「甲子園も旧帝大も狙える」文武両道の女子が硬式野球部の主将就任で部員から一切文句が出なかった納得の理由

2025年5月30日(金)10時15分 プレジデント社

諏訪清陵の主将は、五味遥花さん(中央) - 撮影=清水岳志

夏の甲子園を目指す地方の高校野球部の主将に女子が就任して話題を呼んでいる。ルールで試合には出場できないが、練習メニューなどは監督に頼らず綿密に組み立て、チームを下支え。練習グラウンドを走り回って声を出す姿を取材したフリーランスライターの清水岳志さんは「チームにはプロ注目の選手もいるが、ベテランの監督も選手も男子全員が野球未経験の彼女に一目置いている」という——。
撮影=清水岳志
諏訪清陵の主将は、五味遥花さん(中央) - 撮影=清水岳志

■公立の進学校の「夏の甲子園」の戦いぶりに注目集まるワケ


夏の甲子園を目指す地方大会開始が迫ってきた。「負けたら終わり」のトーナメントを勝ち抜くため、各校の練習が熱を帯びている。


そんな中、ファンの間で注目されている高校がある。長野県中央部に位置する諏訪市の諏訪清陵だ。実は今夏の同校主将は、女子が務める。1899(明治32)年の創部以来、女子部員の主将は初めてだ。女子の軟式・硬式野球部ならわかるが、そうではない。高校球史でも珍しいケースだろう。


男子で主将のなり手がない弱小チームというわけではない。同高には現在、プロ球団注目の選手も在籍しており、今春の県の公式戦(夏の地方大会の前哨戦)では地元エリア3位に食い込み、県大会にも進出した(連合チームなどを含め県全体で71校中16校)。


過去に甲子園出場こそないものの、公式戦でしばしば県ベスト8〜16に入っている。例年、スポーツに力を入れる強豪私立にもひけをとらず、勝ち上がってくる県立校と評されている。


撮影=清水岳志
選手は短い時間で集中して練習する - 撮影=清水岳志

高校野球は「危険防止」という名目から、グラウンドでプレーできるのは男子選手だけ。女性主将は試合に出場することはできない。にもかかわらず、なぜ女性リーダーだったのか。そして、なぜチームは強いのか。


先日、練習を取材すると、すぐにその理由がわかった。


彼女はグラウンドを走り回っていた。筆者はこれまで数多くの野球部を取材したが、過去イチ走るマネジャーだ。他にも、ボールが入った重いケースを運んだり、白線をひいたり、大きな声で選手に指示を出したり。とにかくじっとせず、せわしなく動き続ける。彼女が「チームの中心にいる」ことは一目瞭然だった。


160cm細身のジャージ姿の主将は、五味遥花さん(3年生)。マネジャーも兼ねるチームの要だ。自身に野球経験はなく、中学まではバレーボール部や陸上部に所属していた。


■ベテランの監督が練習メニュー作りをすべて任せる理由


同校グラウンドは野球部専用ではなく他の部活と共有する。あまり広くないので、内野のノック練習はできるが、外野ノックや打撃練習はできない。週2日、自転車で10分の市営球場で集中してこなす。


男子部員は3年生が7人、2年生9人、1年生8人。他に、マネジャーの女子7人が在籍する。


五味さんの役割は、マネジャーと主将の二役。前者としては、ノック補助(ノッカーにボールを渡す)、おむすび作り、草むしりなど。「決まった仕事は慣れていけるものなので“こなしていく感じ”でそれほど難しくない」という。


撮影=清水岳志
マネジャーと主将の二役を務める五味遥花さん - 撮影=清水岳志

頭を悩ますのは、後者だ。


「チームの状態を把握することも経験がなかったですし、チームにどうやって貢献するかということを考えると難しい。キャプテンとして大変な部分です」


バントや盗塁、ヒットエンドラン、投手交代など、試合での采配は監督の守屋光浩さんが務める。また試合中にチームを鼓舞するのはゲームキャプテンだ。となると、試合に出ない五味主将の具体的な仕事は何なのか。守屋監督は言う。


「ふだんの練習メニュー作りをすべて任せています。五味がその日のメニューを朝のうちに私に報告し、必要があれば私が手直しする。選手もどんな練習をやりたいか、私より希望を言いやすいと思います」


取材した日は、「走力を伸ばしたい」という選手からの要望を受け、五味が前夜に専門家の動画などを参考にして作成したメニューだった。ノック練習後に数組に分かれて瞬発力アップを狙ったトレーニングをした。


「20秒経過、あと10秒。もうちょっと頑張れ!」


五味さんはストップウォッチを手に選手を励ます。練習の進行が予定通り進んでいるかタイムスケジュールもしっかり管理し、短い練習時間(18時半に終了)を有効利用することを常に念頭に置いている。


