だから中国は尖閣諸島に手を出せない…たった1万4681人で"世界6位の海"を守る海上保安庁の知られざる仕事

2024年5月21日(火)9時15分 プレジデント社

尖閣諸島周辺海域の警備を担う海上保安庁最大級のヘリコプター搭載型巡視船「あさづき」=2023年3月19日、沖縄県石垣市の石垣港 - 写真=時事通信フォト

写真を拡大

仕事の視野を広げるには読書が一番だ。書籍のハイライトを3000字で紹介するサービス「SERENDIP」から、プレジデントオンライン向けの特選記事を紹介しよう。今回取り上げるのは奥島高弘著『知られざる海上保安庁 安全保障最前線』(ワニブックス)——。
写真=時事通信フォト
尖閣諸島周辺海域の警備を担う海上保安庁最大級のヘリコプター搭載型巡視船「あさづき」=2023年3月19日、沖縄県石垣市の石垣港 - 写真=時事通信フォト

■イントロダクション


「海保」の略称で呼ばれ、領海侵犯のニュースなどでその名を聞くことの多い「海上保安庁」。あるいは『海猿』といった映画やドラマから、海難救助の組織として認識する人も多いかもしれない。


いずれにせよ、その安全保障上の役割や位置付け、組織の実態について詳しく知る人はさほど多くないだろう。


本書では、2020年1月から22年6月まで海上保安庁長官を務めた著者が、海上保安庁がどのような任務を負い、どれくらいの人員や装備で、どの守備範囲までの仕事をしているのか、といった組織運営の実態を詳しく語っている。


しばしば誤解されるというが、海上保安庁は軍事機関ではなく、警察庁と同じ法執行機関だ。ただし、有事の際には防衛大臣の統制下に入り、国民保護措置や人命の保護などの役割を果たす。安全保障上の要請から軍事機関にすべきとの意見も一部にあるが、著者は「非軍事機関」であるからこそ重要な役割を果たせると反論している。


著者は、海上保安官として警備救難、航行安全等の実務に携わり、根室海上保安部長、第三管区海上保安本部交通部長、警備救難部警備課領海警備対策官、警備救難部長などを歴任。2018年に海上保安監、20年に第46代海上保安庁長官に就任(22年退任)。


1.国民みんなに知ってほしい海保の実態
2.海保を軍事機関にするべきか
3.海保と自衛隊の連携・協力
4.海上保安分野で世界をリードする海保
5.海保は“絶対”に負けられない

■密輸や密漁の取締り、領海警備、環境保全…幅広い業務を行う


海上保安庁は、海上の安全と治安の確保を図ることを任務とする法執行機関です。密輸や密漁等の海上犯罪の取締りのほか、領海警備や海難救助、海洋環境の保全、航行管制等の船舶交通の安全確保、海洋調査など幅広い業務を行っています。


また、有事の際に、内閣総理大臣が特別の必要があると認める場合には、防衛大臣の統制下に入り、住民の避難・救援といった国民保護措置や、海上における人命の保護等の役割を果たすことになっています。


さらに、海上保安庁は、内閣情報調査室をコアとする内閣のインテリジェンス体制「情報コミュニティ」にもしっかりと参画しています。


■愛知県警より少し多い程度の人員で世界6位の領海・EEZを守る


日本は、447万平方キロメートルにも及ぶ広大な領海とEEZ(排他的経済水域)を有する世界屈指の海洋国家です。国土面積では世界第61位ですが、領海・EEZを含めた総水域面積では世界第6位になります。


では、その広大な海洋権益を守る海上保安庁の予算と人員がどの程度の規模なのかご存じでしょうか。予算は2431億円(令和5年度予算)、定員は1万4681人です。海上保安庁では、全国を11の管区に分け、この予算と定員、そして保有する船艇474隻、航空機92機でもって、日本周辺の海上の治安維持と安全確保に努めています(数字はいずれも『海上保安レポート2023』より)。


