高層ビルだらけの街は人に優しくない…東京・立川を「住みたい街」に変貌させた"仕掛け人"の未来予想図

2025年3月20日(木)16時15分 プレジデント社

「住みたい街」にランクインするJR立川駅 - 撮影=プレジデントオンライン編集部

「住みたい街ランキング」でじわじわと順位を上げているのが、東京・立川だ。基地のまちというイメージからファミリー層に人気の街に変貌した立川で、ほかの都市開発とは一線を画しているエリアがある。開発を手掛けた「立飛ホールディングス」の村山正道社長と、不動産事業プロデューサーの牧野知弘氏に話を聞いた——。
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「住みたい街」にランクインするJR立川駅 - 撮影=プレジデントオンライン編集部

■「金太郎飴みたいな街づくり」でいいのか


JR立川駅から北へ歩いて約8分。伊勢丹立川店、立川高島屋S.C.を抜けた先に、2020年4月にオープンした新街区「GREEN SPRINGS」がある。


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GREEN SPRINGSの玄関口 - 撮影=プレジデントオンライン編集部

「人が集う空と緑がある空間を作りたかったんです。都内の色々な開発を見ていますが、街づくりというと高層ビルを建てて終わりというビル中心の開発ばかりですよね。どこへ行ってもコンクリートの石に囲われた高層ビルが林立している。


ああいう金太郎飴みたいな建物ありきの街づくりは人に優しいとは言えない。最終的に人が求めるものは、自然に帰りたいという本能に即した場所ですよ。そういう街づくりをしてこそ、本来の意味で人々のウェルビーイングにつながるのだと思うのです」


立川市内に98万m2、東京ドーム約21個分の広さの土地を所有する「立飛ホールディングス」社長・村山正道は、街づくりへの熱い思いを語る。


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1951年生まれ、茨城県日立市出身。専修大学商学部卒業後、1973年立飛企業株式会社に入社し、長年にわたり経理を担当。2010年同社代表取締役社長。2012年のグループ再編化に伴い現職に就任 - 撮影=プレジデントオンライン編集部

■緑あふれる広場を低層ビルがゆったりと囲む


その言葉通り、24時間365日いつでもだれでも立ち寄れる憩いの場を作った。「GREEN SPRINGS」を訪れる人々は口々に、「開放感がある」「ゆったりと落ち着ける」と声にする。敷地の真ん中に広い緑の広場を置いたのが、癒しのわけだ。


施設を企画運営する立飛ホールディングスの子会社「株式会社立飛ストラテジーラボ」によると、通常は「建築」から考える設計を、「緑」から設計する手法でデザインしたという。


まず、敷地中心に、敷地面積の4分の1に相当する約1万m2分を広場として設置。店舗やオフィスなどが入居する建物を、一部を除き地上約3階建ての高さに制限し、広場をゆったりと囲むように配置した。敷地中央に広い緑の空白部分を作ることで、緑と空を広く見渡すことのできる開放感を演出している。


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広場内には歩きやすい幅広の通路が設けられている - 撮影=プレジデントオンライン編集部

■「空の見晴らし」のために容積率を抑えた


GREEN SPRINGSは、土地の容積率500%のうち150%しか建物面積に利用していない。つまり、残り350%分を空の見晴らしを確保するために利用した。



牧野知弘『家が買えない』(ハヤカワ新書)

「通常、ディベロッパーは500%の容積を全部消化するというスタンスなので、敷地の中央に広場を作るという開発は絶対やりません。採算が合うかどうかまず計算して、広場は、スペースの余ったところに最後に付け足すのが一般的なのです」と話すのは、三井不動産で約15年、数々の不動産開発事業を手掛けた牧野知弘だ。


牧野は、不動産市況と日本人の住まい選びについて考察した近刊著書『家が買えない』(ハヤカワ新書)の中でも、ハコモノ開発ではない、新しい街づくりの実例として、立飛ホールディングスを取り上げている。


広場で目を引くのは、多摩川流域のメダカやドジョウ、フナなどの生き物が生息するビオトープだ。周囲に、多摩地区で自生する約500本の樹木と四季折々の草花を植えて、多摩の自然環境をそのまま再現したという。また、ベンチや休憩所「パーゴラ」など無料でくつろげるスペースも充実している。


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野鳥も訪れるビオトープ - 撮影=プレジデントオンライン編集部

■「働く、学ぶ、遊ぶ」を完結できる施設


そして、圧巻は、滝のように水が流れる全長約120メートルの階段「カスケード」。子供連れに人気のスポットで、104段の階段の所々に置かれている石のベンチに座りながら子供が水遊びするのを眺めたり、暑い日には足を水に入れて涼んだりしてのんびりした時間を過ごせる。


