脱製造業を掲げる日立の株価が、なぜパナソニックHDより大きく上昇? 両社の明暗を分けたキャッシュの使い方の違い
2025年5月8日(木)4時0分 JBpress
ビジネスや投資に欠かせない「会計指標」。うまく使いこなすことができれば、決算書からビジネスの成果や課題が見えてくる。本稿では『見るだけでKPIの構造から使い方までわかる 会計指標の比較図鑑』(矢部謙介著/日本実業出版社)から内容の一部を抜粋・再編集。実在する会社の決算書を比較しながら、会計指標とビジネスの結びつきをさまざまな視点で分析する。
ノンコア事業の売却などを通じて事業再編を進め、「脱製造業」を図ってきた日立製作所。2024年3月期決算では減収減益となったにもかかわらず、増収増益を達成したパナソニックホールディングス(HD)に対して、株価では大きく差をつけた。その理由を、両社におけるフリー・キャッシュ・フロー(FCF)の活用方針の違いから読み解く。
株主還元に対する姿勢が表れる配当性向、総還元性向
減収減益の日立が最高益のパナソニックに株価で大差をつけた理由
■「脱製造業」に突き進む、株主還元に積極的な日立製作所
ここからは、日立製作所の決算書と株主還元指標について見ていくとともに、なぜ日立の株価が上昇した一方で、パナソニックHDの株価が伸び悩んでいるのか、その理由について解説しましょう。次ページの図は、2024年3月期の日立製作所における決算書を図解したものです。
図左に示したB/Sの左側で最大の金額を占めているのは、流動資産(5兆8550億円)です。ここには、売上債権(契約資産を含む)が2兆9910億円、棚卸資産が1兆5110億円、現預金が7050億円計上されています。
次に大きいのは、無形固定資産(のれんとその他の無形資産の合計、3兆5500億円)です。この大半はのれん(2兆3720億円)で、主にABBのパワーグリッド事業ならびにグローバルロジックを買収した際に計上されたものです。パナソニックHDと同様に、過去の大型M&AがB/Sの資産に大きな影響を与えています。
一方で、有形固定資産は1兆2220億円となっており、2022年3月期における2兆4790億円から半減しています。また、この金額はパナソニックHDの1兆8300億円に比べてかなり少なくなっています。
これは、日立製作所が日立建機や日立金属、日立Astemoといった有形固定資産を多く保有する子会社を売却、あるいは一部売却することで連結子会社から外してきたためです。日立製作所が進めてきた「脱製造業」の姿勢がB/Sにも反映された結果ともいえます。
続いて、B/Sの右側を見てみると、流動負債が4兆8030億円、非流動負債が1兆5590億円計上されています。そのうち、有利子負債が流動負債に2250億円、非流動負債に9550億円含まれているという状況です。 資本の金額は5兆8600億円で、自己資本比率は48%となっています。
P/Lでは、売上収益が9兆7290億円であるのに対し、売上原価は7兆1470億円(原価率73%)、販管費は1兆8260億円(販管費率19%)となっており、その他の損益等(その他の収益・費用、金融収益・費用、持分法による投資損益、受取・支払利息、非支配持分に帰属する当期純利益を合算したもの)と法人所得税費用を加味した当期純利益は5900億円でした。売上高当期純利益率は6%です。
配当性向と総還元性向についても見ておきましょう。日立製作所の配当金の総額は、中間配当が740億円、期末配当が930億円で、合計で1670億円となっています。これを当期純利益(5900億円)で割ると、配当性向は28%と計算されます。
また、自社株買いがほとんど行なわれていなかったパナソニックHDとは違い、日立製作所のキャッシュ・フロー計算書からは2024年3月期に1000億円の自社株買いが行なわれたことがわかります。配当と自社株買いの金額合計を当期純利益で割ると、総還元性向は45%となっています。
パナソニックHDの配当性向、総還元性向はいずれも18%であったことから、日立製作所のほうがより積極的な株主還元政策をとっていることがわかります。
コーポレート・ファイナンスにおいては、積極的な株主還元を行なう企業ではフリー・キャッシュ・フロー(FCF)が今後増加するという見通しを経営者が持っているとする仮説(シグナリング仮説)や、余剰キャッシュを自社に溜め込むことで経営者が株主価値の向上につながらない投資を行なうのではないかという株式市場からの懸念に対し、積極的な株主還元にはそうした懸念を払拭する効果があるとする仮説(FCF仮説)があります。
こうした仮説を踏まえれば、特に安定期にある企業においては、株主還元に多くの資金を配分する企業の株価が高くなる傾向がある、といえます。
したがって、日立製作所の積極的な株主還元政策は株価の上昇に一役買っていると推測することができるでしょう。
■ 日立とパナソニックで株価に大差がついた決定的な理由とは?