海上保安庁は、予算も定員も海上自衛隊の規模には到底及びません。海上自衛隊の令和5年度予算は1兆6467億円、定員は4万5141人(防衛省HP「我が国の防衛と予算—令和5年度概算要求の概要—」より)であり、航空機の数も倍以上違います。


同じ法執行機関(警察機関)である警察庁と比較しても、定員の面では都道府県警察トップ3の警視庁、大阪府警、神奈川県警には敵いません。第4位の愛知県警よりは少し多いというくらいの規模です。


写真=iStock.com/omersukrugoksu
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/omersukrugoksu

■「海上保安庁を軍事機関にしなければならない」という意見


海上保安庁に関するさまざまな“誤解”が世間に広がってしまっているという実感があります。たとえば、近年散見されるようになったのは次のような意見です。


「外国のコーストガード(沿岸警備隊)は一般的に軍事機関かそれに準ずる組織だ。しかし、日本の海上保安庁は非軍事の警察機関(法執行機関)だ。これは世界標準から見るとガラパゴス化している。海上保安庁を軍事機関(あるいは準軍事機関)にしなければ、中国の脅威にも対抗できないし、有事の際に自衛隊やアメリカとの連携もうまくいかない」


また、こうした意見を主張される方は決まって海上保安庁法第25条(以下「庁法25条」)を削除すべきだと訴えています。庁法25条というのは、海上保安庁の非軍事性を明確に規定しているものです。


しかし、これも大きな誤解です。庁法25条は、1948年の海上保安庁設立当初から存在する、海上保安庁の非軍事性を確認した規定です。これは本来当然のことを念押しする形で確認する、いわゆる「入念規定」であり、たとえこの規定がなくても、海上保安庁法に定められた任務や所掌事務の規定から見て、海上保安庁が非軍事の法執行機関であることに疑いはありません。


私は、庁法25条の存在意義、役割は十分にあると考えています。


■非軍事の法執行機関であることを内外に示すことが重要


庁法25条は、海上保安庁が疑いなく非軍事組織の法執行機関であることを内外に広く示す役割を担っています。領海警備の第一線でそうした非軍事の法執行機関が対処することにより「事態は法とルールに基づいて解決すべきであり、我が国は軍事的解決を志向していない」という旨の国家意思を示すことができるわけです。


また、有事下において、内閣総理大臣が特別の必要があると認める場合には、海上保安庁は住民の避難・救援といった国民保護措置や、海上における人命の保護等の役割を果たすことになっています。しかし、その際に海上保安庁の巡視船等が「軍事目標」になってしまっては、国民の生命を守ることが難しくなります。


有事にいたる前から一貫して海上保安庁は非軍事組織であること、軍事活動を行わない組織であることを内外に示しておく役割を果たすものが庁法25条であり、それを裏付けるのが海上保安庁の日々の非軍事的な活動なのです。


(*世界でも)海上における法執行活動のメインプレーヤーは今では軍からコーストガードへと変わり、しかも軍とは別の組織のコーストガードが多数派です。いまやコーストガードの存在は、紛争解決の手段として「軍事」「外交」に次ぐ“第三のカード”になると期待されています。


写真=iStock.com/Yata
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Yata

■各国のコーストガードと連携・協力の取り組み


ご存じの通り、現在日本は「自由で開かれたインド太平洋(FOIP:Free and Open Indo-Pacific)」の実現を推進しています。


FOIPとは、法の支配に基づく自由で開かれた海洋秩序を維持・強化することで、インド太平洋地域を国際社会に安定と繁栄をもたらす「国際公共財」にするための取り組みである、と外務省のHPなどでは説明されています。もう少しわかりやすく言うと、「力で現状変更するような勢力を認めず、法とルールを重視する国、つまり日本と同じような価値観の国を増やして国際社会の安定化を図ろう」ということです。


