日本に「地震が起きない安全地帯」はない…京大名誉教授が実践する"命を守るシンプルな習慣"

2024年5月27日(月)9時15分 プレジデント社

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/SRT101

写真を拡大

地震が起きた時、命を守るにはどうすればいいか。京都大学名誉教授の鎌田浩毅さんは「地震を予測することはほぼ不可能だが、自宅で家具の下敷きになって重傷を受けないために、いまからできることはたくさんある」という——。

※本稿は、鎌田浩毅『首都直下 南海トラフ地震に備えよ』(SB新書)の一部を再編集したものです。


写真=iStock.com/SRT101
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/SRT101

■「海で起こる地震」と「陸で起こる地震」の違い


はじめに整理をしておきましょう。地震には大きく分けて、「海で起こる地震」と「陸で起こる地震」の二つがあります。


第一のタイプは太平洋岸の海底で起きる地震で、莫大なエネルギーを解放する巨大地震です。陸のプレートと海のプレートの境にある深くえぐれた海溝で起きるため、「海溝型地震」とも呼ばれ、M8〜9クラスの地震を発生させると予想されています。また、海で起こる地震は、東日本大震災のように津波が伴います。


もう一つの陸で起こる地震は、文字どおり足もとの直下で発生します。新聞やテレビなどでは「直下型」や「内陸型」などさまざまな表現がありますが、震源地が内陸であると考えれば十分です。


この地震は頻発している新潟県中越沖地震や岩手・宮城内陸地震、さらに熊本地震、大阪府北部地震、北海道胆振東部地震、能登半島地震のような地震で、1995年に阪神・淡路大震災を起こした兵庫県南部地震もその一つです。これはM7クラスの地震であり、主に活断層が繰り返し動くことで発生します。


■ビルが密集する都市部では被害が大きくなる


こうした直下型地震は震源が比較的近く、かつ浅いところで起きたという特徴があります。また震源地が人の住んでいるところに近いため、発生直後から大きな揺れが襲ってくるので、逃げる暇がほとんどありません。特に、阪神・淡路大震災のように、大都市の近くで発生する短周期地震動(短く小刻みな揺れの周期)をメインとする地震は、建造物の倒壊など人命を奪う大災害をもたらす非常に厄介な地震です。


いかに巨大なエネルギーを解放する地震でも、そこに人が住んでいなければ、あるいは壊れてくるものがなければ、被害は最小限に抑えられます。しかし、それほど大した地震でなくても、ビルが密集し、また空き地がほとんどない都市では、その被害は甚大なものとなってしまうのです。


実は、誘発地震の直撃する地域の中でも最も心配な場所が、東京を含む首都圏です。首都圏も東北地方と同じ北米プレート上にあるため、活発化した内陸型地震が起こる可能性が十分にあります。ここでM7クラスの直下型地震が突然発生することが、最大の懸念となっています。


■想定されている死者は最大1万1000人


この地域では大被害があったことが記録に残っています。1855年に東京湾北部で安政江戸地震(M7.0)が発生し、4000人を超える死者が出ました。また2005年7月にはM6.0の直下型地震が発生し、首都東部が震度5強の強い揺れに見舞われ、電車が5時間以上もストップしました。その後も首都圏では関東南部で起きた地震によって、しばしば交通に乱れが生じています。


国の中央防災会議は、首都圏でM7.3の直下型地震が起こった場合の被害を予測しています。1万1000人の死者、全壊及び焼失家屋61万棟、建物等の直接被害47兆円、95兆円の経済被害がそれぞれ出ると想定しているのです。


内閣府「特集 首都直下地震の被害想定と対策について(最終報告)」より

東日本の内陸部では首都圏も含めて直下型地震が起きる確率が高まった状態で現在に至ると考えたほうがよいでしょう。


■「安全地帯」がない日本列島


日本はどの場所も地震から逃れられないことが、いまだに常識となっていません。それを物語るように、私が講演会で地震について話をすると、「地震が来ないところを教えてください」とみなさんに質問されますが、日本には安全を約束できる場所はまったくないのです。


たとえば、日本列島には「活断層」が全部で2000本以上もあります。これらはいずれも何回も繰り返して動き、そのたびに地震が発生します。一方、その周期は1000年から1万年に1回くらいであり、人間の暮らす尺度と比べると非常に長いのです。


日本列島のどこかで巨大な力が解放されて地震が起きますが、そのどこかは日本の全国土と考えて差し支えありません。


地球上では、断層が1回だけ動いて、あとは全然動かないということはありえないのです。1回動く断層は何千回も動くものであり、これが地球の掟(おきて)です。つまり活断層が見つかったら、そこで過去に何千回も地震が起きていたことを示しているのです。


