再編進む塾業界で安心して子供を任せられるのはどこか…経営分析のプロが教える学習塾の評価基準
2025年4月9日(水)8時15分 プレジデント社
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/PonyWang
※本稿は、矢部謙介『見るだけでKPIの構造から使い方までわかる 会計指標の比較図鑑』(日本実業出版社)の一部を再編集したものです。
写真=iStock.com/PonyWang
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/PonyWang
■数値が高いほど効率性が高い「有形固定資産回転率」
有形固定資産回転率は、企業が長期間保有する有形固定資産をいかに効率的に使って売上高を生み出しているのかを見る指標です。一般的には、有形固定資産回転率が高いほど有形固定資産を効率的に使えているということになりますが、大きな設備投資を行なった場合などには一時的に低下することもあり、数値が変化した原因を把握することが重要です。
分母の有形固定資産の代わりに固定資産を入れた「固定資産回転率」も指標として用いられることがあります。
出典=矢部謙介『見るだけでKPIの構造から使い方までわかる 会計指標の比較図鑑』(日本実業出版社)
■増収増益の早稲田アカデミーと減収減益の東京個別指導学院
学習塾や予備校などの教育産業の市場動向は堅調に推移しています。経済産業省の「特定サービス産業動態統計調査」によれば、学習塾の売上高は2021年の5517億円から、2022年の5568億円、2023年の5813億円と順調な伸びを見せています。
ここでは、堅調な需要が見込まれる教育産業の中から、大手学習塾である早稲田アカデミーと、個別指導に特色のある東京個別指導学院を取り上げます。図表2に示すように、両社の有形固定資産回転率には大きな差がありますが、ビジネスモデルの違いを決算書からどう読み解けば良いのでしょうか。
出典=矢部謙介『見るだけでKPIの構造から使い方までわかる 会計指標の比較図鑑』(日本実業出版社)
また、早稲田アカデミーの2023年3月期の決算は増収増益だったのに対し、東京個別指導学院の2023年2月期の決算は減収減益となり、直近の業績では明暗が分かれています。その理由は何だったのでしょうか。
こうした点に着目しながら、両社の決算書を比較していくことにしましょう。
■早稲田アカデミーの決算書にはどんな特徴があるのか?
早稲田アカデミーの決算書から見ていきましょう。図表3は、早稲田アカデミーの2023年3月期の決算書を比例縮尺図に図解したものです。
B/Sから読み解いていきます。B/Sの左側(資産サイド)で最大の金額を計上しているのは、流動資産(89億400万円)です。その流動資産の7割を占めているのは、現預金(63億600万円)となっています。
出典=矢部謙介『見るだけでKPIの構造から使い方までわかる 会計指標の比較図鑑』(日本実業出版社)
次いで金額が大きいのは有形固定資産(55億9800万円)です。早稲田アカデミーは首都圏に多くの校舎を抱えることから、そうした校舎の建物や土地が有形固定資産として計上されています。
会社が保有する有形固定資産がどれだけ有効に活用されているかを測る経営指標として、有形固定資産回転率(=売上高÷有形固定資産)があります。これは、売上高が有形固定資産の何倍あるのかを見る指標で、一般的には、この有形固定資産回転率の値が高いほど有形固定資産が有効に活用されているといわれます。
早稲田アカデミーの有形固定資産回転率を計算してみると、5.5回となっています。東京個別指導学院と比較した際に、この指標の数値がビジネスモデルの違いとどのように結びついているのかについては、後ほど解説することにしましょう。
写真=iStock.com/paylessimages
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/paylessimages
■早稲田アカデミーは実質無借金経営
有形固定資産の次に大きいのは、投資その他の資産(48億700万円)です。この65%を占めているのは差入保証金(31億1000万円)であり、校舎を賃借するにあたって差し入れている保証金であることがわかります。
なお、無形固定資産が18億500万円計上されていますが、この大半は2018年に千葉県で進学塾事業を運営する集学舎を買収した際などに生じたのれん(11億1400万円)です。
