そこじゃないんだわ…妊娠・出産アドバイザーに9億かける「三原じゅん子大臣はご存じない」少子化の根本原因

2025年5月30日(金)10時15分 プレジデント社

2022年6月25日、横浜駅西口での街頭演説に参加した三原じゅん子さん(写真=Noukei314/CC-BY-SA-4.0/Wikimedia Commons)

巨額の予算を投じても少子化に歯止めがかからないのはなぜなのか。ジャーナリストの池田和加さんは「三原じゅん子大臣の取り組みはどこかチグハグで優先順位が違う。日本の少子化の最大の課題は、女性個人の生殖能力の問題などではない。日本社会全体が子どもを産み育てる生殖能力を失っているのが根本問題だ」という——。
2022年6月25日、横浜駅西口での街頭演説に参加した三原じゅん子さん(写真=Noukei314/CC-BY-SA-4.0/Wikimedia Commons

■「プレコンケア」ではなく、「バースギャップ」に注力すべき


三原じゅん子大臣が率いるこども家庭庁が今月発表した「プレコンセプションケア推進5か年計画」。9億5000万円という大きな予算額に「税金の無駄遣い」「現金給付のほうが効果的」といった批判・疑問がSNSやメディアで噴出している。


識者からも「性教育の“はどめ規制”をまず撤廃すべき」「性と生殖の健康・権利の教育を推進すべき」との厳しい指摘が上がっている。


同庁には少子化対策などとして7兆3000億円という巨額な予算が注ぎ込まれているにもかかわらず効果が乏しいとの声が多い状態だったが、そこに火に油をそそいだ形だ。


この5カ年計画は、将来の妊娠・出産に向けて若年層に正しい健康知識を普及させる取り組みだ。


プレコンセプションケアのプレコンセプション(Pre Conception)とは、受胎や妊娠の前という意味で、妊娠前から女性の心身のケア管理をすることを指す。5年間で「プレコンサポーター」と呼ばれる啓発人材を5万人養成し、企業や自治体、学校で講習や相談窓口を設置するという。


日本女性の産婦人科受診率が欧米と比べて低いのは事実だ。ロシュ・ダイアグノスティックス社の調査によると、日本の婦人科受診経験者は55%にとどまり、7割超のフランスやスウェーデンを大きく下回る。


筆者も、プレコン啓発の重要性を認識しており、その活動に大いに賛同する。だが、既存の医療従事者や教員を増員すれば済む話を、学校や企業などで助言するアドバイザーを新規に養成する立て付けになっていると見られ、裏に、新たな資格制度で誰かが儲ける「資格ビジネス」の臭いもしないではない。


しかし、より深刻な問題がある。それは、どれほど妊娠・出産の知識を普及させても、残念ながらそれだけで劇的な出生数改善は期待できない、ということ。その事実を三原大臣も同省官僚も理解していない。日本の少子化の最大の課題は、女性個人の「生殖能力」の問題ではない。以下に述べるように、社会全体が子どもを産み育てる生殖能力を失っているということだ。


■30歳で子どもがいない女性が母親になれる確率は最大50%


データサイエンティストで人口動態研究者のスティーブン・J・ショー氏が制作したドキュメンタリー「Birthgap - Childless World(バースギャップ——子どものいない世界)未邦訳」は、世界の少子化問題に新たな視点を提供している。ショー氏は24カ国230人もの男女を取材し、これまで見過ごされてきた少子化の共通構造を明らかにした。


「バースギャップ」とは、単なる出生率低下ではない。2つの側面を持つ包括的概念だ。


第一に「人口ギャップ」——高齢者と若年層の人口数の深刻な格差。日本ではすでに現役世代2.03人で高齢者1人を支える構造となり、高齢化率29.3%は世界一、2070年には38.7%に達する見込みだ。一方、子どもの割合は11.5%と49年連続で低下している。


第二に「計画しなかった子なし」——子どもを望んでいたが持てなかった人々の「期待と現実」のギャップ。出産の時間的制約について正確な知識を持たないことで生じる悲劇である。


