なぜ大韓航空機墜落事故が起きたのも孔子のせいと考えるのか? 儒教的資本主義を頭ごなしに否定すべきでない理由
2025年3月18日(火)4時0分 JBpress
『論語』に学ぶ日本の経営者は少なくない。一方、これまで欧米では儒教の価値観が時代遅れとされ、資本主義やグローバル化には合わないと考えられてきた。だが最近になって、その評価が変わりつつある。本連載では、米国人ジャーナリストが多角的に「孔子像」に迫る『孔子復活 東アジアの経済成長と儒教』(マイケル・シューマン著/漆嶋稔訳/日経BP)から、内容の一部を抜粋・再編集。ビジネスの観点から、東アジアの経済成長と儒教の関係をひもとく。
今回は、2008年のリーマンショックを乗り切ったある韓国企業を例に、儒教文化が根付いた労使関係の「強さ」を検証する。
縁故資本主義への変質?
韓国大手企業の家族経営者は、他人である専門家よりも自分の息子を経営陣に入れようと特別扱いするのが当然とされる。求職者は職を得たければ、才能よりも人脈を頼りにする。
2013年に実施された中国の国営新聞社の世論調査では、まともな仕事を得るためには「実力者」に頼りたいと若年労働者の84%が答えたのに対し、成功への道として努力を重視する人はわずか10%に過ぎなかった34。
社内のヒエラルキーが厳しい企業では、若手社員が経営者に意見具申や異議を唱えることは至難の業だ。このような社風では最先端製品の生産や経営者の賢明な意思決定を支援する画期的な提案や開放的な情報交換は難しいから、批判の対象となる。
孔子は様々な問題の責任を取らされ、飛行機墜落事故が起きても孔子のせいだと非難された。もっとも、アジア内外の専門家は、韓国では航空機の操縦室内の上下関係が貧弱な安全記録の背景にあると見ていた。若手パイロットは機長を恐れるあまり、誤りの指摘や質問ができない。だが、それは安全飛行に必要なチームワークの極めて重要な側面なのだ。
実際、1997年にグアムで起きた大韓航空機墜落事故では、その問題の深刻さが顕著に現れ、死者228人の大惨事となった。大韓航空は外国人の教官と役員を雇い入れ、儒教文化を排除し、操縦室内の搭乗員に責任を共有させ、十分な意思疎通ができるように指導することが求められた35。
34 “Poll: ‘Young Chinese Use ‘Daddies’ to Get Ahead,” WSJ.com, August 20, 2013.
35 以下を参照。Bruce Stanley, “Korean Air Bucks Tradition to Fix Problems,” Wall Street Journal, January 9, 2006.
危機時の労使関係に見る東西の差
しかし、世界中の政策立案者や経営者が競争力を高め、雇用を創出する新しい方法を模索している今、儒教的資本主義を頭ごなしに否定するのは間違いだ。
欧米、特にアメリカの企業が東アジアの企業と異なる点の1つは、経営陣の従業員に対する姿勢である。一般的に、アメリカの企業システムは単純な労働対報酬の方程式に基づいている。従業員は、特定の責任を果たす代わりに給料を得る。企業は、自由に雇用・解雇できる権利を、収益性と競争力を維持するための重要な要素と考える傾向がある。
一方、東アジアの企業では儒教の教義が労使関係に浸透している。家族における孝行の徳を重視する教えは、現代企業など他の組織や団体にも波及している。したがって、東アジアの経営者は欧米企業よりも家父長的だ。経営者は従業員に、父親が自分の子供に接するように厳格ながらも面倒をよく見ようとしている。その代わり、従業員の愛社精神は欧米企業よりも深いことが多く、生涯とまではいかなくても、職歴の大半を1社だけに捧げようと考えている。
当然ながら、あくまでもこれは一般論であり、すべての東アジア企業が従業員を厚遇しているわけではない。その証拠に、中国における恥ずべき労働慣行は日常的に報じられている。それでも、東アジアの労使関係は互いに対する責任に関し、アメリカ企業よりもかなり異なった期待感を持ち合わせている。
