1年で50件の特許を創出 イノベーターとして台頭したサムスンの創造性を支える「TRIZシステム」「VIPセンター」とは

2025年4月25日(金)4時0分 JBpress

 イノベーションとは、必ずしも壮大な目標や崇高な理念の下で生まれるものではなく、選ばれし一部の人間によって成し遂げられるものでもない。課題解決方法の改善と挑戦という身近な取り組みこそが、イノベーションの実現につながる。本稿では、世界的な経営大学院INSEADの元エグゼクティブ教育学部長であり、一橋大学で経営学を学んだ知日家としても知られるベン・M・ベンサウ氏の著書『血肉化するイノベーション——革新を実現する組織を創る』(ベン・M・ベンサウ著、軽部大、山田仁一郎訳/中央経済社)から内容の一部を抜粋・再編集。W.L.ゴア、サムスン、IBMなど世界的な大企業がどのように障害を乗り越え革新をもたらしたかについて、その実行プロセスからひもとく。

 かつては、既存の優れたデザインや機能を模倣する「追従型(便乗型)の製品導入」を行う有力企業として知られていたサムスン。それが2000年代以降、イノベーションのリーダーに君臨するに至った背景とは?


業務遂行と革新実現

 サムスンがエレクトロニクスのイノベーターとして台頭した鍵の1つに、TRIZを採用したことが挙げられる。

 TRIZとは、1940年代に、なんとロシアの発明家でSF作家のゲンリヒ・アルトシュラーが開発した問題解決のためのシステムである。TRIZシステムは、イノベーターとなるべき人々に、現在の技術に内在する矛盾や失敗を分析し、その発見を足がかりとして、より優れた新しい解決策を構想することを促すシステムである。

 TRIZシステムを1年間用いた結果、サムスンは50件の新しい特許を生み出したと報告している。TRIZの成果を目の当たりにして興奮したサムスンのリーダーたちは、2003年、数千人の従業員に対してTRIZのトレーニングを開始した。これには、TRIZの概念を韓国語に翻訳したサムスン幹部、キム・ヒョジュンの教科書が使われた。モバイル・ディスプレイ部門のマネージング・ディレクターであり、TRIZの熱心な信奉者であるセホ・チョンは、「TRIZシステムの使用は、創造的でない人々を創造的に変えることができる」と述べた。

 本書の後半で述べるように、イノベーション実現のための方法論は長年にわたって数多く開発されてきた。TRIZはその1つである。

 これらの方法論は、ビジネス上の課題を検討したり、既存の製品やプロセスについてさらなる疑問を呈したり、市場を分析したり、顧客のニーズや嗜好を理解するためのさまざまな方法を提供したりしている。これらのシステムには多くの共通点があるが、それぞれに特徴があるので、自らの組織に合ったある1つの方法論だけに惹かれるかもしれない。

 しかし、革新的な方法論に関しては、私はやや逆説的な立場を取っている。文字通り、私は1つのシステムを選ぶことに関しては、基本的に不可知論者である。私の経験と観察によれば、どの方法論も革新的な技術や良い結果を出す唯一の答えとはなり得ない。革新的なアイデアを生み出し、テストし、実行に移すには、さまざまなツールセットや実践がそれぞれに役に立つからである。

 実際、いろんな革新的方法論を試したり、時にはあるシステムから別のシステムへと意図的に移行することは、組織にとって役に立つことが多いと思われる。ニーズや目標の進化に合わせて様々な方法論を活用すれば、社員の革新実現に向けた習慣は、新しい考え方で繰り返しリフレッシュされ、多くの場合新たな創造性の爆発につながるはずである。

 私の考えでは、サムスンにとってのTRIZの価値は、TRIZの方法論そのものの特性よりも、むしろ、同社がイノベーションを実現するための体系的なプロセスを採用し、普及させたことにある。

 サムスンはイノベーション実現に果たすべき使命を緊急のものと考え、何千人もの従業員に何日もかけてそのプロセスを研究させ、同社が直面する現代的な事業課題に適用するように求めた。そのことこそが、同社の革新実現エンジンに強力なエネルギーを与えたのである。

 それはサムスンの全社員に向けた「現在の仕事を遂行することは重要だ。しかし、同じくらい重要なのは、未来を革新することだ。一緒に取り組んでいこう!」という明確なメッセージとなったのである。

 サムスンがイノベーションの頂点に立つこととなったもう1つのステップが、バリュー・イノベーション・プログラム(VIP)センターの設立だった。ソウルの20マイル南にあるサムスンの工場団地の近くに位置するこの施設は、1998年の開設当初、工程の合理化と品質改善に重点を置いていた。