では、パナソニックHDの配当性向や総還元性向が低く、日立製作所では高くなっている理由は何でしょうか。両社のキャッシュ・フロー(CF)計算書のデータから探ってみましょう。
下図は、パナソニックHDのCFの推移を2016年3月期から2024年3月期までまとめたものです。
これによると、2022年3月期の投資CFがおよそマイナス7960億円と大きなマイナスになっていることが読み取れます。これは、先に述べたブルーヨンダーを買収したことによるものです。
その後、2023年3月期、2024年3月期において営業CFは改善傾向にあります。営業CF改善の主な要因は当期純利益が増加したことと、棚卸資産を削減したことです。パナソニックHDは、2023年3月期から2025年3月期までの中長期戦略において、3か年の累積営業CFを2兆円とする目標を掲げています。こうした計画の下、パナソニックHDが、CF経営(P/L上の利益向上に加え、CCC〔キャッシュ・コンバージョン・サイクル、詳細はChapter5の230〜243ページを参照〕の改善などを通じて営業CFの増加を目指す経営のこと)を浸透させ、営業CFを改善してきた様子がうかがえます。
一方で、投資CFは2023年3月期におよそマイナス3440億円、2024年3月期におよそマイナス5790億円とマイナス幅が大きくなってきています。これは主に、北米において車載向け電池を製造する新工場の新設などに向けた大きな設備投資を継続的に行なっているためです。
以上の結果、営業CFと投資CFを合計したフリー・キャッシュ・フロー(FCF)は2024年3月期で2880億円のプラスになりました。FCFは、投資を行なった後に残った余剰CFであり、有利子負債の返済や配当金の支払い、自社株買いを行なううえでの原資となります。パナソニックHDの場合は、このFCF(2880億円)から820億円を配当金の支払いに充当しているという見方になります。
日立製作所の連結CFについても見ていきましょう(下図参照)。
日立製作所においても、2022年3月期の投資CFがおよそマイナス1兆490億円と大きなマイナスです。これは、グローバルロジックを買収したことで大きな資金支出があったことによります。
しかしながら、その後の投資CFの状況を見てみると、2023年3月期は1510億円のプラス、2024年3月期はおよそマイナス1320億円となっており、純投資額が大きく減少していることが読み取れます。これは主に、日立金属の売却や、日立Astemoと日立建機の株式一部売却などによって資金収入が得られたためです。ノンコア事業と位置づけた上場子会社などの売却が、投資CFのマイナス幅の縮小に貢献しているといえます。
また、日立製作所においても2022年3月期以降、営業CFは徐々に改善傾向にあります。2023年3月期には棚卸資産の増加の抑制などが、2024年3月期にはキャッシュに影響のない項目を除いた当期純利益の増加や、棚卸資産の増加抑制、前受金の獲得などが営業CFの増加に寄与しています。
その結果、日立製作所のFCFは2023年3月期には9780億円、2024年3月期には8250億円と高水準で推移しています。
大きく増加したFCFを配当金と自社株買いに充当することができたため、2024年3月期における日立製作所の総還元性向は45%と高くなっていたわけです。なお、2023年3月期の総還元性向は52%となっており、2期連続で高い水準での株主還元が行なわれていたことがわかります。
2024年3月期における当期純利益の比較ではパナソニックHDが4440億円、日立製作所が5900億円と、日立製作所がパナソニックHDの1.3倍となっているのに対し、FCFではパナソニックHDが2880億円、日立製作所が8250億円でパナソニックHDの2.9倍となっています。総還元性向や配当性向の分母である当期純利益の差異に比べて、配当や自社株買いの原資となるFCFの差異が大きくなっていることが、パナソニックHDと日立製作所の総還元性向に大差がついた要因の1つです。
さらに、日立製作所のCFOである加藤知巳氏は、大規模な構造改革は一服するものの、「事業ポートフォリオの見直しは終わらない」とし、資産売却を継続すると述べています。売却によって得た資金は、成長投資や自社株買いに充てる方針です。また、総還元性向について「50%程度は意識している」とも語っています(2024年7月9日付日本経済新聞朝刊)。
これらの発言を踏まえれば、日立製作所の経営陣は今後もFCFが高水準で推移していくと見込んでおり、さらにそのFCFの多くを株主還元に充てようとしていることがわかります。こうしたことが、最近の日立製作所の株高につながっていると見ることができるでしょう。
一方で、パナソニックHDの株価を上昇させるためには、ブルーヨンダーや車載向け電池事業に対する大規模な投資が、今後の営業CFの増加、ひいてはFCFの増加と株主への還元につながることが必要になります。今後、パナソニックHDの営業CFが投資に見合うだけの増加を見せるか否かが、パナソニックHDの株価動向を占ううえで注目すべきポイントだといえます。
<著者フォロー機能のご案内>
●無料会員に登録すれば、本記事の下部にある著者プロフィール欄から著者をフォローできます。
●フォローした著者の記事は、マイページから簡単に確認できるようになります。
筆者:矢部 謙介