サラリーマンがお金持ちになれる確率はそうでない人の4分の1…橘玲が指摘する「正社員」の不都合な真実
2025年4月12日(土)10時15分 プレジデント社
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/PeopleImages
※本稿は、橘玲『新・貧乏はお金持ち』(プレジデント社)の一部を再編集したものです。
■日本のフリーランスの実態
日本にはいったいどれほどのフリーエージェントがいるのだろうか。それを知るための統計調査は行なわれていないので、既存のデータから類推するほかはない。
『新・貧乏はお金持ち』の親本を執筆した当時、2005年の国勢調査によれば、家事や学業と並行して働くひとを除いた「主に仕事に従事」する約5100万人のうち、20歳以上49歳以下の「臨時雇用者(日々または1年以内の期間を定めて雇用されている者)」は約430万人だった。この中には失業状態の者も含まれるため、それを除くとおよそ300万人が派遣社員・契約社員として働いていることになる。
同じ国勢調査では、「雇人のない業主(個人経営の商店主・工場主・農業主などの事業主や開業医・弁護士・著述家・家政婦などで、個人または家族とだけで事業を営んでいる者)」が約400万人おり、その一部がフリーランスだ。また「役員」は約300万人おり、その一部がマイクロ法人(法人化したフリーエージェント)にあたると思われる。
大雑把にそれぞれ1割とすると、フリーランスは40万人、マイクロ法人は30万社になる。
写真=iStock.com/PeopleImages
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■会社に強く依存した日本人の生き方
『フリーエージェント社会の到来』をあらわしたダニエル・ピンクの推計によれば、アメリカには1650万人のフリーランス、350万人の臨時社員、1300万人のミニ会社の役員がおり、フリーエージェントの総数は3300万人だった。それに対して日本は40万人のフリーランス、300万人の臨時社員、30万人のマイクロ法人の役員しかおらず、フリーエージェント人口はアメリカの約10分の1の370万人だ。
特徴的なのは、日本では臨時社員(非正規労働者)の数が、人口が3倍のアメリカとほぼ同数で、その割合が突出して高いことだ。それに対してフリーランスやマイクロ法人の数は5パーセントにも満たない。
日本人の働き方がいかに強く会社に依存しているかわかるだろう。
今回、新版を著わすにあたって確認したところ、2020年の国勢調査では、労働力人口6812万人のうち、会社に雇われている者は約5454万人、そのうち正社員は66パーセントで、派遣社員とパート、アルバイトが34パーセントだった。
会社に雇われていない約1340万人のうち、雇人のない事業主は436万人、役員が362万人で、2005年と状況はあまり変わっていないといえる。
■グローバリゼーション3.0
ジャーナリストのトーマス・フリードマンは、グローバル化の進化を描いて世界的ベストセラーになった『フラット化する世界 経済の大転換と人間の未来』で次のように書いた。
グローバリゼーション1.0では、国が、グローバルに栄える方法か、最低でも生き残る途だけは考えなければならなかった。グローバリゼーション2.0では、企業が同じように考えなければならなかった。いまのグローバリゼーション3.0では、個人が、グローバルに栄えるか、せめて生き残れる方法を考えなければならない。
アメリカでも日本でも、会社はある意味、効果的な社会福祉制度として機能してきた。右も左もわからない新卒社員にも給料が払われ、仕事に失敗して大赤字を出しても生活は保障され、加齢にともなって生産性が落ちても給料は上がっていく。
だがいまやM&Aは日常茶飯事になり、歴史のある大企業が消滅しても誰も驚かなくなった。かつては親子三代が同じ会社に勤めることも珍しくなかったが、いつのまにか会社の寿命は個人の人生よりも短くなった。
互助会的福祉制度は会社の永続性を前提としているが、肝心の会社がなくなってしまえばどのような忠誠も報われることはない。
会社にしがみついていれば、会社とともに沈んでいくだけだ。会社を中心に人生を設計できる時代は、ずっとむかしに終わってしまったのだ。
■クラウド化する世界
サラリーマンに駆逐され、いやいや「自由」を手にしたアメリカのフリーエージェントたちだが、案に相違して新しい境遇はそれほど悪いものではなかった。
会社勤めの最大のストレスは社内の人間関係だが、組織から離れてしまえば不愉快な上司と顔を合わせなくて済む。無意味で退屈な会議に長時間拘束されることもないし、理不尽な指示や叱責を耐え忍ぶ必要もない。
日本では総会屋担当や談合の責任者になった社員の逮捕が相次いだが、アメリカでも違法な業務や反社会的な行為の強要を退社の理由に挙げるひとは多い。
フリーエージェントの最大の特権は、会社の就業時間に縛られることなく自分の時間を管理できることだ。自宅にいても仕事をしなければならない反面、家族で過ごす時間がずっと増えることは間違いない。
■フリーエージェント化を後押しする環境変化
経済環境の大きな変化も、フリーエージェント化を後押しした。
知識社会化と急速な技術革新によって、誰でも安価に生産手段を手に入れ、起業できるようになった。資力のない個人が自動車工場や製鉄所を建設するのは困難だが、いまではスマホとパソコンさえあればはじめられる仕事がいくらでもある。