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「立ち入り禁止の箇所はできる限り作りたくない」という村山の考えで、水路と階段の間の柵はあえて設けなかった - 撮影=プレジデントオンライン編集部

広場を囲むように建つ9つの低層ビルには、商業施設が入る。村山が「街全体を活性化するためには、これまで立川に足を運んだことのない客層に来てもらうことが重要なので、立川エリアにない店をこだわって選んだ」と話すように、テナント構成は個性的だ。


飲食店など40店舗のほか、親子で楽しめる美術館や子供の屋内広場、保育園、起業ハブ、東京都の英語学習施設、無料で利用できるワークスペース、リビングルームが入居。さらに中核施設として、屋内外一体利用可能な多機能ホール「立川ステージガーデン」、ルーフトップ・スパで話題の都市型リゾートホテル「SORANO HOTEL」もある。


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チェーン店は少なく、施設内にはペット専用トイレも完備 - 撮影=プレジデントオンライン編集部

■制限だらけの国有地を「ノープラン」で落札


実際にGREEN SPRINGSを訪れてみると、商業スペースというより、人が集い楽しみ、学び、くつろぎ、自然を感じることのできる「ウェルビーイングな空間」だと感じる。この場所が、都内にあるほかの大型施設とは一味違うといわれる理由も納得できるはずだ。


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自由に座れるベンチが多いのもGREEN SPRINGSの特徴。平日の昼間でも読書やランチをしている人をよく見かける - 撮影=プレジデントオンライン編集部

GREEN SPRINGSの約4万m2の土地は元国有地で、立飛ホールディングスが2015年に落札した。しかし、この土地は大手ディベロッパーも尻込みするような開発制限付きの土地だった。しかも村山は「ノープランで手を挙げた」という。


当時、立川駅北口周辺に残る「最後の一等地」と呼ばれたこの土地に目を留めていた企業は、どこも軒並み入札を見送った。それほど、他に類を見ない厳しい入札条件だったのだ。


その条件とは、①「サンサンロード」と呼ばれる駅前通りの賑わいを再生すること、②多摩地区「オンリーワン」な文化系施設を建築すること、③3年以内に着工すること、④居住用施設は不可など。加えて、自衛隊の立川飛行場が近いため、航空法による45メートルの高さ制限もあった。


■大手ディベロッパーが手を引いた理由


「不動産の方程式は土地面積×容積率=不動産価値なのです。その方程式に当てはめれば、この敷地でオフィスやホテルや商業施設をどんなに建てても、4万m2もある土地では採算が合わないと、大手ディベロッパーは考える。入札条件に居住用施設は不可とあったので、タワーマンションを建てて分譲して儲ける通常のやり方は無理だから、手を引いたのだと思います」(牧野)


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不動産事業プロデューサーの牧野氏 - 撮影=プレジデントオンライン編集部

ところが、村山はあえて常識の逆を選んだ。ある業者がこの土地を取得した後に切り売りするという情報を耳にしたことも、村山の背中を押すきっかけとなった。


立飛ホールディングスは1924年に創業し、「立川飛行機」を経て現在は不動産賃貸・開発を中心に事業展開している。


「約100年商売を続けてこられたのも、この街のおかげです。次の100年事業を継承していくには、街の発展なくしては成し得ないことです。しかもわれわれは立川市内の25分の1の敷地という社会資本を所有している。それを地域に還元し、立川の発展を支える社会的責任があるのです」(村山)


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ららぽーと立川立飛、タチヒビーチ、アリーナ立川立飛など、グループの所有不動産を開発するとともに、大相撲夏巡業や流鏑馬(小笠原流)、立川立飛歌舞伎特別公演といったイベント誘致に取り組んでいる - 撮影=プレジデントオンライン編集部

■「経営の中心にあるのは、金ではなく人」


創業100年弱で過去最大のプロジェクトが2015年、始動した。村山いわく「かつてないほど(お金を)借りている」、社運をかけた一大プロジェクトだった。


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立川市域の約25分の1にあたる約98万m2の土地を所有している立飛ホールディングス - 撮影=プレジデントオンライン編集部

非上場企業ゆえに、株主への経済的還元を考慮せず大胆な事業計画・実行ができる経営状況も幸いした。そうであっても、原資を回収するうえで建築上のさまざまな制約があるため、通常は、二の足を踏むはずだ。


