豊田章男氏の「全方位戦略」が中国のEV躍進を止める…トヨタが"自前主義"を捨て、米IT企業と組んだ重要な意味

2025年5月12日(月)9時15分 プレジデント社

実証都市「ウーブン・シティ」について話すトヨタ自動車の豊田章男会長=2025年1月6日、米ラスベガス - 写真=共同通信社

■「自前主義」の限界を悟ったトヨタ


4月30日、トヨタは新たな協業体制の発表を行った。今回の相手は、米国のIT先端企業の“Waymo(ウェイモ)”だ。この提携によって、トヨタは、ソフトウェアと自動車をつなぐ“ソフトウェア・ディファインド・ビークル(SDV)”関連分野へ本格的に乗り込むことになる。


写真=共同通信社
実証都市「ウーブン・シティ」について話すトヨタ自動車の豊田章男会長=2025年1月6日、米ラスベガス - 写真=共同通信社

これまで、トヨタは自力ですり合わせ製造技術を磨き、世界の自動車業界のトップに立ってきた。いわば自前主義を貫いてきた。ところが、世界の自動車業界は“100年に一度”と言われる大変革期を迎え、電気自動車(EV)やSDVなどの新分野に注力しなければならない時代を迎えている。EVやSDVの開発コストは莫大で、高度な専門知識が必要になる。また時間もかかる。


■中国の開発スピードに遅れるわけにはいかない


トヨタとしても、これまでの自前主義を貫いていては、時代に取り残されることも考えられる。特定分野の有力企業との協業は避けて通れない。ここへきて、積極的に事業提携の話を進めている。それは、有力なライバルに成長している中国メーカーとの競争上、必要不可欠の戦略になりつつある。


中国では、BYDや浙江吉利(ジーリー)などの自動車メーカーが、急速にEV開発体制を築き上げた。ファーウェイやディープシークなど、ITおよびAI先端企業は車載関連ソフトウェアを供給し、自動車業界の垣根を超えた提携は増加傾向だ。


今後、トヨタがどのように協業の成果を実現できるかによって、中長期的な日本経済の展開に無視できない影響があるだろう。トヨタの戦略的協業体制の構築には、日本経済を背負う覚悟が必要だ。


■垂直統合モデルの限界が見えてきた


現在、トヨタを取り巻く事業環境は、かつて経験したことがないスピードと規模で変化している。これまで、トヨタは自社で自動車の設計・開発・製造・販売を行ってきた。エンジン部品や、車載用電子部品、自動ブレーキなどは、下請け企業の協力を取り付けつつ自前で開発・実用化した。


つい最近まで、自動運転技術などの先端ソフトウェアの開発も、基本的には自社中心に取り組もうとした。その根底には、エンジン車、ハイブリッド車(HV)、プラグインハイブリッド車(PHV)、そして電気自動車(EV)の全方位型の戦略を企画し、世界市場での競争に勝ち抜いてきた自負があっただろう。


しかし、ここへきて、世界の自動車業界の変革は日増しに加速している。トヨタにも、このままでは時代に遅れるとの危機感があったとみられる。特に、中国では、EV化とSDV開発が急加速している。中国でのEV、SDV開発に関して、垂直統合型のビジネスモデルよりも水平分業体制を敷く企業が増えた。


■上海モーターショーが映し出す世界の潮流


上海モーターショーでは、ファーウェイやディープシークの自動運転ソフトが注目を集めた。また、台湾のスマホの受託製造の鴻海精密工業は、日産、ホンダ、三菱自動車との協業体制を模索している。鴻海の狙いの一つは、中国自動車業界における受託製造企業の地位を築くことだろう。


米国でも、協業重視の自動車メーカーは増加傾向だ。トランプ政権の政策リスクが上昇している中、GMはグーグルと協業し、SDV関連の要素技術の取り込みを急ぎ始めた。また、同社は、韓国の現代自動車やサムスンSDI(主要車載用バッテリーメーカーの一つ)とも協業し、EV関連の事業を拡充しようとしている。


トヨタも、そうした流れから遅れることはできない。垂直統合型のビジネスモデルから、世界の有力企業同士の水平分業へと移行せざるを得なくなっている。自動車というモノを製造する概念、常識の“パラダイムシフト”が起きているといってもよい。


■NTT、ファーウェイ…トヨタの脱「自前主義」が加速する


ここ1年ほどの間、トヨタはこれまでの自前主義を修正してきた。それは、トヨタが内外のIT・通信分野の有力企業と提携を結んだことからもわかる。国内では、光半導体の開発に取り組むNTT、米国ではAIチップ最大手のエヌビディア、中国ではファーウェイなどと協力体制を築いてきた。


