なぜ今、「サステナビリティ経営」に「ガバナンス」が求められるのか?

2023年7月14日(金)5時0分 JBpress

 目下、日本の大企業が最も注力している経営アジェンダといえば、「サステナビリティ」だろう。先行する欧州企業に遅ればせながらも一気呵成にキャッチアップを図っている日本企業も多いのではないだろうか。その流れの中で、サステナビリティ経営をモニタリング(監督)する仕組みである「サステナビリティ・ガバナンス」の重要性が高まっている。本連載では6回(毎週金曜日更新)にわたり、コンサルタントとして多くの大企業のサステナビリティ経営にアドバイスしてきた内ヶ﨑茂氏(HRガバナンス・リーダーズ代表取締役CEO)が、「日本版サステナビリティ・ガバナンス」構築の必要性と考え方を解説する。

(*)本稿は『サステナビリティ・ガバナンス改革』(内ヶ﨑茂、川本 裕子、渋谷 高弘著/日本経済新聞出版)から一部(「第8章 日本版サステナビリティ・ガバナンスの構築」)を抜粋・再編集したものです。

<連載ラインアップ>※毎週金曜日に公開
■第1回 サステナビリティ経営をモニタリングする仕組みが求められている(今回)
■第2回 サステナビリティ委員会の設置が今の日本には必要
■第3回 モニタリング型のコーポレートガバナンスの構築
■第4回 ダイバーシティの重要性(1)従業員のダイバーシティ
■第5回 ダイバーシティの重要性(2)取締役の属性・年齢のダイバーシティ
■第6回 ダイバーシティの重要性(3)取締役のスキル・専門性のダイバーシティ

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サステナビリティ経営を
モニタリングする仕組みが求められている

「雇用を創出し、排出を削減し、世界的な気温上昇を1.5度に抑えることを追求するグリーン革命を支援することにより、我々の地球を守る。我々は、2030年までの20年間で我々全体の排出を半分に抑え、2025年までに気候資金を増加および改善させつつ、遅くとも2050年までのネット・ゼロにコミットするとともに、2030年までに陸地および海洋の少なくとも30%を保全又は保護することにコミットする。我々は、将来の世代のために地球を守るという我々の責務を認識する。」

 2021年6月のG7サミット(主要7カ国首脳会議)における、共同宣言からの抜粋である。米国において、パリ協定を離脱するなど温暖化防止のための政策に否定的なトランプ大統領が退き、バイデン大統領が就任したことで、日本を含む主要7カ国はグリーン経済の構築、そして地球・社会を守るという責務に向けて一枚岩になったと考えられる。

 地球・社会が抱える問題は、温暖化だけではない。ジェンダーや人種に基づく差別、格差社会の克服、人権の問題など多岐にわたる。各国政府が指針を示し、解決できる問題もあるが、私たちの生活は企業に支えられる部分も大きい。

 たとえば、米国アップルのスマートフォン「iPhone」は世界中で使われ、ダノンのミネラルウォーター「エビアン」は世界中で飲まれている。iPhoneは数千個の部品から製造されており、世界のサプライヤーが環境や社会に配慮したものづくりにこだわり、災害時の緊急連絡など社会貢献的な活用への期待も高まっている。エビアンは約200年以上も守り抜かれたフレンチアルプスで育まれた自然の恵みであり、地域住民はこの清らかな水を将来に残すため様々な環境保護活動に取り組んでいる。

 それらを提供する企業の活動が、環境に優しく人権にも配慮するなどのサステナブルなものでないと、地球・社会を守ることは難しくなる。企業には、社会的な貢献や責任を果たしながら、持続的に成長を果たすことが求められているといえよう。それこそが、「サステナビリティ経営(持続可能な経営)」であると考える。

 一方、第6章で述べたように、今日一般的な会社形態となっている営利法人の株式会社というシステムは二重の無責任をはらんでいると考えられる。

 たとえば、本来は企業として中長期的に温室効果ガスの排出抑制に取り組まなければ、温暖化防止につながらないだけでなく、中長期的に炭素税が課されるなどコスト負担が生じ、財務的に悪影響を及ぼす可能性も十分にありうるが、経営者が短期的な利益に集中するあまり排出抑制に向けた取り組みを怠る可能性もある。