ショー氏の研究が導き出した数字は衝撃的だ。「30歳で子どもがいない場合、母親になる確率は最大50%」。つまり30歳時点で子どもがいない女性の半分は、その後一度も母親になれない。2人に1人という数字はあまりにもインパクトが大きい(ただし、これはショー氏の統計であって絶対値ではなく、妊娠は個人差が大きいことから、妊娠したい人は無闇に心配せず、まずは産婦人科医に相談することをお勧めする)。


すべての人には人生を選択する権利がある。だが、選択するには「出産リミット年齢」など正確な情報が不可欠だが、日本人男女の生殖に関する知識レベルは残念ながら低いと言わざるを得ない。


■半数の男女が40歳になっても自然に妊娠すると思っている


NPO法人「日本医療政策機構 女性の健康プロジェクトチーム」が1万人の男女を対象に行った調査で「カップルの自然な性交渉によって女性は何歳頃まで妊娠できるか」という質問に、「40歳」(32.2%)、「45歳」(10.1%)、「50歳」(4.1%)、「55歳」(0.4%)、「60歳以上」(1.5%)として、全体の約半数が「40歳以上」でも普通に妊娠できると考えていた(性別で分ければ、男性の54.6%、女性の41.9%)。


また、「不妊治療を受けたら、女性が何歳頃まで妊娠できるか」という質問には、「40歳」(43.1%)、「45歳」(23.9%)、「50歳」(8.9%)、「55歳」(1.0%)、「60歳以上」(1.9%)と回答し、全体の8割が「40歳以上」でも妊娠可能(男性80.3%、女性77.6%)、1割超が「50歳以上」でも可能と考えていた。


生物学的に出産適齢期は20代であり、男性の精子の質も30代以降低下するにもかかわらず、生殖に関するリテラシーはこれほど低い。


この結果の背景にあるのは、教育の問題だ。学習指導要領の「はどめ規定」(性行為や妊娠の詳細な過程を授業で扱わない)により、学校の性教育では生殖について十分に教えず、中学3年間の性教育はわずか9時間程度。欧米諸国の15〜30時間と比べて圧倒的に短い。さらに欧米では、性や生殖の正しい知識を伝えるエンタメやニュース番組も豊富で、子どもたちは学校以外からも情報を得ている。


こうした知識不足が晩産化を招き、多くのカップルが身体的にも金銭的にも負担がある不妊治療を強いられているのではないか。女性だけでなく、男性の生殖能力も年齢とともに低下するという事実も十分に認識されていない。


この「知識不足による晩産化」という視点では、冒頭で触れた子ども家庭庁のプレコンセプションケアは理に適っているように見える。しかし、晩産化を招く要因は知識不足だけではない。より大きな社会的要因が存在する。実は、これは日本だけでなく世界共通の課題だ。


■「子どもはほしいけど、今はまだ無理……」という30代の男女たち


ショー氏のドキュメンタリーには、東アジアから北欧まで世界各国の男女が登場する。「いつかは子どもがほしいけど、キャリアで成果を出してから」「子どもをもちたいけど、今はまだ心の準備ができていない」——そう語る彼らの表情は、どこか焦燥感に満ちている。一方で、いざ妊娠しようとしてもできずに、「もっと早く子作りをすればよかった」と悔やむ男女の姿も映し出される。


筆者自身、まさにこの典型だった。26歳で結婚し、「36歳の高齢出産ギリギリまでに2人ぐらい産めるだろう」と楽観的に考えていた。34歳で1人目、36歳で2人目——そんな人生設計を描いていた。ところが実際に34歳で出産すると、当時、仕事をしていなかったにもかかわらず、想定外のことが次々と起こり、心身ともに参ってしまった。2人目など考える余裕もなかった。


なぜ私たちは、こうも子どもをもつのが遅くなるのか。


教育費の高騰や仕事と育児の両立の困難さといった現実的な問題もある。だが、より根深いのは「まずは自己実現してから子どもを」という価値観に縛られていることではないか。


日本では特に「よーいドン!」で一斉に人生が始まり、少しでもレールから外れると軌道修正が困難だ。この一発勝負社会が、韓国と並んで日本を少子化のフロントランナーにしている。