そして、今回、トヨタは世界トップの自動運転ソフトウェア開発企業であるウェイモと手を組む。SDV時代の本格到来をにらみ、トヨタの自前主義脱却戦略はより鮮明になった。


世界の主要自動車メーカーにとり、ソフトウェア分野の拡充は重大な経営課題となっている。ところが、今のところ、わが国のソフトウェア分野の競争力は低い。スイスのビジネススクールIMDによると、2024年、わが国のデジタル競争力は世界で31位だった。


ウェイモとの提携で、トヨタが特に重視するのは自動運転のコア技術である“LiDAR”関連技術の取り込みだろう。LiDARとは、Light Detection And Rangingの略だ。具体的には、レーザーを照射し、反射光のデータを分析して対象物までの形状や距離を計測する。


写真=iStock.com/show999
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/show999

■トヨタ車が自動運転の主役になる日


米グーグルから誕生したウェイモは、この分野で世界トップの企業だ。ウェイモは米国を中心に“ロボタクシー”と呼ばれる、自動運転車用のプラットフォームの構築に取り組んできた。それに続き、最近、ウェイモは一般車両にもLiDAR関連の技術を結合し、自動運転ソフトウェア分野での競争力向上に取り組んでいる。


トヨタにとっては、自社の車をロボタクシーに使うことができる。また、世界トップのウェイモの技術を活用することは、事業運営の効率性の向上につながるだろう。ソフトウェア関連の研究開発、実用化を自前ではなく、ウェイモに委託することも考えられる。


それによって、トヨタはEVの航続距離延長の切り札とされる“全固体電池”の開発に集中できる。同社の全方位型戦略の優位性引き上げに役立つはずだ。世界トップクラスの企業との協業は、トヨタがトランプ関税をはじめとするリスクへの対応力を高めるためにも必要だ。


■ウェイモにとってもトヨタの顧客基盤は魅力的


ウェイモにとってもトヨタと組む意義は高い。ウェイモが市販車に自動運転技術を搭載する時、トヨタの顧客基盤にアクセスすることは多くのデータ獲得のために重要だ。日米欧州、アジアなどの新興国地域で高いシェアを持つトヨタと組むことは、ウェイモがデータの地産地消体制を構築するためにも必要な取り組みだ。


今回の戦略的提携は、両社にとってウィンウィンの関係であるように見える。確かに、トヨタがソフトウェア開発に再配分していた、ヒト、モノ、カネ(経営資源)をバッテリーや電動車開発に投入できるメリットはあるだろう。


ただ、トヨタは、何といっても、自力ですり合わせ製造技術を磨き世界の自動車産業のトップに君臨した企業だ。協業体制の中で、トヨタがこれまでと同様に自社の思い描いた戦略を実行することができるかが重要になる。


■トヨタの「決断力」が日本経済の命運を握る


ウェイモ以外にも、トヨタはNTTやエヌビディア、ポニーAI、ファーウェイなどの主要企業との利害を円滑に調整しなければならない。提携先企業間の利害が食い違うこともあるだろう。そうした状況が起きると、トヨタの事業運営のスピードが低下する懸念は残る。最悪の場合、提携相手との離反などが起きると、トヨタといえども競争力を維持することは難しくなるかもしれない。


また、これから、トヨタは意思決定の速度を問われるだろう。中・長期的な成長期待の高いソフトウェアの開発に取り組む新興企業が登場した場合、迅速に出資や提携、さらには買収を実行する決断力の重要性は増す。


トヨタを筆頭に自動車産業は、わが国の経済成長を牽引してきた。今回のウェイモとの協業によって、わが国自動車業界の再編が加速し、産業構造が変容する可能性は高まったと考えられる。自前主義から協業体制に事業運営の舵を切る中、トヨタがどのように自主性を維持し、高めるか、同社のみならずわが国産業界にとっても重要だ。わが国経済の命運を握ることになるかもしれない。


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真壁 昭夫(まかべ・あきお)
多摩大学特別招聘教授
1953年神奈川県生まれ。一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学経営学部大学院卒業後、メリル・リンチ社ニューヨーク本社出向。みずほ総研主席研究員、信州大学経済学部教授、法政大学院教授などを経て、2022年から現職。
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(多摩大学特別招聘教授 真壁 昭夫)

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