経営幹部が言葉を失った144項目の改革メモ、組織に火を点けたNTT澤田会長の「破壊的」手腕
2025年3月11日(火)5時55分 JBpress
かつて内向き志向と言われていたNTTが変わりつつある。ここ数年で大胆な経営改革を次々と実行し、「守り」から「攻め」の姿勢に転じているのだ。通信業界の巨人が改革のギアチェンジを図る背景には何があるのか──。20年以上にわたりNTTを取材し、2024年12月に著書『NTTの叛乱 「宿命を背負う巨人」は生まれ変わるか』(日経BP)を出版した日経ビジネスLIVE編集長の堀越功氏に、NTTが変貌を遂げた舞台裏について聞いた。
守りから攻めに転じたNTTの「叛乱」
──著書『NTTの叛乱 「宿命を背負う巨人」は生まれ変わるか』では、保守的と言われ続けてきた巨大企業NTTが一転して次々と経営改革を進める姿に迫っています。著書のタイトル『NTTの叛乱(はんらん)』には、どのような意味を込めたのでしょうか。
堀越功氏(以下敬称略) 私は2004年に通信専門誌「日経コミュニケーション」(2017年休刊)の記者になって以来、約20年間、NTTという会社を見続けてきました。約20年前のNTTはとても内向き志向の会社でしたが、近年は印象ががらりと変わり、2023年12月に浮上した「NTT法見直し」の議論の際には「NTT法は結果的にいらなくなる」と主張して業界関係者に衝撃を与えました。
日本の通信業界の秩序を保ってきたNTT法を「役割を終えたからなくす」と自ら発言したのですから、「これはまさに叛乱だ」と感じました。NTT法を変えることは、自らの存在意義そのものを大きく左右する可能性があるからです。
NTTというと、典型的な“JTC(ジャパニーズ・トラディショナル・カンパニー=伝統的な日本企業)”であり「安定的で変化が少ない会社」というイメージが強いのではないでしょうか。一方で、莫大(ばくだい)な利益を上げれば「もうけすぎ」と批判を浴びて厳しい規制をかけられる恐れがあるため、かつては営業利益が国内首位になっても不振を装うような不思議な会社でもありました。
それがガラリと変わったのは、現会長の澤田純氏がNTT持ち株会社の社長に就いた2018年からだと私は感じています。また、NTT法見直しの議論の際にNTT現社長・島田明氏が述べた「NTT法はおおむね役割を終えた」という発言は、同社が積極的に変わろうとする意思表示とも捉えられます。
これまでNTTが「自らを規定する法律を変えたい」と主張したのは、私が取材してきた中でも初めてのことですから非常に驚きました。
「NTT史上最速」3カ月で立ち上げられた新会社
──NTTが改革を進める背景には何があるのでしょうか。
堀越 2004年頃のNTTは売り上げの大半を通信事業が担っており、中でも固定電話がかなりの割合を占めていました。しかし近年、固定電話の契約数は減少の一途をたどっており、約40年前に収益の80%以上を占めていた音声電話収入は現在、15%以下まで減っています。
特に、地域通信事業を担うNTT東日本とNTT西日本は苦しい経営状況です。NTT東日本の直近の売上高は1兆7000億円で、発足時の2兆8000億円から約4割減ったことになります。NTT西日本も同様で、現在の売上高は1兆5000億円と発足時から5割近く減りました。
さらに通信のコモディティ化によって、固定電話の売上高だけでなく通信全体の売上高も減少が予想されます。そうした中でNTTは、これからも持続的に成長しようと急速に事業ポートフォリオの拡大を進めているのです。同社は34万人の従業員を抱える巨大企業ゆえに、強い危機意識を抱いていることが分かります。
──具体的にどのような事業展開を図っているのでしょうか。
堀越 システム構築や再生可能エネルギー、データセンター事業、デバイスメーカー、宇宙開発など実に様々です。例えば、2024年には静岡県磐田市のスズキ部品製造工場跡地に広大なエビ陸上養殖場を建設し「NTTグリーン&フード」という会社をNTT史上最速のスピードで立ち上げるなど、新規事業開発にも注力しています。
今の経営陣が「新しい事業をつくっていこう」と鼓舞しているからこそ、組織全体として失敗を恐れず新しいビジネスを生み出せるのだと思います。かつて「安定志向でスピード感に欠ける」と言われていたNTTですが、今ではそのイメージを覆すように変わりつつあります。
もっとも、今は人工知能(AI)やテクノロジーの分野は、ものすごいスピードで日々革新が起きています。NTTがスピードアップしたとはいえ、世界はもっと早いスピードで動いています。ようやく「普通の会社」くらいの速度になったのではないでしょうか。
NTT社員は「炭で言うと備長炭」
──澤田氏はいかにして社員のマインドを変え、改革のためのギアチェンジを図ったのでしょうか。
堀越 澤田氏はエネルギッシュで、スピード感を重視するマインドを持った人物です。経営陣にも「川の流れを見ていても川は流れていく。だから川の流れよりも速く走る必要がある」と繰り返し説き「その場にとどまるのではなく、動き続けないと判断を見誤る」とスピードに強いこだわりを持ち、改革を進めました。
そんな澤田氏は2018年6月の社長就任とともに、以前から書きためてきたNTTグループの課題をまとめた「144項目の改革メモ」を経営幹部に渡したとのことです。その中には、グローバル事業の再編や、不動産や電力関連企業の集約・強化など、その後の大胆な改革につながる項目が記載されていました。
それを渡された経営幹部は「はとが豆鉄砲を食らったような状態でぼうぜんとしていた」と聞いていますが、そこから猛烈なスピードで動き出したといいます。そして3カ月も経たないうちに、海外事業や不動産事業の再編が始まりました。当時新聞社でNTTを取材していた私も「この会社は本当に変わったな」と実感したことを覚えています。
──澤田氏はどのようなマネジメント手法を採っているのでしょうか。
堀越 現場や幹部を鼓舞するだけではなく、綿密な理詰めの説明で相手を動かすことも特徴です。例えば、組織内での目標管理についても大きな変化をもたらしました。
以前、NTTは「四半期ベース」でプロジェクトの目標を定めていましたが、澤田氏の社長就任後、目標管理は「月ベース」に変えています。それまでは「3カ月で一つの目標」を追いかけていたところを「3カ月で三つの目標」が求められるわけです。そうしてプレッシャーをかけつつ「君たちならできるでしょう」と声をかけるといいます。
澤田氏は「NTTの社員は炭で言うと備長炭だ」と話しています。なかなか火がつかないけど、いったん火が付くと、木が密に詰まっているので長持ちする良い火になるという意味ですね。これは言いえて妙だと思いました。NTTはこれまでも今も、大きなポテンシャルを持った会社です。そのポテンシャルを存分に燃やして、日本の情報通信産業を元気にしていってほしいですね。
筆者:三上 佳大