テレ朝は「テレビ離れ」の真の理由をわかっていない…「ナスDの懲戒処分」に元テレビ局員が抱く強烈な違和感

2025年3月27日(木)17時15分 プレジデント社

テレビ朝日=2020年4月3日、東京都港区 - 写真=時事通信フォト

テレビ朝日は、517万円の経費を不適切に使用したとして、50歳のエグゼクティブディレクターを降格の懲戒処分にしたと発表した。文春オンラインなどによると、処分されたのは「ナスD」の愛称で知られる友寄隆英氏だという。元関西テレビ社員で、神戸学院大学の鈴木洋仁准教授は「テレ朝の対応には『官僚主義』『ことなかれ主義』が透けて見える」という——。
写真=時事通信フォト
テレビ朝日=2020年4月3日、東京都港区 - 写真=時事通信フォト

■処分されたのは「ナスD」


テレビ朝日は、3月19日、「コンテンツ編成局第2制作部エグゼクティブディレクター(50才)」が「会社経費を不適切に使用していたほか、スタッフにパワーハラスメントをしていたことが判明し」たため、「懲戒処分」を行ったと発表した


この「エグゼクティブディレクター(50才)」が、同局の名物社員「ナスD」こと友寄隆英氏だったとネット上で騒然となった。友寄氏はバラエティー番組「いきなり!黄金伝説。」のディレクターとして名をあげ、2017年から放送された番組「陸海空 地球征服するなんて」でアマゾンの部族を取材した際には取材クルーの一員としてみずから出演。現地で刺青の塗料として用いられる果物の汁を「美容効果がある」と言われ肌に塗ったところ、顔を含む全身が真っ黒になってしまった。


「ナス」のような色のディレクター=Dで「ナスD」と呼ばれるようになり、2020年からは「ナスD大冒険TV」という冠番組を始めるほどの人気を集めていた。


■「フジ問題」以降、不祥事の発覚が相次ぐ


同社は当該人物を「ナスD」だとは発表していないものの、担当番組は打ち切られ、ウェブサイトやSNSが軒並み削除された。また、「文春オンライン」は独自入手した社内資料とともに、処分されたのは「ナスD」だと報じた。


今回の処分だけでなく、年明けからのフジテレビ問題以降、テレビ局で不正発覚が続いている。


朝日放送テレビ(大阪)では、取締役が「社内のルールに反して交際費(会食費用)を不適切に使用していた」として、辞任している朝日新聞によれば、1年弱のあいだに、社内やグループ会社だけの会食に、社外関係者も出席したとして、合計39件・約116万円の交際費を不正に申請・受給していたという。


どちらも、それ自体、処分されてしかるべきである。テレビ業界であろうとなかろうと、不正は許されない。


他方で、テレビっ子として育ち、テレビ局で働いていた私は、業界に清廉さを望むかのような世論には、隔世の感を抱く。テレビ番組も、制作者も、何よりその業界自体、いい加減で、ちゃんとしていなかったから、白い目で見られてきたのではないか。


■「テレビ局=経費に甘い」は本当なのか


テレビ局の経費には、個人的に思い出がある。


私が関西テレビに入った21年前には、業務とは無関係としか言いようがない合コンで、相手の女性に会社のタクシー券を配っている、との噂が根強かった。


私自身は、合コンとはほとんど無縁な非モテだったので、当事者ではないものの、カンテレに限らず、テレビ局界隈でまことしやかに語られていた。


また、同業他社が、あるとき、タクシーチケットの配布をやめ、立て替え精算に切り替えたところ、1カ月で3000万円も費用が減ったとの話も出回った。合コン伝説に鑑みると、いかにもありそうではないか。


都市伝説では、某局が、大昔の大型特別番組の撮影の際、中国での撮影で現地コーディーネーターに大金をばらまいたせいで、日本のテレビ局がカモにされている、というものまである。


ことほどさように、テレビ局=経費に甘い、そんなイメージは、業界の中だけではなく、世間にも広がっていたのではないか。


写真=iStock.com/TommL
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/TommL

■「非常識さ」が許されてきた


経費だけではない。何より番組制作の面で、眉をひそめられかねない振る舞いを続けてきた。


女性の裸、喫煙や暴力といった、昨年TBS系で放送されたドラマ「不適切にもほどがある!」でカリカチュアされたシーンに限らない。


私が聞いた話では、ドラマで殺人の手口として、料理用ラップでぐるぐる巻きにした監督がいたという。番組スポンサーのキッチン用品メーカーを激怒させたが、局内では、かえって「名匠」の誉れを高めたとされる。


ほかにも、ドキュメンタリー番組で、虐待の場面を撮影し、放送したディレクターもまた、その評価を確固たるものにしていた。


いずれもコンプライアンス以前の問題だと、いまなら企画段階で弾かれるに違いない。かつての名物テレビ屋たちは、もう、制作現場には入れてもらえない。世間での非常識さが許容された時代は、昔話になって久しい。