FOIPにおいて、海上保安庁は、


・各国海上保安機関との連携の強化
・各国海上保安機関の海上保安能力向上


という2つの柱の取り組みを進めてきました。


1つ目の柱である「各国海上保安機関との連携の強化」には大きく分けて、2国間の取り組みと、多国間の取り組みがあります。


まず2国間の連携・協力に関して言うと、海上保安庁は、アメリカ・ロシア・中国・韓国・インド・フィリピン・ベトナム・オーストラリア・インドネシア・フランスという地政学上重要な10カ国のコーストガードとは、覚書、協定により2国間の枠組みを構築し、両機関のトップ同士が意見交換をしているほか、実務的な連携・協力も行っています。


■多国間での取り組みも行っている


続いて、多国間の取り組みを3つ紹介します。1つ目は、北太平洋海上保安フォーラム(NPCGF)です。海上保安庁の提唱によって2000年からスタートしました。北太平洋地域の6カ国(日本・カナダ・中国・韓国・ロシア・アメリカ)の海上保安機関のトップが一堂に会し、北太平洋の海上の安全・セキュリティの確保、海洋環境の保全等を目的とした各国間の連携・協力について毎年協議を行っています。



奥島高弘『知られざる海上保安庁 安全保障最前線』(ワニブックス)

2つ目は、アジア海上保安機関長官級会合(HACGAM)です。こちらも2004年に海上保安庁の提唱で第1回会合を開催して以降、毎年開催されています。アジア地域の22カ国1地域2機関で構成され、アジアでの海上保安業務に関する地域的な連携・強化を図ることを目的とする多国間の取り組みです。


3つ目に紹介するのは、地域の枠組みを超えた、全世界的な取り組み、世界海上保安機関長官級会合(CGGS)です。全世界レベルでの取り組みは、2017年9月に開かれた第1回世界海上保安機関長官級会合が世界初です。これも海上保安庁の提唱によってスタートし、第1回会合には世界34カ国1地域、38の海上保安機関等が参加。2019年の第2回会合には世界中から75カ国84機関が集まりました。


■他国の沿岸警備隊の能力向上支援を担当


近年、アジア諸国において海上保安機関の設立が相次ぎ、それに伴って海上保安庁に対する技術指導等の要請、すなわちキャパシティ・ビルディング(能力向上支援)の要請が非常に多くなってきました。


こうした背景から、海上保安庁では2017年に能力向上支援の専従部門「モバイルコーポレーションチーム(MCT)」を発足。これまでの実績としては、チーム発足後から2023年11月1日までの期間で18カ国に95回派遣し、8カ国1機関に22回のオンライン研修を実施してきました。


また、海上保安庁が海外に出て行くのとは反対に、アジア各国の海上保安機関の若手幹部候補職員を日本に招聘し、海上保安政策に関する修士レベルの教育を実施する「海上保安政策プログラム(MSP)」という取り組みも2015年から行っています。


※「*」がついた注および補足はダイジェスト作成者によるもの


■コメントby SERENDIP


非軍事組織でありながら安全保障上きわめて重要なミッションを負うという立ち位置から、さまざまな「つなぐ」役割を果たすというのが、著者の考える海保のあるべき姿なのだろう。つまり、海上自衛隊や他国の沿岸警備隊(コーストガード)との密な連携によって力を発揮するということだ。著者は長官としても、それ以前の領海警備対策官としても尖閣問題に深く関わっており、国家間の争いの最前線にいた。それだけに、軍事だけに頼らない安全保障のあり方についての主張には説得力が感じられる。


----------
書籍ダイジェストサービス「SERENDIP」
ビジネスから教養まで、厳選した書籍のハイライトを10分程度で読めるダイジェストにして配信する書籍ダイジェストサービス「SERENDIP」。国内の書籍だけではなく、まだ日本で翻訳出版されていない、海外で話題の書籍も毎週日本語のダイジェストにして配信。(毎週、国内書籍3本、海外書籍1本)上場企業のエグゼクティブなどビジネスリーダーが視野を広げるツールとして利用しています。
----------


(書籍ダイジェストサービス「SERENDIP」)

プレジデント社

「海上保安庁」をもっと詳しく

「海上保安庁」のニュース

「海上保安庁」のニュース

トピックス

x
BIGLOBE
トップへ