春先の「夏日」「真夏日」がいちばん危ない…医師でも見抜くのが難しい「隠れ熱中症」の知られざるリスク
2025年4月12日(土)7時15分 プレジデント社
強い日差しの中、傘を差して歩く人たち=2024年4月25日午後、東京都中央区 - 写真=時事通信フォト
写真=時事通信フォト
強い日差しの中、傘を差して歩く人たち=2024年4月25日午後、東京都中央区 - 写真=時事通信フォト
■熱中症は“夏の病気”ではない
「先週、気温が25度に及ぶような暖かい日に、我が家でも93歳の義父が浴室の暖房をいつものようにマックスで付けており、危うく熱中症になりかけました」——総合診療科の名医・生坂政臣氏は去る3月下旬の“ヒヤリ体験”をそう振り返る。
かつては夏の病気だった熱中症が、今や春先にかかってもなんら不思議のない病気に変化してしまった。
原因は気候変動に伴う気温の上昇だ。この3月22日から28日、生坂家がある埼玉県では、夏日(最高気温25度以上)が2回、それに迫る23.6度や24.6度の日4日もあった。まさに冬から初夏へ、季節が一足飛びで進んでしまった感じだ。
思えば気象庁が統計を開始した1898年以降、全国的に史上最も暑い1年となった2024年、4月の平均気温は平年より2.67度も高く、過去の最大値を大幅に上回った。特に下旬には、広い範囲で30度以上の真夏日を観測し、多くの地点で、4月としては日最高気温の高い方からの歴代1位の記録を更新している。
前年の2023年も歴代で最も暑い1年だったことから、2024年4月には、「春も熱中症に注意」と自治体や医療機関が呼び掛けるようになった。今後は、「熱中症対策は春から」が常識になるかもしれない。
■30度以下でも要注意な理由
ただ、いくら暑いとはいえ、「25度前後で熱中症になるのは特殊なんじゃないか」と思う人も少なくないだろう。そこには、春先ならではの季節特有の理由がある。
「春先は暖房器具の使いすぎと不要な厚着に注意すべきだと思います。高齢者は冷房を控える傾向があっても、寒がりになるので、暖房の使用は積極的で、むしろ過剰使用となりがちです。また、高齢者はこまめに冬服を脱ぎ着せず、着た切り雀になるので、そのような日が2、3日続けば熱中症になることも容易に想像できます。乳児でも心配性の母親の過剰な着ぐるみによる熱中症はしばしば経験します」(生坂氏)
春の気候は三寒四温と言われ、寒暖差が激しい。そのため4月に入っても暖房器具は出しっぱなし、厚手のコートを仕舞うタイミングがないという人は少なくない。一日の気温変化に対応するのは、若くて元気な人でも「失敗した」と後悔する日があるだろう。
まして高齢者の場合には、朝からストーブを付けて、気温が上昇してきても消さず、衣服を着込んだまま、汗を流しながら昼寝して、具合が悪くなる可能性は十分あり得る。じわじわと熱くなるため、「茹で蛙(かえる)」のように熱さから逃れるタイミングを逸してしまうのだ。
また、「乳児の過剰な着ぐるみ」は、特に“ばあば”と同居している家庭で起こりがちだ。筆者が子どもを保育園に預けていた頃、暖かい日に厚着して真っ赤な顔で汗びっしょりの赤ちゃんは、大抵おばあちゃんが迎えに来ていた。孫に風邪を引かせたくない「ばあば心」である。
■原因不明の発熱が続いた80代女性
気温30度以下でも発症してしまう熱中症には、医者さえも判断がつきにくい「うつ熱」という病気もある。うつ熱とは、放熱機能が失われて体温が上がることを指すので、熱中症患者は全てうつ熱を合併していることになる。
千葉大学医学部付属病院・総合診療科の生坂政臣医師(写真提供=生坂医師)
生坂氏の外来には例年、5月から6月にかけて全国から、「原因不明の発熱」ということで「うつ熱」の患者が多数紹介されてきていた。
たとえばある年の7月初旬にやってきた80代女性は「毎日、午前中は37度台前半、午後は38度前後の熱が1カ月間も続いている」とのことだった。