■「地面師たち」のヒットが語るもの


他方で、人は、クリーンなもの(だけ)をおもしろがるわけではない。昨年配信されたNetflixのドラマ「地面師たち」は、暴力や暴言、セックスを強調していたものの、「不適切」とも「非常識」とも非難されなかった。


監督・脚本の大根仁氏は、関西テレビ系列のドラマ「エルピス 希望、あるいは災い」を最後に、大きなテレビの仕事を離れ、昨年にはNetflixと5年間の独占契約を結んだ。ほかにも自由な制作環境を求めて、テレビ局の名物クリエーターが、退社・独立する例が続いている。


どの業界にも通じるとはいえ、実力のある人から独立していく状況は、テレビ番組制作の技術を伝え、鍛えていく観点に立つと、憂うほかない。


だからといって、いまさら、テレビに自由を取り戻せ、と声をあげたところで、砂漠に水を撒くような振る舞いでしかない。昔は良かった、と懐かしんでも意味がない。面白い映像を生み出すには、クリーンどころか、猥雑で、いい加減で、時に破天荒なテレビ屋がいるはずだ、とのおおらかさは、もうどこにもない。ここに「ねじれ」が生じるのではないか。


■「ねじれ」を生むテレ朝の官僚主義


なぜなら、ねじれを生み出したのは、他ならぬテレビ局自身だからである。今回のテレビ朝日の処分には不可解なところがある。


なるほど、不正に受領した金額は総額約517万円と少なくない。パワーハラスメントも許容できまい。


他方で、所属と年齢(50才)まで明らかにしているのに、匿名にとどめている。それでも、先に述べたように、番組の改編期である3月末を待たない打ち切りや、SNSアカウントの削除といった、状況証拠がありすぎるので、「ナスD」以外には考えられない。なにより、人の口に戸は立てられないので、処分されたのは「ナスD」だという記事が次々に報じられる。


モリで獲物を狙う「ナスD」。画像=プレスリリースより

コンプライアンスとプライバシーの釣り合いをとったつもりなのか、社内規定に基づいているのかは、わからないが、それでも、処分として妥当なのか。


冠番組を長年持たせていた看板ディレクターである以上、その地位に見合うように、厳罰に処すなら実名で、内容を詳らかにすべきではないか。匿名にするぐらいの事案なら、降格や、番組打ち切りといった仕打ちは厳しすぎないか。


ここに、ねじれの原因となるテレビ朝日の官僚主義があらわになっている。


■「臭いものにフタ」では、自分の首を絞めるだけ


そもそも、今回の「ナスD」の不祥事は、なぜバレたのか。


同社では、2021年、東京五輪番組スタッフが、緊急事態宣言下で、東京都の要請や、同社内のルールを破り、飲食店で深夜から未明にかけて飲酒を伴う宴会を開き、うち1人が店の外に転落し負傷、緊急搬送された。


救急車の出動、さらには警察への通報があったため、今回とは異なり、バレるのは時間の問題だった。


そのトラブルについては、迅速かつ念入りに調査がおこなわれ、細かく公表しているのに、今回は、あまりにもあっさりしているのは、なぜなのか。


横領や詐欺での刑事告発には至っていない。それなのに、わざわざこの時期に自社で調査し、処分を下し、あきらかにしたのは、なぜなのか。


もちろん、それだけテレビ朝日のガバナンスが機能している証拠なのかもしれない。けれども、今年1月のフジテレビ問題以降の、テレビ業界全体への厳しい視線を意識した予防的措置だった可能性を疑わずにはいられない。


テレビ朝日本社(写真=スイカズモ/CC-BY-SA-4.0/Wikimedia Commons

臭いものには蓋、とばかりに、名物社員の冠番組を打ち切ったとして、根本的な解決にはならない。ひとりの秀でたクリエーターを失った上に、官僚主義・ことなかれ主義を強め、自分で自分の首を絞めるだけである。


業界そのものが根こそぎ変わらないかぎり、もう「ナスD」は出てこないし、テレビ離れが進むほかない。


----------
鈴木 洋仁(すずき・ひろひと)
神戸学院大学現代社会学部 准教授
1980年東京都生まれ。東京大学大学院学際情報学府博士課程修了。博士(社会情報学)。京都大学総合人間学部卒業後、関西テレビ放送、ドワンゴ、国際交流基金、東京大学等を経て現職。専門は、歴史社会学。著書に『「元号」と戦後日本』(青土社)、『「平成」論』(青弓社)、『「三代目」スタディーズ 世代と系図から読む近代日本』(青弓社)など。共著(分担執筆)として、『運動としての大衆文化:協働・ファン・文化工作』(大塚英志編、水声社)、『「明治日本と革命中国」の思想史 近代東アジアにおける「知」とナショナリズムの相互還流』(楊際開、伊東貴之編著、ミネルヴァ書房)などがある。
----------


(神戸学院大学現代社会学部 准教授 鈴木 洋仁)

プレジデント社

「テレビ」をもっと詳しく

「テレビ」のニュース

「テレビ」のニュース

トピックス

x
BIGLOBE
トップへ