20世紀後半の大半で、日韓の大企業は正社員に終身雇用を提供していた。この雇用形態は厳しさを増したグローバル競争のために破綻したが、この労使慣行の背景にあった感情は依然として残っている。
日本では、過重労働や福利厚生の欠如など従業員に対する処遇が不当であると世間から見なされた大企業は、「ブラック」企業として不評を買う。アメリカでよく見かける大量の一時解雇は社会的に不適切と考えられるが、日本や韓国ではそれ以上に不祥事に近い出来事とされる。
これは危機的状況においても変わらない。2008年、ウォール街の金融危機に端を発した不況の最中では、アメリカ企業は大挙して大量の一時解雇に走った。
これに対し、韓国仁川広域市所在の錠前製造業ユニロック・コーポレーション創業者ユ・ミョン・ホは、アメリカの株式市場の大暴落の影響が世界中に広がる様子を慎重に見守っていた。同社の売り上げに甚大な打撃を与えることを十分承知していたが、彼は200人の従業員にまったく別の行動を取る。ユはこう語っている。
「事態が悪化したとしても、従業員は解雇しないと決めていた」
その代わり、組み立てラインの夜勤を廃した後、夜勤従業員の賃金を減額し、従業員の間で残る勤務時間を分けた。他の従業員は、新製品開発チームに配置転換させるか、研修プログラムに参加させた。経済不況とはいえ、従業員を路上に放り出すのは自分の職務怠慢に当たると考えた。
「従業員は家族同然であり、自分は『家長』。そうであれば、彼らを何としても守る責任がある。我々は従業員を家族の一員と考えている。単に職場に来て、賃金を受け取ればそれで終わりという関係ではない。彼らも家族を持っており、つらい目に遭わせることはできない。彼らには我が社を自分のことのように思ってもらう必要がある。また、彼らには家族のように感じてもらいたい。これが成功の秘訣だ36」
ユは業績が悪化しても当初の決断を貫く。2009年の売上高は前年比3分の2まで落ち込んで赤字決算となったが、金策に走って何とか経営を続けた。賃金カットのせいで家庭が困窮に陥っている従業員がいると聞くと、自腹で一時金を支払った。彼はこう語っている。
「危機が到来したら、会長であれば自分の給与を従業員に回す」
アメリカ企業の経営者では同じような犠牲を払う者はほとんどいない。だが、真っ当なビジネスには単に心根の優しさだけではなく、その背景に寛大さがあるべきだと彼は説く。
実は1997年のアジア金融危機でユの会社も業績悪化に陥り、コスト削減のために従業員の一時解雇を実施した。すると残っていた従業員は処遇に不満を抱き、景気が回復すると、他社への転職者が相次いだ。このため、彼は新人の採用業務や研修のコスト負担に悩まされた。
このような経験に鑑み、2008年の不況の際には従業員を雇い続けることで、より良い結果が生まれることを期待したところ、実際にそうなった。今回、残っていた従業員で景気回復後に転職した者はいなかった。従業員は1人も欠けることなく、しかも開発していた新製品のカタログも市場に出す準備が整っていたため、不況が去ると、すぐに業績が回復した。彼はこう述懐する。
「伝統的な儒教文化では、共同体意識は社会の財産です」
36 2013年5月、著者がユ氏に取材した際の言葉である。
<連載ラインアップ>
■第1回 ユニクロ柳井正氏や『人を動かす』のD・カーネギー氏も注目 なぜ東アジアの経営者は孔子の教えを重視するのか?
■第2回 「儒教は資本主義に不利」の定説を覆した日本と「アジアの四小龍」 孔子の教えは、いかに起業家精神を引き出したか
■第3回 リー・クアンユー政権下のシンガポールを急成長させた「儒教資本主義」は、なぜ「縁故資本主義」に変質したのか?
■第4回 なぜ大韓航空機墜落事故が起きたのも孔子のせいと考えるのか? 儒教的資本主義を頭ごなしに否定すべきでない理由(本稿)
■第5回 レノボ創業者の柳傳志は、なぜ中国人にCEOを任せるのか? 米国人社長の手法が中国企業には馴染まないと判断した理由
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筆者:マイケル・シューマン,漆嶋 稔