撮影=清水岳志
コミュニケーションを密にするのが五味主将スタイル - 撮影=清水岳志

守屋監督は基本、練習を見守り、余計な口出しはしないが、「自分では思いもつかないメニューがけっこうある」と五味さんのアイデア力に感心する。選手も、決してやらされる練習ではなく、自分たちの長所と短所をよく考え、頭を使って、自主的に取り組んでいるように見える。


■女性キャプテンに男子選手が文句を言わずについていくワケ


とはいえ、そもそも守屋監督はなぜ野球未経験の彼女を主将に指名したのか。


「その年によってチーム事情はさまざまです。打てる年もあれば投手のいい年もあります。キャプテンはその特徴を最大限引き出して、チーム力を高める人材。そんなリーダーの資質があるのは誰かと考えて、遥花を指名させてもらいました。2年生の春に次期キャプテンとして声をかけ、当時の3年生からも学んでほしい、と伝えました」


当初は、プロ球団のスカウトが数球団視察に来たという捕手で4番の茅野悠喜選手が主将になるだろう、というのが周囲の見立てだったのでは、と想像する。


「男子はどこか物足りなかったんですね。普通に『男子でこいつだ』っていうのがいたら、指名しました。でも、男子連中も遥花だなって思っているはず。異論も出なかったし自然だった。もともと僕が、(髪型自由、監督ミーティングなし、など指導者として)ちょっと変わったことをする人間だっていうのは認識されてはいたとは思いますけれどね」


撮影=清水岳志
諏訪清陵高校野球部の選手の髪型は自由 - 撮影=清水岳志

春の大会では捕手に加え、投手としてマウンドに立つこともある茅野選手は五味主将をどう見ているのか。


「(自分たちの学年で)誰がキャプテンなんだろうと思っていたら、遥花が指名された。最初は驚きましたが、まじめで妥協しないので適任です。それに、(キャプテンという)“権力”が出場選手ではなくて、外にいることで客観的な視点をもてるのはいいことだと思います」


茅野選手は、「技術や戦術は野球キャリアの長い自分のほうがある」とプライドをのぞかせる一方、「僕がキャプテンだったらチームは今頃どうなっていたか……。自分は向いていません。遥花でよかったと思います」と照れくさそうに話す。


こうやって監督や選手から五味さんが一目置かれるのはなぜなのか。理由の一つが賢さだ。


「定期試験の成績優秀者は校内で発表されるんですが、遥花はいつも上位に入っていますね。今年度の大学入試で旧帝大に合格できる学力もあります」(守屋監督)


実は同校は県内屈指の進学校で、25年度では国公立大に地元の信州大学(21人)を中心に計110人の現役合格者を出した。より高い偏差値が求められる旧帝大にも、東京大2人、名古屋大2人など計13人。当然、かなり高いレベルでなければ突破できないが、五味主将はそこを狙えるポジションにつけているのだ。文武両道を体現する主将をリスペクトする部員は多く、自然と「この人についていこう」という気持ちになるというものだ。


高校野球の男子主将は、とにかく声が大きく明るく元気で、プレーでも自分の背中を見せてチームを引っ張るといったイメージがある。


しかし、五味さんにそれはできない。その代わり、各選手と意思疎通を密にして、心身の不調や悩み相談にも耳を傾ける。そうしたパーソナルな信頼関係を少しずつ強くするカルチャーが部員全体に浸透して、チームとしてのパフォーマンスや士気が高まっている印象を受ける。


撮影=清水岳志
ボールを運び、ノックのサポートをする五味さん - 撮影=清水岳志

甲子園を目指す夏の地方大会まであとわずか。「甲子園に行きたいよね?」と聞くと、言葉を選びながら答えた。


「甲子園に行くことは重たいことだと思っていて、(野球未経験で試合にも出ない)私が簡単に甲子園に行きたいと言っていいのかどうか。もちろん、行きたいです。みんなが甲子園を目指しています。でも一番大事なのは、一人ひとりが向上心を持って取り組んで、全員が同じ夏の姿を見せることだと思うんです」


甲子園がすべてではない、ということをわかっていて、ここまでの高校生活での練習の蓄積を各選手が試合ですべて出し切ることを大切にしたいという気持ちがチーム内で共有されているのだろう。


「去年の秋も、今年の春も、(新チームになって)県大会に進むことができたわけだから、五味主将は間違っていない、と思っています。チームも私も、出会うべくして遥花と出会ったんです」


守屋監督はそう言ってちょっと胸を張った。女子主将と30人の部員たちの濃密な時間は、最高の“夏の姿”をもたらしてくれるはずだ。


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清水 岳志(しみず・たけし)
フリーランスライター
ベースボールマガジン社を経て独立。総合週刊誌、野球専門誌などでスポーツ取材に携わる。
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(フリーランスライター 清水 岳志)

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