フリーエージェントを支える社会インフラも整ってきた。
スターバックスで打ち合わせをし、キンコーズでプレゼンテーション資料を印刷し、貸し事務所(ビジネスセンターやエグゼクティブ・オフィスクラブと呼ばれる)で秘書と会議室を確保し、必要な資料は私書箱で受け取って宅配便で発送すれば、個人でも大企業と対等にビジネスを行なえる。
写真=iStock.com/lechatnoir
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■個人企業でも大企業並みのビジネスインフラが構築できる
そしていま、クラウドコンピューティングがビジネスを大きく変えようとしている。
クラウドコンピューティングは、ネットワークの雲の中にひとつの巨大な仮想コンピュータが存在するようなものだ。メールから顧客管理まで、あらゆるデータ処理がこの仮想コンピュータで行なわれることで、大規模な組織はもちろん、オフィスすら不要になる。
その最大の特徴は、個人でも大企業と同じ最先端の情報処理技術を安価に活用できるようになることだ。
個人企業でも大企業並みのビジネスインフラを構築できるようになれば、もはや一カ所に多数の労働者を集める必要はなくなる。こうした傾向は、とりわけクリエイティブクラスが従事する知識産業で顕著だ。
このようにして巨大組織は衰退し、ひとびとはフリーエージェント化し、世界中に無数のマイクロ法人が誕生することになるだろう。
■「自由」になるべきクリエイティブクラス
いうまでもなく、フリーエージェントはクリエイティブクラスと同義ではない。
とりわけ日本においては、フリーエージェントの大半は契約社員で、「自由」とはほど遠い状況に置かれている。このままでは、フリーエージェント化は“スレイブ化”の別名になってしまう。
日本では、「自由」になるべきクリエイティブクラスの大半はいまだに会社に囲われている。だが、保守的で官僚的な会社システムの中で、彼らがその能力を十分に発揮しているとはいいがたい。
彼らクリエイティブクラスが自由を求めて出ていけば、空席が生まれる。そうなれば少しずつであれ、仕事の経験のない若者が入場できるようになるだろう。
このようにして閉鎖的な労働市場は、より公平で流動性の高いものになっていくはずだ。
■自らの利益のためにすすんで会社をあとにするひとびと
ではなぜ、会社内のクリエイティブクラスはフリーエージェント化するのだろうか。
これは別に、彼らが日本国の将来のために身を犠牲にするからではない。そのほうが「得」だからだ。彼らは自らの利益のために、すすんで会社をあとにするのだ。
ロバート・キヨサキのベストセラー『金持ち父さん 貧乏父さん アメリカの金持ちが教えてくれるお金の哲学』では、貧乏父さんは公務員、金持ち父さんはフリーエージェント(マイクロ法人)だった。
アメリカの富裕層を研究したトマス・スタンリーとウィリアム・ダンコは、『となりの億万長者 成功を生む7つの法則』で、組織に雇われていないひとが億万長者になる割合はサラリーマンの4倍と推計した。
フリーエージェントになることは、金持ちへの第一歩でもある。
■クリエイティブクラスを解放せよ
“被差別”の境遇に置かれているロスジェネ世代のために無駄な公共事業を削減し、社会的セーフティネットを整備し、教育や訓練が受けられるようにすることは大事だろう。だがそれと同時に、クリエイティブクラスの独立を促すような制度をつくることも必要だ。
橘玲『新・貧乏はお金持ち』(プレジデント社)
もちろん、多少経済的に有利なだけで、サラリーマンが続々と独立するなどということはありえない。組織に属していることのメリットは、金銭的なものだけではないからだ。
だがその一方で、かつてのオーガニゼーション・マンが日本のサラリーマンに駆逐されたように、いまや日本のサラリーマンは中国やインドの若い労働力によってエデンの園を追われつつある。日本の現状がアメリカの30年前と同じなら、労働市場の流動化によって、今後十数年で1000万人のフリーエージェントが誕生したとしても不思議はない。
2016年に安倍晋三政権が「働き方改革」を掲げたことで、永久凍土のようだった日本的雇用もようやく変わりはじめた。フリーエージェント化の奔流はまだはじまっていないが、「新卒で就職した会社で定年まで勤めあげる」という価値観は完全に崩壊し、過去のものになった。
次は、クリエイティブクラスが会社から解放される番だ。
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橘 玲(たちばな・あきら)
作家
1959年生まれ。早稲田大学卒業。2002年、国際金融小説『マネーロンダリング』でデビュー。同年、「新世紀の資本論」と評された『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』(幻冬舎)が30万部を超えるベストセラーに。05年の『永遠の旅行者』が第19回山本周五郎賞候補に。『言ってはいけない 残酷すぎる真実』で2017新書大賞受賞。著書に『「読まなくてもいい本」の読書案内』(ちくま文庫)、『テクノ・リバタリアン 世界を変える唯一の思想』(文春新書)、『スピリチュアルズ 「わたし」の謎』(幻冬舎文庫)、『DD(どっちもどっち)論 「解決できない問題」には理由がある』(集英社)など多数。
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(作家 橘 玲)