「購入した商品が翌日届く」は維持できなくなる…物流業界にはびこる「デジタル嫌いの老害」という足枷
2025年4月3日(木)9時15分 プレジデント社
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/andresr
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■当たり前が当たり前ではなくなる未来
トラック輸送は、私たちの日常を支えている。
EC・通販で購入した商品が、翌日には私たちの手元に届くのも、スーパーに新鮮な肉・魚介類・野菜・果物などが毎日並んでいるのも、トラック輸送の賜物だ。
ただし日本社会は今、トラックドライバー不足に起因する物流クライシスに直面し、トラック輸送に支えられた私たちの日常の維持が危ぶまれている。
もちろん、物流業界の心ある人たちは物流クライシスを防ぐべく、さまざまな対策を打ち始めているのだが、ここにきてある障害が注目され始めている。
それは、業界を蝕む老害である。
■デジタル化の意義を理解しない老害経営陣
「紙と鉛筆が大好きで、ITに触れようとしてこなかった旧世代の運送会社の社長や役員たちが、偉そうに『システム導入をするならば費用対効果を出せ!』と言って、私たちの物流DXを妨害してくる。負けずに私たちはDXに取り組みましょう!」
中堅運送会社の役員がこのように挨拶をすると、大きな拍手が沸き上がった。
物流スタートアップのアセンド(東京都新宿区)が開催した「運送業DX勉強会」の懇親会でのことだ。
同勉強会では、運送会社の社内業務を大幅に効率化したDX事例を紹介した後、DX推進に悩む運送会社同士によるグループディスカッションを行った。
「デジタル化の有用性については理解しているものの、取り組み方法が分からない」といった悩みとともに、参加者の多くが吐露したのは、システム導入費用を承諾させるべく必要な社内説得に関する悩みだった。
「システムなんか導入しなくとも、今までどおり事務員さんたちにがんばってもらえばいいじゃないか?」
「システムがない今だって、特に不自由は感じていない」
ある参加者は、「運送業務のバックオフィス業務は年々増加していて、現状の事務員たちが処理できる業務量も限界を迎えつつある」と危機感を募らせる。
別の参加者は、「システム導入を社内提案すると、社長を含めた3名の役員が揃って反対する。この3名分の仕事なんて、システムでたやすく代替できるのに」と嘆く。
■レクサスのリース代のほうがよっぽど無駄
同じような話は、筆者もこれまでたびたび聞いてきた。
システム導入を提案したところ、費用対効果が出るかどうか、検証しろと命じられた
そこでシステム導入によって生じる生産性向上効果を、事務員の人件費(工数削減時間)と比較したコスト削減効果として提示した
ところが会社からは、「事務員たちの給料はもともと発生しているものだから費用対効果算出の比較対象にならない」と突っぱねられた
余談だが、この話をしてくれた従業員30人ほどの運送会社の部長は、「社長からは、『お前は金の無駄遣いが好きだなぁ』と嫌味を言われましたが、社長が乗っているレクサスのリース料金は、システム月額利用料金の3倍するんですよ。どっちが無駄遣いなんだか……」と憤っていた。
既存の支出には甘いが、新たな投資には厳しく接する。ある種の現状維持バイアスなのだろうが、加えてこの社長においては、経営に関わることについて、年下の部下から口出しをされたくないという心理も働いたのかもしれない。
■改善を妨げる老害ドライバーの存在
DXを推し進める上で障害となるのは、何も経営陣ばかりではない。
ある中小運送会社の社長は、「50代・60代のトラックドライバーが、当社のデジタル化を妨げている」とため息をつく。
この会社では、トラックドライバーが手書きで書いていた運転日報を、トラックに搭載しているデジタルタコグラフ(デジタコ)から出力できるようにシステム投資を行った。
運転日報は毎日作成することが義務付けられている。
それゆえに、社長としては「毎日仕事を終えて、帰社してから手書きで日報を書くのも大変だろう」という親心もあってのシステム投資だった。
だが、デジタコから運転日報を出力するためには、貨物の積み卸しをするたびにドライバー自身がデジタコを操作する必要がある。操作といっても、「これから荷物を積みます」「荷物を積み終わりました」といった仕事の切れ目を記録するためのステイタスボタンを押下するだけなのだが、一部の50〜60代のドライバーが「面倒くさい」と反発してきたのだ。
■おじさんのわがままのせいで残業する羽目に
実は、このシステム投資には、別の目的もあった。
この会社では、運転日報を確認しながら荷主(※運送会社へ貨物輸送を依頼する顧客)への請求明細を作成していたのだが、手書きの運転日報を確認するのにとても手間が掛かっていたのだ。
ドライバーの中には、お世辞にも字がきれいとは言えない人や、あるいは誤った配送先などを記載してしまう人もいる。これらをひとつずつ確認、訂正する手間を省き、デジタコから出力した運転日報データを経理システムと連携させることで、事務業務の効率化を実現しようと目論んだのだ。
