あの川勝知事も「彼」には逆らえなかった…5億円をポンと出した「浜松のドン」スズキ鈴木修氏と県の歪んだ関係

2025年5月1日(木)8時15分 プレジデント社

「お別れ会」祭壇に飾られた鈴木修氏の写真

「中小企業のおやじ」を自称し、スズキ自動車を世界的企業に成長させた鈴木修相談役が昨年12月に死去した。ジャーナリストの小林一哉さんは「鈴木修氏は静岡県の政財界に大きな影響力を持っていたが、死後その構図は崩れつつある」という——。

■「浜松のドン」鈴木修氏の死去


売上高5兆円の大企業となったスズキ自動車の社長、会長を40年以上務めた鈴木修相談役が昨年12月に94歳で亡くなった。


4月14日、浜松市で盛大な「お別れ会」が開かれ、地元政財界の関係者らが詰め掛けて鈴木修氏をしのんだ。


「お別れ会」祭壇に飾られた鈴木修氏の写真

「浜松のドン」と呼ばれる顔役だった鈴木修氏だが、たとえ、どんなに社会的な影響力が大きい実力者であっても、人生の終わりが告げられるとその力も失われてしまうようだ。


浜松市の「大型ドーム球場」計画はその象徴と言えるだろう。


■川勝知事の辞任で「子飼い」を送り込んだ


「大型ドーム球場」は、静岡県によって、浜松市の遠州灘海浜公園で進められている大規模プロジェクトである。


鈴木修氏と強いつながりのあった川勝平太前知事がまず、「大型ドーム球場」計画を積極的に推進していた。


ところが、2024年4月、4期目の途中で川勝氏は突然の辞任表明を行い、リニア問題だけでなく、すべての事業を中途半端なかたちで放り投げてしまった。


その状況を見た鈴木修氏は、川勝氏の後継に、自らが担ぎ出し、浜松市長を4期16年間勤めさせた鈴木康友氏に白羽の矢を立てた。


川勝氏の退任ともあって世間の関心はリニア一択だったが、昨年5月の知事選の最大の争点となったのが「大型ドーム球場」計画だった。


鈴木康友氏は出馬会見で、「開放型ドーム球場」を推し進めることを強調して、「やります」と宣言した。


筆者撮影
「やります」と出馬表明した鈴木康友氏 - 筆者撮影

自民党推薦で出馬した元副知事で元総務官僚の対立候補は「ドームありきの議論はストップ」「ゼロベースで再検証」などと真っ向から大型ドーム球場に反対した。


鈴木修氏は「子飼い」の鈴木康友氏に大きな期待を寄せた。


スズキの組織をフル動員させるとともに、鈴木修氏は鈴木康友氏の出陣式で「浜松から初の知事を」と訴え、その影響力を駆使した。


この結果、鈴木康友氏は約7万票の大差で自民党推薦候補を破ったのである。


■鈴木修氏がどうしても成し遂げたかったこと


鈴木修氏が是が非でも鈴木康友氏を知事に就かせたかった大きな理由は、大型ドーム球場建設を一日も早く実現させるためである。


と言うのも、大型ドーム球場建設が、鈴木修氏の「悲願」を実現させることに欠かせなかったからだ。


もともと大型ドーム球場は南海トラフ地震の津波浸水地域という危険な場所で計画された。さらにこの一帯は国際保護動物、絶滅危惧種のアカウミガメの産卵地として世界的に有名な場所でもある。


孵化した子ガメは照明施設や車のライトによって方向感覚を狂わされ、海に戻らずに陸地へ進んでしまう恐れがある。


このため「人命軽視」と市民らは怒り、ウミガメ保護のNPOは「絶対反対」の姿勢を崩さなかった。


子ガメ保護のために照明が使えないならば、ドーム球場にしてしまえばいいというのが鈴木修氏の発想だった。


これで当初計画の2倍以上の予算が必要となった。


当時浜松市長だった鈴木康友氏は2022年、商工会議所、自治体連合会などで設置した「新野球場建設促進期成同盟会」の会長に就いて、当時の川勝知事にドーム球場の建設を強く求めた。