始まりは6月7日、熱っぽい感じがして体温を測定したところ37.5度。特に寒気やのどの痛み等の症状はなかったが、大事を取り、身体を冷やさないようにして早寝したが、翌日も、その翌日も、体温は下がらない。近所のクリニックを受診すると、「CRP(体内の炎症を示す数値)の数値も含めて特に異常はないが、念のため、抗菌薬を出しておきましょう」と言われ、真面目に服薬するも、熱は依然下がらず、生坂氏の総合診療科を紹介された。
■「まるで隠れ熱中症」
「女性は毎日の発熱に加え、1週間前からは寝汗をかくようになった。ただし、食欲低下や体重減少はなし。常用している薬はなく、診察時の体温は36.9度。血圧は154/84で高め。血液・生化学検査は異状なし。過去に子宮癌を摘出しているので、骨盤転移の可能性を疑い、骨盤CTを撮りましたが異常はありませんでした」
生坂氏の診断はうつ熱。
決め手は問診で「クーラーは体に悪い贅沢(ぜいたく)品なので、外出時はすべての電化製品のコンセントプラグを抜くことにしています」と言っていたことだった。気象データを調べてみると、発熱が出現した6月7日には、千葉県の最高気温は28度まで急上昇しており、以降徐々に真夏日(30度以上)に移行していた。
環境温上昇による『うつ熱』と考えた生坂氏は、クーラーの適切使用など室内環境を整えるよう指導。発熱・寝汗ともに症状は消失したという。
「まるで隠れ熱中症ですね。症状は発熱だけですが、1カ月間続くこともありますし、意識障害が出現し、重症の熱中症になることもあるので、早期に発見し、治療することが重要です」
■暑さに体を慣らす「暑熱順化」の必要性
では、うつ熱も含めて、熱中症を防ぐにはどうしたらいいのだろう。夏が前倒しでやって来て、しかも気温が毎日のように乱高下する状況では、従来通りの対策だけでは心細い。
「基本はやはり、小まめな水分補給と室温調節です。その上で大切なのは、徐々に暑さに体を慣らすようにすること、つまり『暑熱順化』ですね。具体的には、昼の12〜14時ごろの暑い時間帯を避けて外出し、高温環境に身をさらした後、スーパーやカフェに寄り道して、体温を下げて帰宅することを、通常は5月ぐらいから進めるようアドバイスしているのですが……」(生坂氏)
異常気象の昨今は、4月からいきなり真夏日、猛暑日が来てもおかしくない。となると炎天下を外して外出したつもりでも、暑さに慣れる前に、あまりの暑さに行き倒れてしまう可能性はゼロではない。
写真=iStock.com/Carla Itasiki
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Carla Itasiki
実際、この3月は突然25度以上まで気温が上がった。毎日の炎天下や猛暑の環境に慣れている7月から8月に比べ、体が対応しきれず不調をきたす。それに、春先は夏に比べて水分補給も疎かになりがちだ。急な暑さに備えた服装で過ごしている人は少数派。自然環境下での暑熱順化は難しいのではないだろうか。
そう考えるとこれからは、空調の整った施設で専門家の指導のもと、3月あたりから安全かつ快適に暑熱順化させてもらえる「暑熱順化倶楽部」のようなサービスが必要になってくるかもしれない。
■1日1回体温を正常に戻す
さもなければ、以下のような体温調節を毎日意識的に行うとか。
「もう1つ心がけてほしいのは、1日1回体温を正常に戻すことです。特に連続して熱帯夜だったような場合には、体温が下がらないまま翌朝を迎え、朝から高体温にさらされて熱中症の危険が高まります。クーラーで体温を下げるか、クーラーが嫌いな方は冷たいシャワーを浴びるなど、1回体温を下げておくことが必要です。体温を下げることは就寝時にも必要です。体温が高いままだと、深い睡眠を取れず疲労が蓄積しやすくなり、夏バテの原因にもなります。」(生坂氏)
いずれにしても大変な時代になった。
従来型 熱中症予防策
1.暑熱順化(少しずつ暑さにカラダを慣らす)