B/Sの右側(負債・純資産サイド)には、流動負債が52億8800万円、固定負債が32億9400万円計上されていますが、いずれにもわずかなリース負債が計上されている以外には借入金や社債といった有利子負債は計上されていません。早稲田アカデミーは実質無借金経営を行なっているといえます。
純資産の金額は125億3200万円で、自己資本比率(=純資産÷総資本)は59%という水準です。
続いて、P/Lについても見ていきましょう。売上高が307億2900万円であるのに対し、売上原価は219億500万円(原価率は71%)、販管費は64億2300万円(販管費率は21%)です。その結果、営業利益は24億円計上されており、売上高営業利益率(=営業利益÷売上高)は8%となっています。
■両社の有形固定資産回転率に大差がついた理由
続いて、東京個別指導学院の決算書も見てみましょう。図表4は、東京個別指導学院の2023年2月期の決算書を図解したものです。
東京個別指導学院のB/Sの左側において最も大きな金額が計上されているのは流動資産(69億3900万円)ですが、その9割近くを占めているのは現預金(60億7000万円)です。
その一方で、早稲田アカデミーでは大きな割合を占めていた有形固定資産は、わずか7億7400万円しか計上されていません。早稲田アカデミーと同様に東京個別指導学院の有形固定資産回転率を計算してみると、28.1回となります。売上高との対比で見ても、東京個別指導学院の有形固定資産の金額は早稲田アカデミーに比べてかなり小さくなっています。その理由は何でしょうか。
出典=矢部謙介『見るだけでKPIの構造から使い方までわかる 会計指標の比較図鑑』(日本実業出版社)
早稲田アカデミーでは、西日暮里校や御茶ノ水校など、都内に大規模校舎を保有しています。そのため、有形固定資産の規模が大きくなりやすいのです。その一方で、東京個別指導学院が展開しているのは小規模の個別指導塾であり、その多くの教室の物件は賃借によるものです。
■ビジネスモデルの違いが有形固定資産回転率に表れる
そのため、早稲田アカデミーに比べて東京個別指導学院の有形固定資産は相対的に小さくなっています。そのビジネスモデルの違いが、有形固定資産回転率の数値の差となって表れているのです。
なお、無形固定資産が17億6700万円計上されていますが、この8割以上はソフトウェア(14億6700万円)で占められています。東京個別指導学院では、「人にしかできないこと以外をシステム化する」という方針のもと、コロナ禍以降、DX(デジタルトランスフォーメーション)を積極的に推し進めてきました。それに伴って、ソフトウェアの計上額が急速に増加してきた結果が表れています。
B/Sの右側を見てみると、流動負債は29億2300万円計上されていますが、固定負債は3000万円にすぎません。加えて、流動負債と固定負債の双方ともに社債や借入金といった有利子負債は計上されていません。東京個別指導学院は典型的な無借金経営を行なっているといえます。純資産は84億5700万円で、自己資本比率は74%と高水準です。
■東京個別指導学院は原価率が低く販管費率は高い
P/Lでは、売上高が217億9000万円であるのに対し、売上原価が139億7600万円(原価率は64%)、販管費は59億9000万円(販管費率は27%)となっています。営業利益は18億2500万円であり、売上高営業利益率は8%で早稲田アカデミーとほぼ同等です。
両社のコスト構造を見ると、早稲田アカデミーに比べて東京個別指導学院の原価率は低く(早稲田アカデミーが71%なのに対し東京個別指導学院は64%)、販管費率は高く(同21%に対し27%)なっていることがわかります。
販管費の主な内訳を見ると、売上高広告宣伝費率(売上高に対する広告宣伝費の比率)が早稲田アカデミーでは4%であるのに対し、東京個別指導学院では10%となっています。
こうした広告宣伝費の水準の差などが、販管費率の違いに結びついているといえそうです。
■人件費と教材費に表れたビジネスモデルの差
では、原価率の差を生み出しているのは何でしょうか。グループ全体の業績を表す連結ベースでの売上原価の明細は公開されていませんが、親会社のみの個別ベースの決算書であれば、両社ともに売上原価明細を開示しています。
また、どちらも連結と個別の決算書の差は大きくありません。そこで、ここでは個別の売上原価の明細から両社の原価構造の違いを見てみましょう。
図表5は、早稲田アカデミーと東京個別指導学院の原価構造を示したものです。図のパーセンテージは、売上高に対する各費目の比率を示しています。
出典=矢部謙介『見るだけでKPIの構造から使い方までわかる 会計指標の比較図鑑』(日本実業出版社)
