は「透け感」


ユーチューブの視聴はチャンネルごとに数百とあるアーカイブ動画から始まる。どの動画から見始めるのかは決まっておらず(一番最初の動画を掘っていって、そこから丁寧に見るユーザーはごくわずかだ)、視聴回数と視聴時間が長ければ勝手にアルゴリズムで近いシリーズがお勧めされる。


「承」や「転」が不要というわけでもない。どのタイミングで見られるかはわからないが、大量に見ていくうちにユーザーの感情も成長していくし、飽きを防ぐための「承」や「転」も必要ではある。


熱心なユーザーが「ネタバレ禁止」と札を張ってくれて、皆それを丁寧に回避してサプライズがあることを楽しみにしながら入ってくる。その上で、「結」はある程度“透かし見”できることが前提条件だ。


レビューや解説動画を見慣れた消費者にとって、「見終わったときに期待できる気持ちになれそうか」は、とても重要なことだ。


だから「起」から「結」までひととおり見終わった他のユーザーの反応を確認し、「これは泣けるやつ」「最高のハッピーエンドらしい」とワクワクしながらコンテンツに入っていく。こうした「透け感」のなさが『君たちはどう生きるか』の失速の大きな理由だった。


■劇場版「鬼滅の刃」大ヒットが意味すること


1997年から続く『劇場版名探偵コナン』は、必ず冒頭部の解説から始まる。


「俺は高校生探偵、工藤新一。幼馴染で同級生の毛利蘭と遊園地へ遊びに行って、黒ずくめの男の怪しげな取引現場を目撃した。取引を見るのに夢中になっていた俺は、背後から近づいてくるもう1人の仲間に気づかなかった。俺はその男に毒薬を飲まされ、目が覚めたら……体が縮んでしまっていた」。



中山淳雄『クリエイターワンダーランド』(日経BP)

初めて見る人も想定した、親切で丁寧なチュートリアルだ。


だが2020年公開の『劇場版鬼滅の刃無限列車編』は、「27話目」から映像が始まる。十二鬼月の累との戦いで負った傷が癒えた竈門炭治郎、我妻善逸、嘴平伊之助の3人が、次の任務先である無限列車に乗り込むところから始まり、そこには何の解説もない。


映画公開前日にテレビで全国放送された特別編は、「死ぬことが皆わかっている」煉獄杏寿郎が無限列車に乗り込む前にあった1日の出来事だ。それを見てから映画に行けばより深く理解できるが、見ていなくても問題はない。


劇場版を見る直前に26話を一気見して予習してくる観客もいるし、ふわっとだけあらすじを知っている客もいる。過去シリーズを検索せずに映画館に行く人はよほどの頑固者だろう。アクセスできる情報を軽く見通した上で映画館に足を運ぶほうが一般的だ。


なぜなら30社以上に及ぶ動画配信サービスで「アニメ」はデフォルトの人気カテゴリーであり、何かを見ようとしてアクセスできない人はほとんどいない。


昔のようにレンタルビデオ店に過去のシリーズを借りに行く必要もなければ、借りられていたので見られなかったという人ももはやいない。アニメ鑑賞のインフラが整備されている現状で、「どこまで知識を貯めてから見るか」は個々人の選択オプションになっている。


もはやエンタメ体験の入口は決まっていない。どこからでも入れるのだ。しかし入る前に、少し中をのぞいて確認してみたい。その要望に応えられるだけの「透け感」をつくることが重要な時代に入ってきたと言える。


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中山 淳雄(なかやま・あつお)
エンタメ社会学者、Re entertainment社長
1980年栃木県生まれ。東京大学大学院修了(社会学専攻)。カナダのMcGill大学MBA修了。リクルートスタッフィング、DeNA、デロイトトーマツコンサルティングを経て、バンダイナムコスタジオでカナダ、マレーシアにてゲーム開発会社・アート会社を新規設立。2016年からブシロードインターナショナル社長としてシンガポールに駐在。2021年7月にエンタメの経済圏創出と再現性を追求する株式会社Re entertainmentを設立し、大学での研究と経営コンサルティングを行っている。著書に『エンタの巨匠』『推しエコノミー』『オタク経済圏創世記』(すべて日経BP)など。
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(エンタメ社会学者、Re entertainment社長 中山 淳雄)

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