グローバル化により、世界中が過度な能力主義社会へと変貌している。成果や成功を自己実現と位置づけ、「それを達成してからでないと一人前ではない。そのような状態で子どもをもってはいけない」というバイアスが私たちに刷り込まれている。ショー氏が映画を通して浮き彫りにするのも、まさにこの点なのだ。女性個人の生殖能力ではなく、成果主義に支配された社会全体の生殖能力の欠如なのである。


■グローバル化の波に翻弄されてきた世界に、可能性を提示すべき日本


ショー氏は現在、世界各国の議会や学会に招かれてこのバースギャップについて講演している。そんなショー氏に、「日本は何をすべきか」を聞いてみた。


「日本の親は1970年以降、文化や社会経済の大きな変化にもかかわらず、一貫して1人あたり約2人の子どもをもち続けてきました。しかし、劇的に変化したのは『子どもをもたない人』の割合です。これは10%未満から約30%に激増しました。問題の核心は親にならない人の数が増加していることです。親になりたい若者が早く親になれるよう支援することが急務です」


参考にすべき事例として、ショー氏は中欧の国・ハンガリーを挙げる。同国は2011年から2021年の10年間で婚姻数を2倍にし、出生率を1.23から1.61へと劇的に改善させた(Eurostat統計)。2022年以降は隣接するウクライナ戦争、出産可能女性の人口減少やインフレーションで出生率が失速中だが、EUの平均出生率を上回っている(Eurostat統計)。


「ハンガリーでは25歳未満の家族が近年増えており、母親に向けた所得税無償・学費無償、そして住宅助成金が影響していると思われます。これが長期的なシフトになるかはまだ分かりませんが、研究すべき政策を展開しています」(ショー氏)


ハンガリーの家族政策の柱のひとつには、25歳未満の若者の所得税無償、30歳未満の子持ち既婚者の学費無料など、若者が「仕事と家族」「学業と家族」を両立できる支援がある。


子ども家庭庁は9億5000万円かけて「プレコンサポーター」を5万人養成する遠回りの施策よりも、こうしたストレートな若者支援を少子化解消の近道として検討すべきではないか。


トロント大学の政治学者フィリップ・リプシー氏は、日本を「先駆者国家」と呼ぶ。日本で起きたことは世界各地に波及する、という意味だ。世界中が日本の少子化対策を注視している今こそ、私たちは次のような行動に転換すべきではないか。


● 企業は、若手社員の早期結婚・出産を阻害する長時間労働や転勤制度を見直す。
● 政治は、25歳未満への所得税減免、学費免除や若年世帯への住宅支援を本格検討する。
● 日本人は、「キャリアを積んでから子どもを」という固定観念を捨て、多様な人生設計を受け入れる社会への転換を支持する。


「先駆者国家」日本がいい手本を見せることができれば、同じ課題に直面する世界各国の希望となるにちがいないが、三原じゅん子こども大臣では難しいだろうか。


2022年6月25日、横浜駅西口での街頭演説でグータッチをする三原順子氏と宇都隆史氏(写真=Noukei314/CC-BY-SA-4.0/Wikimedia Commons

5月27日放送の日本テレビ系「DayDay.」(平日朝9時)に同大臣はVTR出演し、「自民党長期政権で少子化対策の成果が出ていない」「出生数が減ってきている」ことに対して検証しているのかとの質問に、「これから。これからしっかりそこ(検証)を始めていく」と回答。20年以上の懸案にもかかわらず、これから検証をすると堂々と答えた。


朝から「ダメだこりゃ」と多くの国民を落胆させた三原大臣にはきっと少子化対策の大仕事は荷が重すぎるのだろう。いっそのこと、トランプ大統領が「日本は少子化を改善しないと関税をかける」と脅してくれたら、政府が本気で取り組むかもしれない。


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池田 和加(いけだ・わか)
ジャーナリスト
社会・文化を取材し、日本語と英語で発信するジャーナリスト。ライアン・ゴズリングやヒュー・ジャックマンなどのハリウッドスターから、宇宙飛行士や芥川賞作家まで様々なジャンルの人々へのインタビューも手掛ける。
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(ジャーナリスト 池田 和加)

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