これを見ると、両社とも人件費の比率が最も大きく、特に少人数での個別指導を行なっている東京個別指導学院では43%となっており、早稲田アカデミーの35%に比べて高い水準です。東京個別指導学院の講師は人件費単価が相対的に低い大学生が中心ですが、それでも十数人の教室で指導を行なう早稲田アカデミーに比べると講師人件費の占める割合が高いことがわかります。
その一方で、早稲田アカデミーでは、教材費の比率が高くなっています。早稲田アカデミーでは売上高の14%が教材費等に充てられているのに対し、東京個別指導学院では1%にすぎません。
早稲田アカデミーに代表される大手の学習塾の強みは、教材やテストが充実し、合格力を高めるために効果的なカリキュラムが準備されていることにあるとされます(2023年6月13日付日本経済新聞夕刊)。こうした大手学習塾のビジネスモデルが、売上原価の構造にも反映されているといえます。
■業績に明暗が分かれた背景にある生徒構成の違い
冒頭でも触れたように、早稲田アカデミーの2023年3月期決算は増収増益だった一方、東京個別指導学院の2023年2月期決算は減収減益となりました。両社の業績に明暗が分かれた理由は、どこにあったのでしょうか。
それを読み解く鍵は、両社に在籍する生徒の構成の違いにあります。図表6は、早稲田アカデミーの所属別生徒数の推移をまとめたものです。
出典=矢部謙介『見るだけでKPIの構造から使い方までわかる 会計指標の比較図鑑』(日本実業出版社)
この図によれば、早稲田アカデミーにおける在籍生徒の中心となっているのは、中学受験を希望する小学生であることがわかります。そして、近年の中学受験熱の高まりもあって、早稲田アカデミーに在籍する小学生数は増加傾向が続いています。こうした状況が、早稲田アカデミーの増収増益を支えているのです。
■高校生数の減少で東京個別指導学院は減収減益に
一方で、東京個別指導学院の置かれている状況は対照的です。東京個別指導学院の主力は在籍生徒数のほぼ半数を占める高校生部門ですが、18歳人口の減少もあって、大学入試では「年内入試」とも呼ばれる推薦入試などの比重が高まっています。
このような状況から、東京個別指導学院に所属する高校生数は2022年2月期の1万7109人から2023年2月期の1万6189人へと減少しました。在籍する高校生数の減少が、東京個別指導学院の減収減益につながったのです。
今後も18歳人口の減少が予想されている以上、大学入試の中心が一般選抜試験に戻っていく流れは想定しにくい状況にあります。そのため、東京個別指導学院としては大学入試対策以外の収益源をいかにして開拓していくかが経営上の課題になっています。
出典=矢部謙介『見るだけでKPIの構造から使い方までわかる 会計指標の比較図鑑』(日本実業出版社)
その一方で、中学受験熱の高まりから業績好調な早稲田アカデミーですが、今後はSAPIXなど同業他社との競争が激化していくことが予想されます。そうした中で、いかにして合格実績を上げ、多くの生徒を獲得できるかが今後の業績の動向を左右するといえそうです。
ここが比較するポイント!
このセクションでは、学習塾業界の中から、中学受験を主体とした早稲田アカデミーと、大学受験向けの個別指導に特色のある東京個別指導学院を取り上げました。
矢部謙介『見るだけでKPIの構造から使い方までわかる 会計指標の比較図鑑』(日本実業出版社)
都内に大規模校舎を保有する早稲田アカデミーと、小規模な教室主体で、しかも多くを賃借する東京個別指導学院との間では、有形固定資産回転率の数値に大きな差がありました。有形固定資産回転率の差を見る場合にも、単に数値の高低で効率性の違いを論じるのではなく、ビジネスモデルの違いに留意する必要があります。
また、両社のビジネスモデルの差は原価の構造にも反映されていました。業績に明暗が分かれた点については、両社のターゲットの違いが影響していました。中学受験市場が拡大する早稲田アカデミーでは増収増益であったのに対し、市場が縮小する大学受験市場を主戦場とする東京個別指導学院では減収減益となっていたのです。
----------
矢部 謙介(やべ・けんすけ)
中京大学国際学部・同大学大学院人文社会科学研究科教授
専門は経営分析・経営財務。慶應義塾大学理工学部卒、同大学大学院経営管理研究科でMBAを、一橋大学大学院商学研究科で博士(商学)を取得。著書に『会計指標の比較図鑑』『決算書の比較図鑑』『武器としての会計思考力』『決算書×ビジネスモデル大全』など。
----------
(中京大学国際学部・同大学大学院人文社会科学研究科教授 矢部 謙介)