「突っ張り棒」は東京・両国で命名された…狭い家に住む日本人を救った超便利グッズの"開発秘話"

2025年5月27日(火)7時15分 プレジデント社

平安伸銅工業が展開する「HEIAN SHINDO」ブランド(平安伸銅工業公式サイトより)

日本の家庭で定番の収納アイテム「突っ張り棒」を世に送り出した企業が、平安伸銅工業(大阪市)だ。1975年の発売以来、商品のラインナップを拡大し続けているが、売り上げが頭打ちになった時期もあったという。当時、マーケティング戦略のパートナーとなったsuswork代表の田岡凌さんが、課題解決までの過程に迫った——。

※本稿は、田岡凌『急成長企業だけが実践するカテゴリー戦略 頭に浮かべば、モノは売れる』(クロスメディア・パブリッシング)の一部を再編集したものです。


■突っ張り棒から派生した多様な商品


【田岡凌(以下、田岡)】平安伸銅工業さんは、突っ張り棒の国内トップシェアを誇る企業で、その市場開拓の歴史も大変面白いと聞いております。早速ですが、現在御社が取り扱うブランドからお話を伺ってもいいでしょうか?


【大川昌輝(平安伸銅工業CXO、以下大川)】はい、現在、平安伸銅工業が展開しているブランドは大きく4つあります。


最も古くからあるのが「HEIAN SHINDO」で、主に日用品のブランドです。服やカーテンを吊り下げる「突っ張り棒」、そこから派生した「耐震用家具固定突っ張り棒」や「突っ張り棚」など、機能性を重視した商品を広く展開しています。


平安伸銅工業が展開する「HEIAN SHINDO」ブランド(平安伸銅工業公式サイトより)

2つ目がDIYに馴染みのない方でも気軽にDIYを楽しめるように開発した、「LABRICO(ラブリコ)」というブランドで、2×4材を使って壁面収納を広げるときに活用できるアイテムです。


3つ目が、「DRAW A LINE(ドローアライン)」というブランドで、クリエイティブユニット「TENT」とコラボしたデザイン性の高いスマートな縦突っ張り型のカスタム・ファニチャーです。


最後が、発売後間もない、「AIR SHELF(エアシェルフ)で、これも突っ張り機構を活用して、壁を傷付けずに美しい空中棚を自由に設置できるアイテムです。


■アメリカの浴室を見て「これは使える」


【田岡】よければ、突っ張り棒の誕生から、この3つのブランドが生まれてくるまでの歴史を教えてください。


【大川】平安伸銅工業の創業は1952年で、当初はアルミサッシの製造や、工作機械の加工をしていました。初代社長がアメリカに視察に行ったことが、突っ張り棒の始まりです。アメリカではシャワーとトイレが同じスペースに設置されていて、壁の間に「テンションポール」と呼ばれていた可動式の棒を固定してシャワーカーテンを吊り下げていたんです。バスルームはタイル壁で、穴を開けるわけにもいかなかったんでしょう。


当時の日本は戦後の経済成長期の真っ最中で、集合住宅が量産され始めていた時代でした。狭い部屋をいかに効率良く使うかを模索したときに、テンションポールが使えるはずだと社長は考えたようです。


■力士からひらめいた秀逸なネーミング


【田岡】時代の変化に伴うニーズを、きちんと把握されていたんですね。大都市圏の団地は、間取りも狭く収納に工夫が求められていた時代でした。


【大川】はい。それでアメリカから持ち帰ったその棒を、国内でも売っていこうと決めまして、1975年に会社の主力商品をアルミサッシから、日用品や生活用品にシフトしました。事業転換して改めて会社を設立し、そこから販売をスタートしています。


ただ、当時の日本にはなかったものですから、売り場に置かれていても「何に使うものなのか」がわからないですよね。「テンションポール」と言っても伝わらないですし。


そこで、これを売るのにまず重要なのはネーミングだろう、ということになりました。当時の平安伸銅工業の従業員が両国を歩いているときに、力士を見て「あ!『突っ張り』って伝わりやすいんじゃないか」とひらめいたのだそうです。そこから、「突っ張り棒」というネーミングが誕生しました。


写真=iStock.com/PhotoNetwork
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/PhotoNetwork

■家の中のあらゆるデッドスペースに対応


【田岡】なるほど、面白いですね。平安伸銅工業さんは、1990年代に突っ張り棒がヒットしてリーディングカンパニーになられたわけですが、その大きな要因はどこにあったと考えられていますか。


【大川】カテゴリー名もそうですが、商品を横展開できたことも大きかったと思います。


突っ張り棒や突っ張り棚は「家の中のデッドスペースを収納スペースとして活用したい、でも壁を傷付けたくない」というニーズに対応した製品です。家の中のすべてのデッドスペースのサイズに対応できれば有利です。弊社には現行品の突っ張り棒だけでも150種類ほどあり、これだけのラインナップを持っている競合はそうそういません。


【田岡】突っ張り棒というカテゴリーは、平安伸銅工業さんが成長させてきたようなものですね。商品のラインナップを広げていくに当たって、意識されていたことはありますか?