「損して得を取れですよ。採算が合わないと言うけれど、いい物を作れば、人はついてくるし、お金も後からついてくる。経理38年の自身の経験から、この案件が与える会社への影響はストレスがないとわかっていた。それに、闇雲に儲けてどうするんだ、と問いたい。われわれの経営の中心にあるのは、金ではなく人です。世のため、人のため、地域のためになる経営を行う。単純な話ですよ」


村山の言う「いい物を作る」とは、収益の視点を離れて、「人が中心の街」「空と緑のある街」「オンリーワンの施設」と明快だった。このプロジェクトのために創設された前出の立飛ストラテジーラボの開発チームも、村山の目指す方向性と同じ考えを持っていた。「23区でできないデザイン」「緑のある生活・働く場所」「地域に貢献」——その延長線上が、ウェルビーイングな街づくりだった。


■コンセプトは「まちの縁側」


それを具現化する建物のコンセプトが「まちの縁側」だ。縁側は最適な自然の光や風を取り入れ、部屋にいながら外へとつながる開放感を得られると同時に、人が集まる場としての役割がある。


同施設にも、そんな縁側のエッセンスを織り込み、建物、広場、周りの自然の間に境界線のないつながりを作り、そこに人が集まり、そのまま人の豊かさにつながる、そんなデザインを表現したという。


建物の屋根の形状に勾配をかけ、多摩地域の西側の山が見えるように、広場の緑が西側の国営昭和記念公園の豊かな緑とつながるように、建物と自然とがひとつに融合し、まさに村山が理想とするプランが完成した。


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GREEN SPRINGSの屋上から見える昭和記念公園と富士山の眺望 - 撮影=プレジデントオンライン編集部

通常着工まで10〜15年かかるところを、ノープランの状態から3年という驚異的なスピードで着工までこぎ着けた。同社が目指すベクトルが明確だった証だ。


■「ミニ歌舞伎町」が一転、おしゃれエリアに


2020年4月、GREEN SPRINGSがオープン。以来、年間240万人が訪ねる立川の人気スポットに成長した。それまでの裏さびた「ミニ歌舞伎町」と言われていた駅北側がファミリーや夫婦、カップルが買い物や食事、散歩に立ち寄る「おしゃれなエリア」に大きく変わった。


GREEN SPRINGS自体も、20代から50代を中心に、さらに70代まで幅広い年齢層の人々で週末、平日とも終日賑わう(同社調べ)。多摩地区の利用客が67.0%と多いが、23区(11.7%)やその他の近郊(10.3%)からも訪れるという。


駅からサンサンロード経由で同施設まで、車の通行を心配せず歩くことができる歩行者専用道路になっているので、小さな子供を連れたファミリーやお年寄りも気軽に来られる。


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多摩都市モノレールに沿って北へ約550メートル続く歩行者・自転車専用道路「サンサンロード」 - 撮影=プレジデントオンライン編集部

先日、施設内で「この施設があるので、国立から立川に引っ越ししたんです」と20代の女性に話しかけられたという村山。その言葉を聞いて、街づくりの方向性は間違っていないと改めて確信したという。


村山が「評価を追っている」という「住みたい街ランキング」(SUUMO住みたい街ランキング2025 首都圏版)の最新版では、立川は前年度の22位から15位に順位を上げ、過去最高位を記録した。


一方、入居店舗数が40店と限られ、収益の成長率が懸念されていたが、村山は「どういう視点で見るかですよ。施設周辺の賑わいとともに、地価は非常に上昇している。不動産価値という観点では将来性もあり、成長が期待できる」と前向きな考えを示す。


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カスケードの上から見たGREEN SPRINGS(右)。すぐ脇には多摩モノレールが走る - 撮影=プレジデントオンライン編集部

■「縦」の街づくりから「横」の街づくりへ


同施設を何度も訪れているという牧野は、立川を例に取り、これからの土地の価値は地域の価値で決まるようになると指摘し、その意味でも、立川は、将来の街づくりの在り方を示すモデルタウンになるのではないかと話す。


「駅前に人が集まる施設を建てる開発は、商店街のように横に広がっていた街を壊してタワーマンションを建て、そこに店を入れる。人は駅前にしか集まらず、駅から5分以上離れると、閑散として住宅しかない。ビル内では人はエレベーターで垂直に必要な場所へ移動するだけなので、人と人が有機的につながることもない。こういう『縦』の街づくりは、ウェルビーイングとはいえないわけです。


ところが、GREEN SPRINGSの開発では、街に奥行き、『横の空間』が生まれている。駅からサンサンロードを歩いていると、どんなものに出合えるかワクワクしながら散策できる。GREEN SPRINGSや昭和記念公園があって、さらに奥まで行くと、IKEAやららぽーとがある。


街を歩くことの効用を追求した、奥行きのある『横』の街づくりをしている。それがGREEN SPRINGSの魅力であり、将来の街づくりの在り方だと思うのです」


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全国各地の駅前開発を見てきた牧野氏から見ると、立川の街づくりは「オンリーワン」なものに映るという - 撮影=プレジデントオンライン編集部

■なぜ不動産業の企業がビールを作るのか?