■本丸は球場整備に伴う陸上競技場の再整備


もう1つ、鈴木修氏の「悲願」をかなえさせるための筋書きがあった。


鈴木市長は「新球場完成後に現在の浜松市営球場を廃止し、隣接する第2種の市営陸上競技場(1万人収容)の機能を拡充して、第1種陸上競技場に再整備する」構想を発表していたのだ。


サブトラックを有する第1種陸上競技場ならば、日本陸運が主催する世界大会などが開催できる。現在の浜松市営球場を解体した上で、跡地をサブトラックにするのである。


日本有数の陸上部を有するスズキへ「利益誘導」するための構想である。


つまり、地元浜松で開催する世界大会でスズキ陸上部の活躍を見たいという鈴木修氏の思いをかなえさせるための構想である。


そのためには、どんな無理筋であっても県による新野球場建設が欠かせなかったのだ。


■5億円を寄付してまでも実現したかった


鈴木修氏は遠州灘海浜公園に野球場を建設させるために、5億円を寄付している。野球場建設計画が遅々として進まないとみると、「野球場をつくらないなら寄付した5億円を返せ」とまで口にした。


鈴木修氏が野球場建設を早急に進めるよう求める真意は、一日でも早い第1種陸上競技場の再整備であることは関係者間の暗黙の了解事項だった。


しかし、鈴木康友氏は知事に就いた直後から、大型ドーム球場計画は口にしなくなった。


それどころか、大型ドーム球場建設の基本計画策定のために、川勝前知事が予算をつけた「官民連携導入可能性調査」報告書の内容を県議会にも公表しないで、隠してしまったのだ。


筆者が情報公開条例で開示した報告書によると、大型ドーム球場の建設費は370億円から450億円に膨らんでいた。公園全体では600億円超の建設費となってしまうのだ。


官民連携導入可能性調査は、大型ドーム球場を前提に、PFI(民間の資金と経営能力、運営などを活用した公共事業の手法)事業を実施した場合の調査で、VFM(費用を投じた価値)を評価するとしていた。


大型ドーム球場なのに、プロ野球の定期的な開催は望めないから、同調査で野球場単体ではなく、さまざまな施設及びイベントを民間に考えてもらい、新たな需要を掘り起こしてもらうのが大きな目的だった。


川勝氏はこの調査報告の結果を見て、大型ドーム球場建設の是非を判断するとしていた。


■近くに病院があり音楽イベントの開催も難しい


ところが、報告書は、大型ドーム球場建設計画地のすぐ東側に約300床の精神科病院が隣接する事実まで明らかにしていた。


遠州浜海浜越しの公園計画地。精神科病院も見える

精神科病院が隣接することで、入院患者らの不眠、不安などの精神症状や認知症状などを悪化させないための配慮が不可欠となる。


この結果、大音量での音響が必須である音楽イベントの開催は絶望的となった。


大型ドーム球場の建設・運営・管理を担う38事業者にアンケート調査を行い、29事業者からの回答を得て、そのうち、16事業者にヒアリング調査を行った結果をまとめていた。


大型ドーム球場では、プロ野球の開催は望めず、照明、音響でのハンディがあり、音楽イベント利用の可能性がほぼないことを明らかにしていた。


となると、ドーム型はオーバースペックとなり、費用対効果はまったく望めず、ほとんどの事業者は大型ドーム球場建設に否定的だったのだ。


■都合の悪い調査結果は無視


県は同調査の結果を2024年夏の基本計画に盛り込むとしていたが、そうならなかった。


鈴木康友氏は昨年5月末に知事に就任した。


鈴木知事がこの報告書の内容を知ったのは「6月28日」なのだという。静岡県は「7月19日」に基本計画を公表している。


この基本計画には、調査報告書の内容はほぼ反映されていなかった。


となれば、鈴木知事の指示があったとしか考えられないだろう。鈴木知事はあえて、基本計画に建設費用が大きく上振れし、施設誘致も誘客イベント開催も難しいという内容を盛り込まなかったのだ。