【大川】「突っ張る」ということを、要素技術として捉える意識が重要だったのではないかと思います。シャワーカーテンを設置するための「テンションポール」だった頃は、壁と壁の間を横に突っ張って、薄いカーテンが1枚吊り下げられるだけの技術でした。けれど、突っ張る技術の使い方は、無限に考えられますよね。


「これを縦に使って天井と床を突っ張ったら、壁面収納ができるんじゃないか?」「家具と天井の間を突っ張ったら、地震のときに家具の転倒を防げるんじゃないか?」「80キロの重さにまで耐えられるように強度を上げたら、収納量を増やせてもっと便利になるんじゃないか?」


要素技術にアイデアを付加することと、機能的な拡充を意識して、ラインナップを広げていったのだと思います。


■企業の危機に三代目社長が動いた


【田岡】大川さんは2019年に平安伸銅工業に入社されていますが、この時点での御社の課題は何だったのでしょうか?


【大川】2000年代の人口減少フェーズに入ってから、製品の売り上げが頭打ちになっていました。主な販路であるホームセンターの出店数が増えていた間は、当社の売り上げも同じような成長曲線で伸びていたのですが、ホームセンターの売り上げが頭打ちになるにつれて、当社の売り上げも頭打ちになっていきました。


平安伸銅工業は突っ張り棒だけではなく、ランドリーラックや物干しなどの生活用品も作っていますが、同じ機能であれば安いほうにお客様は流れます。


そこで、2015年に三代目の竹内香予子が社長に就任してから、「単純なコスト競争ではもう勝てない、会社の体力が残っているうちに新しいチャレンジをしなくてはいけない」と新事業の創出を決めました。2016年にラブリコ、2017年にドローアラインが生まれているのは、そうしたチャレンジの結果で、私が入社したのはこの2つのブランドが走り出した後でした。


■「誰に向けて商品を売ればいいのか」


私は最初にECモールの運用を担当して、それからブランドマネージメントに移りましたが、顧客がどんな人たちなのかわからない状態で売ることや、ブランド戦略を立てることに難しさを感じていました。


【田岡】私が初めて大川さんとご一緒したのが、2022年の8月でした。顧客理解が大事だとわかっていても、それを実践するために組織をどう変えていくか、どう戦略を作っていくかという具体的手法が見つからず、模索されているように感じました。


ちょうど、マーケティング戦略の型をどうやって組織にインストールし事業成長につなげるかを考えていたところでしたので、「ではまずマーケティング研修からやりましょう」とご提案したと記憶しています。


社長、常務、大川さんと経営に関わる方に参加していただいて、顧客理解をすること、顧客目線で考えることとはどういうことかを、共有するところから始めました。


■独学のマーケティングの限界を知った


【大川】まさにそこが、私の課題だったところです。メーカーの良いところでもあり悪いところでもあるんですが、なまじ技術を持っているものだから、お客様のことをそれほど考えなくても商品を作れてしまいます。


「これ、誰が使うんだろう?」「どんなときに使うんだろう?」「使ってどう喜んでくれるんだろう?」と疑問に思っても答えがなく、社内で聞いても誰もわからないんですよ。そこにもやもやして独学でマーケティングを学んでいたのですが、なかなか生きた知恵にはつながらず、実践し切れてはいませんでした。


そんな状態から田岡さんがわれわれとのワークショップを通じて、3つのブランドの「Who/What」を整理してくださいました。どんなお客様が、このブランドからどんな価値を得ているのか、社内で共有できたんです。


こうした取り組みもあって、一緒に取り組んだ、ドローアラインの「Lampシリーズ」などは、発売後の初速で記録にある範囲で最も早く立ち上げることができ事業インパクトも持たせることができました。顧客の体験を定義して、いままでは別々だった機能別組織が一丸となって、お客様のタッチポイントで一貫した体験を提供できた成功体験でした。


【田岡】社内に共通言語を作れたことは、大きな成果だと感じました。役割の異なる方々が集まって、全員で「Who/What」を言語化するプロセスを共にすることで、これまで見えなかった論点が明確になったり、曖昧だった言葉の定義が1つになったりしたと思うんです。全社で意思決定するための土壌を整えられた感じがしました。


■灯台下暗しだったコアターゲット


【大川】私が印象深かったのは、身近に顧客がいるという発見でした。それまで上流戦略に関わっていなかった社内にいる主婦の方々が、実は私たちのブランドターゲットだったんだと気付いたときに、目の前がぱっと開けたんです。


あのワークショップの中で、顧客の解像度が一気に高まる体験を何度もしました。トップダウンだけで戦略を考えてもできないことで、ボトムアップとトップダウンを同時にすることが大事だと改めて学んだ経験でもありました。