5年ごとに大規模プロジェクトを実現してきたという立飛ホールディングス。これから目指す5年先のビジョンは——。「ららぽーととGREEN SPRINGSの間に位置する自社の給水塔周辺の5000坪の敷地に、水盤を整備した新しい賑わい空間を作る計画を検討している」。それぞれに点在する立飛ホールディングスの施設をつないで、街の奥行きをさらに作るという。


立川という街の魅力をさらに高めるため、新規事業も積極的に展開している。2018年12月、ホテル運営、ビール醸造・販売など新たな事業に特化した新会社「立飛ホスピタリティマネジメント」を設立。プロジェクト第一弾として2021年12月に「立飛麦酒醸造所」を立ち上げ、クラフトビールの醸造販売事業に参入した。


製造するビール3種類のうちジャーマンピルスナーが2024年、日本地ビール協会主催のインターナショナルビアカップ KEG部門 ジャーマンピルスナーで金賞を受賞。販売本数も年間13万本以上と伸びている。


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「立川には名産がない」という村山が新たに生み出した立飛麦酒醸造所 - 撮影=プレジデントオンライン編集部

2023年には、宿泊業を本格化。一日最大4組をもてなす高級和風オーベルジュ「ときと」を開設。立川において、これまでにない最高級のおもてなしを提供する特別な滞在型レストランを実現した。


また、限定の日本酒を開発し、「ときと」とSORANO HOTELでは、クラフトビールと合わせて提供する。「ときと」とGREEN SPRINGSにある客室81室のラグジュアリーホテル「SORANO HOTEL」という2つの宿泊施設を柱に、立川をインバウンドの拠点にしていくという。


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SORANO HOTEL最上階のルーフトップバーからは夕日と富士山が同時に楽しめる - 撮影=プレジデントオンライン編集部

■「立川のオンリーワン」を作り続ける


事業を多角化しながら着実に歩を進める同社に対し、周囲の反応は異業種に無謀な挑戦をしていると冷ややかだ。だが、村山は「うまくいかなければ、責任を取るのは自分だから、やりたいことをやっていく」と覚悟を決めている。


根底に流れるのは、GREEN SPRINGSと同様に、「立川のオンリーワン」を作り、立川という街全体を盛り上げるという村山の街づくりへの強い使命感だ。


「いま東京で可能性のある街は立川しかない。立川行きを中央線の『上り線』にしていくという心づもりで、われわれは街づくりのお手伝いをしている。50年、100年先の街の未来を見据えながら、務めを全うしたい」


(文中敬称略)


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村山 正道(むらやま・まさみち)
立飛ホールディングス社長
1951年生まれ、茨城県日立市出身。専修大学商学部卒業後、1973年立飛企業株式会社入社、経理部長、取締役、常務取締役、専務取締役を経て、2010年同社代表取締役社長。2012年、グループ再編化に伴い現職に就任。ららぽーと立川立飛、タチヒビーチ、アリーナ立川立飛など、グループの所有不動産を開発するとともに、大相撲夏巡業や流鏑馬(小笠原流)、立川立飛歌舞伎特別公演など、イベント誘致に取り組んでいる。
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牧野 知弘(まきの・ともひろ)
不動産事業プロデューサー
東京大学経済学部卒業。ボストンコンサルティンググループなどを経て、三井不動産に勤務。その後、J-REIT(不動産投資信託)執行役員、運用会社代表取締役を経て独立。現在は、オラガ総研代表取締役としてホテルなどの不動産事業プロデュースを展開している。著書に『不動産の未来』(朝日新書)、『負動産地獄』(文春新書)、『家が買えない』(ハヤカワ新書)、『2030年の東京』(河合雅司氏との共著)『空き家問題』『なぜマンションは高騰しているのか』(いずれも祥伝社新書)など。
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(立飛ホールディングス社長 村山 正道、不動産事業プロデューサー 牧野 知弘 聞き手・構成=ライター・中沢弘子)

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