■3.11後、地盤のひずみ状態は変わった


これまで非常によく動いてきた断層は、これからも頻繁に動く可能性があります。他方、それほど動かなかった断層は、今後もあまり活発には動きません。こうした特徴を個々の断層ごとに研究者は調査します。


国の地震調査委員会は、日本列島に2000本以上存在する活断層の中でも、特に大きな地震災害を引き起こしてきた114本ほどの活断層の動きを注視してきました。


地震本部「主要活断層の評価結果」より

東日本大震災は、東日本が乗っている北米プレート上の地盤のひずみ状態を変えてしまいました。そのために地震発生の形態がまったく変わった、と考える地震学者も少なからずいます。


実際、地震のあとに日本列島は5.3メートルも東側(太平洋側)へ移動してしまいました。また太平洋岸に面する地域には地盤が最大1.6メートルも沈降したところがあるのです。巨視的に見ると、東北地方全体が東西方向に伸張し、一部が沈降したと言えます。つまり、陸地が海側に引っ張られてしまったのですが、これは海の巨大地震が起きたあとに必ず見られる現象です。


■新たな場所で地震が起き始めている


では、このことは何を意味するのでしょうか。いままで巨大な力で押されていた東北地方や関東地方が乗っている北米プレートが、今度は思いきり水平方向に引き延ばされたのです。その結果、いままでとは違った力が地面に働き出しました。


これまでは、横から押されることによって、地面の弱い部分が耐えきれなくなってせり上がる断層が、内陸で直下型の地震を起こしてきました。私たちは地質調査からこうした断層(「逆断層」といいます)を見つけ、地図に記入してきました。もちろん、そのデータは活断層地域として、専門家でなくとも一般の人々も簡単に手に入れることができます。


ところが今度は、ゴムを伸ばすように大地が引き延ばされたのです。そして地殻の弱いところが断層として動き出します。今度の断層は「正断層」といいますが、困ったことにいままで地震が起きてこなかった場所でも地震が起き始めました。


■地震を予測することはほぼ不可能


では、こうした直下型地震は、いつ起きるのでしょうか。結論から言えば、予測はほとんど不可能です。というのは地震を起こす周期は数千年という長いスパンであり、その誤差は数十年から数百年もあるからです。みなさんが求める何月何日に地震が起きるという予知は、もともと無理なのです。


困ったことに、活断層は現在調べられている他にもたくさん存在します。山野に隠れていた未知の活断層が直下型地震を起こした例も少なくありません。たとえば、2000年の鳥取県西部地震や2008年の岩手・宮城内陸地震は、それまで未知であった活断層が動いたものです。


地震の発生後に活断層が発見された報告も珍しいことではないのです。よって、私はどこで新しく活断層が発見されても、またどこで直下型地震が起きてもまったく驚きません。


写真=iStock.com/gyro
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/gyro

■地震で激しく倒壊する建物の共通点


私は1995年の阪神・淡路大震災が起きた直後に、神戸の被災地に入って調査を行いました。そのときに驚いたことがいくつもあります。全壊した家とまったく破損していない家が場所によってきっちりと分かれていたことです。これは地盤の状況を如実に表していたのです。


たとえば、六甲山地から流れ下る河川の自然堤防に当たる場所の家屋は、しっかり立っていました。ここは川が運んできた粒度の粗い礫(れき)などが地下を構成しており、比較的固い地盤となっていました。


それに対して、自然堤防から離れた地域の建物は、激しく倒壊していました。これらの土地は、川から運ばれた砂や泥などの軟らかい堆積物によって覆われた地域です。すなわち、固い礫層の上か、軟弱な沖積層上かで、大きく揺れ方が異なっていたのです。


さらに、高台に近い場所では、同じ整地された区画でも被害状況がまったく異なる住宅群がありました。土地を整地したときに、削られた方の地盤の上に立っていた家は残り、盛り土をされた方の家はひどく崩れていました。


つまり、盛り土の分が軟弱な地盤となっていたのです。また、以前は溜め池であったところを埋め立てた地域にも、同様の大きな被害が出ていました。


■家自体は無事でも、室内は安全ではない


果汁で描いた図柄が、温めると浮かび上がる「あぶり出し」の実験を思い出してみてください。このように、強い揺れは、地面の下に隠されていた地盤の様子をあぶり出してしまったのです。


もっとも、倒壊を免(まぬが)れた家屋でも、家の中は洗濯機を回したようにぐちゃぐちゃでした。家はしっかり残っていても箪笥(たんす)の下敷きになって圧死した方が大勢いました。反対に、家具を留めていただけで命拾いをした人の話もいくつも聞きました。


地盤の良し悪しだけではなく、こうした家の中の状況も大地震が来る前に改善しておかなければならないのです。特に、就寝中に倒れてくる家具によって大ケガすることだけは、なんとしても避けたいものです。