暑熱順化のポイントは、毎日、汗をかく運動などを継続すること。数日から2週間程度で暑さに強い体質へと変化すると言われている。
そのためには、日頃から、ヨガやウォーキングなどで、汗をかく習慣を身に付けることが大事。
個々人の生活習慣や環境に応じて運動を継続することで暑熱順化が進み、熱中症にかかりにくくなる。
2 計画的・こまめな水分補給
「のどが渇いた」と自覚した時点ですでに熱中症は進行している可能性あり。特に高齢者は渇きを感じにくいため、のどが渇く前に水分補給をすることが必要。また庭仕事や運動中はつい夢中になり水分補給がおろそかになりがち。30分に1回など、給水タイムのアラームを設定しておくといった工夫もお勧め。
体力や水分の必要度合いは個人差がある。特に小さな子どもの場合は、自ら体調の変化に気づけない場合があるので、周りの大人が気を配り、適切な休息とこまめな水分補給を促したい。
■高温・多湿・直射日光に要注意
熱中症は環境要因によって発症するケースが非常に多い。当日や翌日の天気予報、熱中症警戒アラート等の情報を確認し、熱中症リスクを把握したうえで行動すべし。
前日との気温差が大きい日は、熱中症警戒アラートが発表されなくても要注意。
日中と夜間の寒暖差がある場合は、服装で体温調節ができるよう工夫を。
屋外では帽子や日傘を活用し、強い日差しを避ける。
屋内では風通しを良くし、冷房や扇風機を活用して高温・多湿な環境に長時間さらされないようご用心。高齢者は暑さに対する感受性が低下しているので、家族など周囲の人の声掛けや気配りを心がけたい。
■天気予報の「平年並み」はあてにならない
3月26日、気象庁と文部科学省は、日本の気候変動に関する報告書を発表した。気温の上昇幅が大きな場合、かつて日本では「100年に1回」程度だった猛暑をほぼ毎年経験することになるなどと、恐ろしい予測をした。だが、驚きはなかった。
報告書は、国や自治体の気候変動対策に役立ててもらうためのものだそうで、公表は2020年の初回以来、今年で2回目。政府は2050年までに日本全体で排出される温室効果ガスを実質ゼロにする、いわゆるカーボンニュートラルを目指すことを宣言し、取組んでいるが、すでに現在の日本の平均気温は、基準とした20世紀初めに比べて1.3度上がっている。
写真=iStock.com/SeanPavonePhoto
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/SeanPavonePhoto
将来予測では、現在25日ほどとなっている年間の熱帯夜の数は約56日に倍増するという試算も示された。
極端な気象災害も多くなる。温暖化がなかった場合に「100年に1回」とされる高温は、ほぼ毎年起こることになるという。
つまり現在は、季節外れの高温や低温を表現する際に「○月並み」という言葉を使うが、100年に1回の記録が毎年更新されるようになると、この表現は使えなくなる。「平年」という指標が存在しなくなるからだ。
熱中症対策も、暑熱順化も、自然の暦に縛られず、人工的な環境下で工夫しなくてはならない時代が来ている。
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木原 洋美(きはら・ひろみ)
医療ジャーナリスト/コピーライター
コピーライターとして、ファッション、流通、環境保全から医療まで、幅広い分野のPRに関わった後、医療に軸足を移す。ダイヤモンド社、講談社、プレジデント社などの雑誌やWEBサイトに記事を執筆。近年は医療系のホームページ、動画の企画・制作も手掛けている。著書に『「がん」が生活習慣病になる日 遺伝子から線虫まで 早期発見時代はもう始まっている』(ダイヤモンド社)などがある。
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(医療ジャーナリスト/コピーライター 木原 洋美)