「結局、デジタコの利用を嫌がったドライバーたちはどうしたのですか?」
筆者の問いに、社長は苦々しげに答えた。
「今も手書きで運転日報を書いてますよ。本音を言えば、その分、残業代が増えるのも癪(しゃく)なのですが。何よりも腹立たしいのは、手書き運転日報に頑なにこだわる老害ドライバーのせいで、若い事務員が残業をしなければならないことです。50歳を超えたおじさんのわがままによって、10代の女の子が残業をさせられるって理不尽ですよ」
■「非効率」を許してきた物流業界
今、日本社会が直面している物流クライシスは、消費者や荷主らのちょっとしたわがままを、運送会社・倉庫会社などの物流事業者がすべて受け止めて、「われわれがなんとかしなければ!」と対処してきたことが結果として裏目に出てしまったことが大きな原因となっている。
この写真を見てほしい。
※筆者撮影、写真は一部加工済み
手前の段ボールは輸入時に使用されたもの。倉庫事業者の手で奥にある新品段ボールに再梱包されて出荷される - ※筆者撮影、写真は一部加工済み
これは、ある有名ファストフードチェーンが海外で製造したノベルティグッズを梱包するための段ボールである。
輸入プロセスで傷がついたり、へたった段ボール(手前)は、国内倉庫会社の手によって、新しい段ボール(奥)へと商品を詰め替えられる。
「傷がついた段ボールを店舗に送るのは見栄えが悪い」という、ファストフードチェーン本部の潔癖さが、このようなムダな作業を物流現場に強いている。
念のため付け加えておくと、段ボールの仕様は同じだし、そもそも顧客に配布されるのは段ボールに梱包されたノベルティグッズであって段ボールではない。
■限られた人手で生産性を向上させるには
これは一例に過ぎず、物流現場は消費者・荷主のちょっとしたわがままに対し、十分な対価を得ることもできず、がむちゃらに、しかも人海戦術によって対応してきた。
しかし日本中どこを見ても人手不足の今、人海戦術にも限界が生じている。
かと言って、「じゃあ給料を増やして人を集めればいい」というのも乱暴だ。繰り返すが、「日本中どこを見ても人手不足」なのだから、偏った人集めは、他の産業や職種に悪影響をもたらし、ひいては日本社会全体を疲弊させる。
だからこそ、限られた人手でも今以上の生産性向上を実現させることが必要であり、そのための方策として期待されているのがDXである。
物流におけるDXは、システムだけではなく、ロボットや自動化機器、あるいは自動運転やドローン物流なども含まれている。ところがこういう話をすると、必ず「ロボットなんて使えないよ」と頭ごなしに否定する人、「自動運転なんていつ実現するんだよ? 私が生きている間には無理だね」などと冷笑する50代・60代、あるいはそれ以上の世代のおじさん・おばさんたちが出てくる。
写真=iStock.com/gorodenkoff
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/gorodenkoff
■若者の足を引っ張るなんて情けない
こういった考え方は根本的に間違っている。
物流DXは、「できるか、できないか?」ではなく、「成し遂げて、物流クライシスを回避しないと日本社会の維持継続に重大な危機が生じる」社会的に意義ある取り組みである。
そして、物流クライシスが深刻化したときに、より重大なダメージを被るのは、おじさん・おばさんたちではなく、若者なのだ。
あえて厳しい言い方をするが、人生の半ばを既に折り返しているおじさん・おばさんたちが、若者たちの未来を作ろうとする取り組みの足を引っ張るのはなんとも情けない。
これを老害と呼ばずして、なんと呼ぶべきか。
「物流は産業の血液」と称される。
物流産業が今の人海戦術とアナログに依存した状態では、早晩、物流は「産業の血液」たる役目を果たせなくなり、日本の産業界は動脈硬化を起こす。
物流DXを推進していこうという意欲ある人たちを、小さなこだわりや現状維持バイアス、あるいは単にITやデジタルが苦手といった理由で排除しようとする人たちには、もっと大きな目で、自分たちが携わってきた物流が社会に果たす役割と、物流DXの重要性を再考してもらいたい。
繰り返すが、老害が若者たちの未来のボトルネックとなるようなことは、あってはならないのだから。
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坂田 良平(さかた・りょうへい)
物流ジャーナリスト、Pavism代表
「主戦場は物流業界。生業はIT御用聞き」をキャッチコピーに、ライティングや、ITを活用した営業支援などを行っている。物流ジャーナリストとしては、連載「日本の物流現場から」(ビジネス+IT)他、物流メディア、企業オウンドメディアなど多方面で執筆を続けている。
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(物流ジャーナリスト、Pavism代表 坂田 良平)