 しかし2004年にその目的は見直され、世の中の基礎となるイノベーションに重点が置かれるようになった。今では、エンジニア、プログラマー、デザイナー、マーケティング・マネージャーが集まり、全く新しい製品のアイデアを構想し、それを現実のものにするための計画を練る場となっている。

 24時間オープンのVIPセンターには、プロジェクトルーム、寝室、キッチン、レクリエーション施設、そして伝統的な日本式の風呂まで完備されている。重要なのは、センターのプロジェクトチームに配属されるのは、研究開発の専門家集団ではないということだ。

 彼らはさまざまなスキルや経歴、業務機能を担う一般のサムスン社員であり、会社の業務遂行エンジンを動かすことにほとんどの時間を費やしている。しかし、定期的に、日常的な仕事から離れて革新実現エンジンの一部となり、全力を傾けるに値するとりわけ困難な課題に取り組むことが求められる。

 討議を手助けする「バリュー・イノベーション・スペシャリスト」と呼ばれるチームの指導を受けながら、彼らは数週間にわたってセンターで共同生活を送る。顧客調査データを分析し、ライバルメーカーの製品を研究し、競合他社に打ち勝つ方法をブレインストーミングする。

 彼らはそこで、市場を最大化する完璧なイノベーションとなるようなスイートスポットを探し求めて新製品の候補を設計・再設計し、機能を追加・変更・削除することに時間を費やす。それは魅力的だが時には過酷な仕事であり、甚大な時間、エネルギー、資源を費やす必要がある。

 実際、参加者が属する各部門のリーダーは、革新的なプロジェクトが成功するまで、通常の仕事から離れてセンターに留まらせることに同意する誓約書に署名するよう求められる。

 サムスンは、本来従業員が持つブレインパワーを新しいアイデアを練り上げることに集中させることで、驚くべきレベルのイノベーションを生み出すことができることを発見した。それは、VIPセンターで働くエンジニア、科学者、デザイナー、経営陣の誰かが特別に優秀で才能に恵まれているからではない。むしろ重要なのは、多様な人々が組織的に集中して、革新の体系的なプロセスに従事することである。

 その結果、新しいアイデアを生み出し、それを繰り返し改善・改良していく革新実現エンジンが生まれる。真の意味で、その実現プロセスそのものがヒーローなのである。

 この素晴らしいイノベーション能力を強化・拡大するため、サムスンはカリフォルニア州シリコンバレーのサンノゼに10億ドルを投じたセンターのほか、スタンフォード大学に隣接するメンローパーク、ニューヨーク、テルアビブ、そしてパリなど世界各地に、イノベーション・ハブを開設した。

 今日、イノベーションの精神は製品デザインの領域を超え、サムスンの他の部門にも影響を与えている。例えば、ブランド管理の指導者(グル)でもあるエマニュエル・マラードの指導の下、サムスンは世界で最も革新的なマーケティング組織を有する企業の1つとなっている。

 2010年にサムスンの消費者・市場インサイトマネージャーに就任して以来、マラードは年間150件以上の市場調査を実施する調査部門を構築し、進化する消費者の関心、嗜好、ニーズについて独自の深い洞察を導き出している。

 例えば、サムスンのスマートフォンを購入した顧客は、30日後およびその後さまざまな間隔で企業によるインタビュー対象者となり、サムスンのアナリストは顧客の製品体験がどのように変化しているかを追跡することができる。また、新しいマーケティング手法を試したい時には、革新的な手法を使ってリアルタイムでその結果を測定・分析することが可能である。

 ヨーロッパを拠点とするマーケティングチームが、パリのコンコルド広場に韓国語のメッセージを表示する広告板を設置しようと決めた時、韓国の一部のマネージャーは懐疑的だった。しかし、マラードが率いる調査部門は、タブレット端末を装備したアナリスト・チームを配備し、消費者の反応をその場で測定することで具体的なデータを提供し、数時間以内に広告掲示板のメッセージを調整・強化することを可能にしたのである。

 サムスンの幹部達が1990年代後半に構築開始を決定した革新実現エンジンは、組織全体で広範な参加者を巻き込んだ創造的な活動を生み出し、好調に推移しているようだ。

<著者フォロー機能のご案内>
●無料会員に登録すれば、本記事の下部にある著者プロフィール欄から著者フォローできます。
●フォローした著者の記事は、マイページから簡単に確認できるようになります。

筆者:ベン・M・ベンサウ,軽部 大,山田 仁一郎

JBpress

「特許」をもっと詳しく

「特許」のニュース

「特許」のニュース

トピックス

x
BIGLOBE
トップへ