しかし、県議会等に「非公開」としても、情報開示請求すれば、その内容は明らかになってしまう。


報告書にある大型ドーム球場建設費が370億円から450億円に上振れすることだけが一部報道され、3月6日に開かれた県議会建設委員会で大騒ぎとなった。


■表向きは「球場建設」の意思を見せていた


いまだに「非公開」にしているが、調査報告書の全容が明らかになれば、大型ドーム球場だけでなく、遠州灘海浜公園計画そのものの方向性が大きく変わるかもしれない。


このため、鈴木知事は記者会見で、「ドーム型球場だけでは採算が取れるとは思っていない。エスコンフィールド(北海道北広島市)も長崎スタジアムシティ(長崎市)もそうだが、アリーナだけだとか、ドーム球場だけで、事業は成り立たない」とした上で、「1つの街をつくるぐらいの取り組みである」と大風呂敷を広げて、記者たちの批判的な質問をかわすことに必死となった。


さらに、「長崎スタジアムシティではいろいろな付帯施設を入れて、総額1000億円を超える投資をジャパネットホールディングがされた。民間がどういう附帯機能を提案してくるのか、どれだけ投資してくるのか、これが非常に重要になってくる」などと「大型ドーム球場」をあきらめていない姿勢まで見せたのである。


ケチで有名だった鈴木修氏は5億円の寄付を行ったが、まさかスズキがそんな危険な場所に1000億円を超える投資など考えてもいないだろう。


そのようなごまかしをしてまで、表面的には大型ドーム球場計画を進めている姿勢を見せたかったのだろう。


■「南海トラフの被害想定」で絶体絶命に


鈴木知事は、ことし1月に静岡県と浜松市との利活用推進協議会を設立して、大型ドーム球場計画の検討をすべて任せるという姿勢に転じた。


こうすれば、同協議会の結論が出るまで、大型ドーム球場計画への批判をかわすことができると見込んでいるのだ。


しかし、国が3月31日、南海トラフ巨大地震の被害想定を発表したことで、あらためて大型ドーム球場計画地の危険性がクローズアップされた。


想定では、遠州灘海岸につくった高さ13〜15メートル、総延長約17.5キロの防潮堤は、高さ17メートルの大津波が襲い破壊されてしまうとしている。


この想定ならば、大型ドーム球場を含む遠州灘海浜公園は水没してしまうだろう。


そんな危険な場所に大規模な県立海浜公園を立地すべきなのか、あらためて多くの市民らが「絶対反対」の声を上げるはずだ。


■「おやじのような存在」はいなくなった


八方ふさがりの状態となり、鈴木修氏の「悲願」をかなえるのが絶望的に見えたとき、鈴木修氏はこの世に別れを告げた。


4月14日のお別れ会で献花したあと、鈴木知事は「四半世紀以上にわたってお世話になり、おやじのような存在だった」などと非常に近しい関係だったことを明かしている。


お別れ会出口に飾られた「バイバイ」という鈴木修氏の写真

ただ、その言葉からは、「頑固おやじ」がいなくなったので、あとはせいせいと好きなことをやれるという意味合いにも取れた。


いずれ大型ドーム球場計画はひっそりと終幕を迎えるだろう。いまや、鈴木修氏がいなくなったことで、それに文句を言う人は誰もいなくなった。


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小林 一哉(こばやし・かずや)
ジャーナリスト
ウェブ静岡経済新聞、雑誌静岡人編集長。リニアなど主に静岡県の問題を追っている。著書に『食考 浜名湖の恵み』『静岡県で大往生しよう』『ふじの国の修行僧』(いずれも静岡新聞社)、『世界でいちばん良い医者で出会う「患者学」』(河出書房新社)、『家康、真骨頂 狸おやじのすすめ』(平凡社)、『知事失格 リニアを遅らせた川勝平太「命の水」の嘘』(飛鳥新社)などがある。
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(ジャーナリスト 小林 一哉)

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