〈不動産業界の衝撃リアル〉「こういう方法もあると思うんだよね」…売り上げに悩む部下を「犯罪」に仕向けさせた上司の“巧妙手口”
2025年4月23日(水)7時20分 文春オンライン
〈 「バカなの?」「育て方、下手ですよね」社員同士の“グチDM”が会社にバレて…裁判所が下した“意外過ぎる判決” 〉から続く
売り上げ達成のプレッシャーが強いとされる、不動産営業。中には追い詰められ、組織的な不正に手を染めてしまう企業もあるようで——。『 まさか私がクビですか? ── なぜか裁判沙汰になった人たちの告白 』(日本経済新聞「揺れた天秤」取材班著、日経BP)から一部抜粋し、お届けする(全3回の3回目/ 初回を読む / 前回を読む )。
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仕事で渡した自分の名刺が知らないところで悪用されているとは誰も思わないだろう。ある企業がクラウド上に保有していた膨大な名刺データが不正に閲覧され、投資用マンションの営業リストに転用されていた。実行役として摘発されたのは不動産会社の営業マンたち。彼らを犯行に駆り立てたのは売り上げ達成への強いプレッシャーだった。
東京都内のある不動産会社の営業部に所属する社員たちは日夜、営業電話をかける先のリスト作りに追われていた。会社が力を入れていたのは、老後の資産形成の選択肢として需要が広がっていた投資用マンション。成約率を上げるため、1件でも多くの連絡先が必要だった。
上司が部下に伝えた「不正の手口」
2022年の春から夏にかけて、同部の次長が「Sansan取れないかな」と部下たちに漏らした。Sansanはクラウド型の名刺管理サービス大手で、様々な企業が膨大な取引先の名刺データを登録している。「関係者を名乗ってIDを取る方法もあると思うんだよね」。におわせたのは利用企業からアカウントIDやパスワードといったログイン情報を窃取し、不正にアクセスする手口だった。
捜査関係者によると、同部に所属する20代の男性社員は売り上げが伸びないと上司にあたる次長から非難され、休日返上で働くこともあった。結果を出さなければクビにされるかもしれないと危機感を抱くほど追い詰められ、次長の発言を業務命令として受け止めた。
そして一線を越える。男性社員は同年11月、設備工事会社の従業員に対してSansanの担当者をかたったメールを送った。設定の変更に必要な手続きだと説明し、ログイン情報をだまし取る。同様に次長の発言を聞いていた別の営業部社員2人も同じ手口でIDなどを窃取。一連の事件で不正に閲覧された恐れのあるSansanの名刺データは計約400万件に上ったという。
上司は「強制したつもりはなかった」と関与を否定
顧客データなどの情報資産が流出するリスクは近年、拡大している。東京商工リサーチによると、23年に上場企業やその子会社が公表した個人情報の漏洩・紛失事案は175件。統計を開始した12年以降で最多となった。人間心理の隙を突いて言葉巧みに漏洩を促す攻撃だけでなく、情報窃取の機能を持つマルウエア(悪意のあるソフトウエア)も拡散され猛威を振るう。
警視庁は23年3月、Sansanや被害企業からの相談を端緒として捜査を始めた。不正アクセスを実行した20代の社員ら5人を24年2〜4月に相次いで不正アクセス禁止法違反容疑で摘発。1人は不起訴となったが、残る4人は罰金刑を受けた。
警察官が事情聴取のために訪ねた際、5人のうち数人は既に退職していたという。辞めた1人は取り調べで、退職理由について「ブラックだったから」と社内の勤務環境を挙げた。
次長も事件に共謀したとして同法違反容疑で逮捕・起訴された。自身の公判の被告人質問で、次長は社員らに対する指示を明確に否定。
当時の発言をアドバイスと説明し「強制したつもりはなかった」と釈明した。弁護側は「(次長が)犯行を主導したわけではない」と主張した。
対価を払う「グレーな手口」も横行
だが、24年6月の東京地裁判決は次長が繰り返し犯行の指示や示唆をしていたと認定した。反省の態度を示していることなどから執行猶予付きの有罪判決としたが、判決文は「(実行役の)共犯者よりも明らかに責任は重い」と厳しく指弾した。
警視庁は当初、会社が組織的に関与していた可能性を視野に入れて捜査していた。適用された不正アクセス禁止法は、従業員が業務に関連して違法行為を行った際に法人も罰する「両罰規定」が存在しない。会社が摘発されることはなかったが、企業としての対応や社内のコンプライアンス(法令順守)意識は裁判でも焦点となった。
次長の法廷供述によると、Sansanから不正なログインについて警告を受けた社内では、取得した情報をPDFファイルとして保存した上、社外からログインするよう従業員に指示があったという。
身分を偽って情報を引き出す手法は社内で「偽電」と呼ばれ、次長が入社した10年ごろは既に横行していた。Sansanを利用する企業の従業員に金銭を支払い、対価として名刺データを入手するグレーな手口も存在した。次長は公判で、こうした環境に長年身を置いていたことから「法に触れるという認識が不足していた」と悔やんだ。
判決は「会社ぐるみの組織的犯行」と明確に述べた。企業犯罪の初期の研究者で知られる米犯罪学者は20世紀前半、従業員があしき組織風土を学んでいくうちに犯罪に手を染めるようになると論じている。次長は逮捕後に退社し、別の会社で電話番や掃除係をしながら再スタートを切った。
(日本経済新聞「揺れた天秤」取材班/Webオリジナル(外部転載))
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