日本人の給料が上がらないのは「頑張りすぎ」だから…最低限の仕事だけこなす「静かな退職者」のススメ
2025年4月18日(金)8時15分 プレジデント社
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/grinvalds
※本稿は、海老原嗣生『静かな退職という働き方』(PHP研究所)の一部を再編集したものです。
■業績と無関係な努力が信奉される異常
「静かな退職者」の真逆になる、いわゆる「忙しい毎日」型の仕事を少し考えてみましょう。
①評判のいい営業は、顧客訪問をした後に、お礼のメール(昔は手書きのお礼状でした)を出します。
②「近くに来たので寄りました」と、こまめに顧客を訪問します。
③賀詞交歓会などの催し物に顔を出します。
④ちょっとしたことがあると「上司を連れてきます」という対応をします。
⑤会議では、手書きで良いのにパワーポイントの資料を作成し、それを人数分コピーして配布します。
⑥パソコンに細大漏らさずメモをとり、それを議事録にまとめます。
⑦ビジネスでメールを出す時にも、時候の挨拶から書き始め、その後、近況報告や先日のお礼などを入れてから、ようやく本題を書きます。
営業の場合、仮に①〜④の仕事を全部やめてしまったら、本当に売り上げは下がるのでしょうか?
④などは、本人だけでなく上司にまで「ブルシット・ジョブ」を誘発しているのです。⑤は、最低限のパワポ資料を投影し、終了後、PDFで配布すれば事足りるでしょう。⑥は要点のみの手書きでかまわないし、最近では質の良い採録・テキスト化・要点整理のガジェットがあります。
⑦は、アメリカだと、Dear○○の次に、いきなり用件が書かれ、それも「はい・いいえ」で答える形式で、その「はい・いいえ」さえ「Y/N」と省略されていたりします。ちょっと探っただけで、これだけ「業績に関係ない」仕事が出てきます。
写真=iStock.com/grinvalds
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/grinvalds
■「忙しい毎日」からの脱却
街中を見渡しても、大きな駅に行けば、乗り換え案内や電車の行く先のアナウンスが四六時中流れていますが、これも果たして必要でしょうか? ホームでは、「雨の日なので傘のお忘れに注意しましょう」などと流されますが、電車を降りた後にそれを聞いても意味がないでしょう。「駆け込み乗車は危険ですのでおやめください」という注意も、果たしてそれで止める人がいるでしょうか?
ベーカリーに入ると、買ったパン一つひとつを柔らかなビニールで個別に包み、それらをビニール袋に入れ、最後に手提げに全部を詰めて渡されたりします。こんなサービス、本当に必要ですか?
私たちは今まで、「真面目に良いサービスを」というお題目に騙され、ブルシット・ジョブの渦にもがく生活を送っていたのではありませんか? それらはすなわち、「やっている感」を目一杯示すだけの行為でしょう。
では、私たちはなぜ、こんなにも「やっている感」を醸し出しているのでしょうか? その答えは、「それが評価につながる」、いや、「何かあった時に言い訳になる」からでしょう。つまり、なれ合いのために、ブルシット・ジョブを繰り返している……。その分、労働時間がいたずらに延び、結果、生産性が下がり、私生活を犠牲にせねばなりませんでした。
嫌な言い方をすれば、ようやく今、こんな洗脳が解け始めたと言えるでしょう。では、今後私たちはどう働けばいいのでしょうか。
■「頑張らない方が生産性が上がる」という真実
日本が今直面する労働問題は、「静かな退職」でかなり解決するはずです。政府は今でも政策の軸足を「忙しい毎日」に置いています。まずここにボタンの掛け違いがある。
たとえば昨今の政府が「人への投資」という名で進めている政策はどうでしょうか? リスキリングなどはその典型でしょう。これは、「日本人の給料が上がらないのは、スキルアップが足りないからだ。欧米の職業訓練のような技能底上げの仕組みを用意し、日本人も稼げる技術を身につけ、給料を上げよう」という考えが基本にあります。もっと努力しよう、もっと頑張ろう、なのですね。
「頑張らない方が生産性は上がるんだ」──日本もそちらの方向に政策誘導しよう! これが正解じゃないでしょうか。