【田岡】お客様がその場にいた、という発見は大きかったですね。お客様がどのような行動をとっているか、どこに価値を感じているのかもその方々と言語化することで、お客様の理解を深めることにもつながった気がします。


■既存ユーザーから聞いた「生の声」


【大川】そうですね。「HEIAN SHINDO」で言うと、30代から40代の主婦・主夫の方がコアターゲットです。この方々には、生活変化に合わせてうちの商品が役立っていることがわかりました。お子様がいらっしゃると、その成長に伴って物が増えます。特に小学校入学後は爆発的に物が増える上、お子様が自分で整理・収納できる仕組みも必要になります。


そういうお話を直接伺って、肌感を伴った商品機能を考えられるようになったのは大きなターニングポイントでした。


【田岡】CEP(※)の検証も発見が多かったですね。既存顧客をきちんと分析すると、想定以上のオケージョンがたくさんありました。


※カテゴリーエントリーポイント:人々が特定の状況や感情、目的を感じたときに、あるカテゴリーを思い出すきっかけとなる瞬間


【大川】本当にそうですね。ドローアラインというブランドでは「場所を取らずに主照明を自由な位置に置く」「グリーンを窓辺にたくさん並べる」「靴をディスプレイして見せる」「プロジェクターの設置場所にする」などといった使い方は、まるで想定していませんでした。


「DRAW A LINE」ブランド(平安伸銅工業公式サイト

■技術だけでは「価値」は伝わらない


例えば、「手元に明かりが欲しいんだけど、フロアランプは足場を狭めるし、転倒が怖い。シーリングライトはそもそもそこに電球のソケットがないと設置できないので、場所の制約がある」というお客様の困りごとがありました。ドローアラインならセットの照明もシリーズ展開しているので、邪魔にならなくて簡単に設置できる自分好みの明かりがすぐに作れます。


グリーンを置くという発想も、「グリーンをインテリアとして使いたい。でも、植物を枯らしたくないからちゃんと日当たりの良い場所に置いてあげたい。けれど、棚を置いたら出入りの邪魔になる」という、お客様の困りごとがまずあって、それをドローアラインが解決していました。


これに気付いてから、社内でも顧客価値の捉え方が変わりました。要素技術をポンと出して「はい、これが価値です」と言ってもお客様に伝わるわけがないとみんなが理解できるようになりました。


■「映える」は顧客との距離を近づける


【田岡】お客様の商品購入のきっかけは1つではありませんが、私たちの想像力には限界があります。こちらから見えないニーズは、徹底的にお客様起点にならないと捕まえられません。実際にお客様がSNSで投稿されている利用シーンや利用方法も、仮説立案のヒントになりましたね。


実際にお客様にお話を伺う機会を作られていたようですが、どのようにされていたのでしょうか?



田岡凌『急成長企業だけが実践するカテゴリー戦略 頭に浮かべば、モノは売れる』(クロスメディア・パブリッシング)

【大川】ドローアラインはSNS映えするので、使っている場面を投稿してくれるお客様が多いんです。それを見つけて「お話を聞かせていただけないでしょうか?」とDMで依頼します。ラブリコもそうですね。DIYしたものには、愛着が湧くので人に見せたくなるようです。あとは、自社のECから買ってくださったお客様に依頼することもあります。


いずれの場合も、結構な確率でご了承いただけるので、顧客の声を聞くというところにハードルを感じたことはありません。


【田岡】カテゴリーや独自価値の仮説検証も、かなり力を入れましたね。


【大川】そうですね。こちらが頭の中で考えたことを、早めに検証するのが大事だということもわかりました。お客様の課題や商品のオケージョンから仮説を立案し、実際に広告を開発して回しましたね。


仮説を立案するための定量リサーチや顧客へのインタビューはもちろん重要ですが、実際に仮説を形にして実際の購入が生まれるかを見ることで、スピーディーに仮説検証ができたと感じています。


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田岡 凌(たおか・りょう)
suswork代表
京都大学卒業後、ネスレにてネスカフェ、ミロのブランド担当。外資系企業のブランドマーケティング責任者、マーケティングスタートアップCMOを歴任。現在、suswork株式会社にて、スタートアップから大企業まで数十社の事業戦略、グロース戦略、マーケティング戦略支援を行う。株式会社Sales Marker外部顧問。ギャラップ社認定クリフトンストレングスコーチ。PIVOT、NewsPicks、MarkeZine、ITmediaなどに多数出演。
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大川 昌輝(おおかわ・まさき)
平安伸銅工業CXO(最高体験責任者)
大学在学中から、情報誌の編集者としてキャリアをスタート。その後、日本酒製造会社で酒造りに取り組み、後に転職した会社でウェブマーケターとして広告運用を担当。2019年から平安伸銅工業株式会社に入職、モールEC運用責任者、ブランドマネージャーを経験。現在はCXOとエアシェルフのブランドマネージメントを兼任している。
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(suswork代表 田岡 凌、平安伸銅工業CXO(最高体験責任者) 大川 昌輝)

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