阪神・淡路大震災の際には、最大震度7の地域が、東西方向に帯のように出現しました。ここでは、地面から突き上げる力が非常に強く、無重力の状態が一瞬起きるほどでした。くわしく説明してみましょう。


■震度7で人間に襲い掛かる衝撃


地球上の物体にはすべて「重力」がかかっています。この力はGという記号で表します。重力加速度の単位ですが、1Gは地球上の物体にかかる力です。この1Gを超える力が上向きにかかると、無重力になります。


遊園地のジェットコースターや急流すべりなどの絶叫マシーンで、重力に逆らったときに体感するあの感覚です。たとえば、スペースシャトルを打ち上げるときに宇宙飛行士にかかる力は3Gです。ちなみに、重力加速度が7Gを超えると人間は失神すると言われています。


阪神・淡路大震災で震度7を経験した私の知人は、テレビが宙に舞うのを見たと言っています。本当は、その本人も椅子ごと空中に飛び出していったはずなのですが……。


もし会社のオフィスで震度7に遭遇したらどうなるでしょうか。書類が紙くずのように飛び散るだけでなく、キャスターの付いた椅子やパソコンなど、壁に固定されていないすべての物体が飛び出すのです。スーパーマーケットならば、棚に並んだ商品が吹雪のように舞うでしょう。


■ベルト1本で本の散乱は防げる


地震の揺れが何分も続けば、オフィスは巨大な洗濯機の中で、机と人がかき回されたのと同じ状態になります。こうした中で生身の人間が無傷でいられるわけがありません。会社のロッカーや自宅の洋箪笥の下敷きになって重傷を受けないために、いまからできることはたくさんあります。こんなことは科学の進歩を待たなくても可能なことなのです。


東日本大震災でも、前もって準備をおこたらず被害を最小限に食い止めた人がたくさんいます。私の大学時代の同級生である東北大学の宇田聡(さとし)名誉教授は、仙台市内の研究室の本の散乱を、ベルト1本で防いでいました。本棚はすべて壁に固定してあるだけでなく、本棚の前にかけられたベルトが、膨大な書籍の散乱を防いだのです。


「ベルト1本でも十分に有効だった。なぜみんなはこうしなかったのだろう」と彼は私に語ってくれました。彼は宮城県沖地震が到来することを予測して、このような処置をしていたのです。まさに科学の力を知り、なおかつ自分ができることを行った人の行動そのものであり、ぜひ参考にしていただきたいと思います。


■ベッド周りの「危険物」はすべて取り除く


私も同様の準備を我が家の寝室にしています。頭の上に落ちてくるものは何もないように、本棚や家具などすべてを片付けたのです。厳密には、小さなカタツムリのぬいぐるみが落下するだけです。



鎌田浩毅『首都直下 南海トラフ地震に備えよ』(SB新書)

商売柄、私はたくさんの本を抱えて暮らしているのですが、一念発起してすべての本を一部屋にまとめました。23連ある本棚もすべて固定してあります。


マンションのため天井に穴を開けることができないので、家具屋さんに頼んですべての本棚を鉄の棒で互いに連結してもらいました。いとも簡単にできたのですが、これで本棚の倒壊は完全になくなりました。


みなさんの中には、すでに固い地盤の上に建てられた耐震性の高い家に住んでいる方もおられるでしょう。しかし、もし家具が固定されていなければ、大ケガをする可能性はちっとも減っていないのです。家屋の無事が確保されても、室内で重傷を負わないように、今日から準備していただきたいと思います。


----------
鎌田 浩毅(かまた・ひろき)
京都大学名誉教授
1955年生まれ。東京大学理学部地学科卒業。97年より京都大学大学院人間・環境学研究科教授。2021年から京都大学名誉教授・京都大学レジリエンス実践ユニット特任教授。2023年から京都大学経営管理大学院客員教授、龍谷大学客員教授も兼任。理学博士(東京大学)。専門は火山学、地球科学、科学教育。著書に『地学ノススメ』(ブルーバックス)、『地球の歴史 上中下』(中公新書)、『やりなおし高校地学』(ちくま新書)、『理科系の読書術』(中公新書)、『世界がわかる理系の名著』(文春新書)、『理学博士の本棚』(角川新書)、『座右の古典』『新版 一生モノの勉強法』(ちくま文庫)、『知っておきたい地球科学』(岩波新書)、『富士山噴火と南海トラフ』(ブルーバックス)、『火山噴火』(岩波新書)など。YouTubeに鎌田浩毅教授「京都大学最終講義」を公開中。
----------


(京都大学名誉教授 鎌田 浩毅)

プレジデント社

「地震」をもっと詳しく

「地震」のニュース

「地震」のニュース

トピックス

x
BIGLOBE
トップへ