写真=iStock.com/Tippapatt
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Tippapatt
欧米では不良品率が1%でも「返品交換すればいい」で許される。日本は、0.1%でも許されない。その結果、どうなるか。1%の不良品率が許されるなら、仕事は楽で早く終わります。
0.1%でも許さないなら、検品や修繕作業で労働量はすぐに2〜3割延びるでしょう。それでもアウトプットは「1%−0.1%=0.9%」しか伸びません。これでは相当な「生産性ダウン」です。
■「人生100年時代」の本当の意味は
こんな社会慣行があるから、日本は労働生産性が低い。そこに気づけば、「もう頑張るのはやめよう」「手抜きをしよう」が本筋でしょう。なのに、日本では「リスキリングしてさらに頑張れ!」となってしまうのです。
生産性アップには、分母となる労働時間を減らす(手抜き)のが一番効果的なのに、未だに分子の「成果」を増やす方に目を向けてしまうのです。
ちょっと前には「人生100年時代」を冠した政策パッケージもありました。その中では、長い人生を生きていくには、1つの仕事では難しいから、シニア期にまた新しい職業に取り組めるよう、勉強に励め! という主旨の政策が出てきます。
本当に「まだまだ頑張れ」一辺倒ですね。そもそも、人生100年時代とはどういう意味だったのでしょう?
この言葉の提唱者であるリンダ・グラットン氏によると、「2007年に生まれた子どもの半数が100歳以上生きる」というものでした。その子たちが50代になるのは、2060年頃の話です。対して「人生100年時代政策」が謳われたのは2017年。この時代の50代(私もそう)は、人生100年なんかでは全くありません。こんな本旨の履き違えまでしながらしきりに「頑張れ」とやっているのです。
■「緩く長く」「錆びずに」働けるステキな仕組み
女性も男性同様にフルタイムで働く社会になった。すると今度は、家事・育児・介護といったケアワークは誰がやるのかといった問題が生じます。性別役割分担のもと、もう女性にのみ押し付けることはできません。
写真=iStock.com/Yagi-Studio
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Yagi-Studio
海老原嗣生『静かな退職という働き方』(PHP研究所)
正社員としてフルワークする人たちが、一方で家庭活動をもできる体制を敷かなければならないでしょう。すなわち、余裕のある正社員=「静かな退職者」の蓋然性が高まっています。
少子化の中では、労働意欲のある人には高齢期に差し掛かっても正社員を続けてほしいという社会的要望も高まっています。それが早晩、雇用期間の再延長につながるでしょう。
こうした中で、「緩く長く」「錆びずに」働ける仕組みが重要になっている。こちらも「静かな退職」で実現可能です。
ぜひとも、“脱「忙しい毎日」、こんにちは「静かな退職」”を政策の軸にしてほしいところです。
----------
海老原 嗣生(えびはら・つぐお)
雇用ジャーナリスト
1964年生まれ。大手メーカーを経て、リクルート人材センター(現リクルートエージェント)入社。広告制作、新規事業企画、人事制度設計などに携わった後、リクルートワークス研究所へ出向、「Works」編集長に。専門は、人材マネジメント、経営マネジメント論など。2008年に、HRコンサルティング会社、ニッチモを立ち上げ、 代表取締役に就任。リクルートエージェント社フェローとして、同社発行の人事・経営誌「HRmics」の編集長を務める。週刊「モーニング」(講談社)に連載され、ドラマ化もされた(テレビ朝日系)漫画、『エンゼルバンク』の“カリスマ転職代理人、海老沢康生”のモデル。ヒューマネージ顧問。著書に『雇用の常識「本当に見えるウソ」』、『面接の10分前、1日前、1週間前にやるべきこと』(ともにプレジデント社)、『学歴の耐えられない軽さ』『課長になったらクビにはならない』(ともに朝日新聞出版)、『「若者はかわいそう」論のウソ』(扶桑社新書)などがある。
----------
(雇用ジャーナリスト 海老原 嗣生)