 そうした経営者のモラルハザード(倫理の欠如)を防ぐには、取締役会がサステナビリティ経営についてモニタリング(監督)を効かせていく仕組みが必要であると考えられる。その仕組みこそが「サステナビリティ・ガバナンス」であり、取締役会の役割と責任(Roles and Responsibilities)は、サステナビリティ・ガバナンスの強化にあるといっても過言ではないであろう。

 サステナビリティ・ガバナンスの重要性については、グローバルでも既に認識されている。大手機関投資家のメンバーを中心に、コーポレートガバナンスに関する情報提供や政策への提言などを行うICGN(International Corporate Governance Network:国際コーポレート・ガバナンス・ネットワーク)は、2021年9月にICGN グローバル・ガバナンス原則を改訂している。その中で、主要な改訂項目の一つとして新たにサステナビリティ・ガバナンス(Governance of Sustainability)に関する記載が加わっている。

 具体的には、企業のサステナビリティ・ガバナンスのオーナーシップをとる取締役会の責任ならびに企業の戦略、オペレーション、監督とサステナビリティの統合を図る取締役会の責任を明確にすることを定めている。その他にもICGN グローバル・ガバナンス原則では企業のパーパス(存在意義)についても新たに改訂を行い、取締役会と経営陣が企業のパーパスを明確にして開示するよう奨励すると同時に、パーパスが企業の経営戦略やイノベーションを導くものであることを求めている。

 換言すると、環境・社会・経済の統合的な価値を最大化するために、取締役会の役割はパーパス実現のために骨太の方針(サステナビリティ方針)を策定することにあり、取締役会の責任はサステナビリティ経営を監督することにあるといえる。

 大手機関投資家も、サステナビリティ・ガバナンスについて企業にエンゲージメント(建設的な対話)を行うケースが多い。

 2019年9月、2021年2月から3月にかけてアセットオーナーを含む大手機関投資家約20社にエンゲージメント・プラクティスについてヒアリングを行ったところ、多くの機関投資家がサステナビリティ・ガバナンスの構築をエンゲージメントの議題に挙げた経験を有していた。たとえば、サステナビリティに関する取り組みやKPI(Key Performance Indicator:重要業績評価指標)の進捗について取締役会がどのように監督を行っているか、サステナビリティに関する担当役員を設置しているか、などを尋ねているケースがあった。

 サステナビリティ経営に積極的に取り組むグローバル企業は、サステナビリティ・ガバナンスの構築にも積極的に取り組むケースが多い。たとえば、米国の医薬品会社であるジョンソン・エンド・ジョンソンは“Sustainability Governance”について「明確な説明責任の連鎖を持つ強固なガバナンス構造により、当社のコミットメントとステークホルダーの期待の両方を実現することができる」と記している。

 TCFD(Task Force on Climate-related Financial Disclosures:気候関連財務情報開示タスクフォース)においても、気候関連問題に対する取り組みのゴールと目標への進捗状況を、どのように監督するかという説明を検討する必要があると記されている。

 日本でも2021年6月のコーポレートガバナンス・コードの改訂においてサステナビリティ重視の姿勢が明瞭に打ち出されたことを契機に、「サステナビリティ経営」に取り組もうとする機運は企業の規模を問わず見受けられるようになった。今後は、その取組みをモニタリングする「サステナビリティ・ガバナンス」の構築がさらに注目を集めると考える。

<連載ラインアップ>※毎週金曜日に公開
■第1回 サステナビリティ経営をモニタリングする仕組みが求められている(今回)
■第2回 サステナビリティ委員会の設置が今の日本には必要
■第3回 モニタリング型のコーポレートガバナンスの構築
■第4回 ダイバーシティの重要性(1)従業員のダイバーシティ
■第5回 ダイバーシティの重要性(2)取締役の属性・年齢のダイバーシティ
■第6回 ダイバーシティの重要性(3)取締役のスキル・専門性のダイバーシティ

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筆者:内ヶ﨑茂,内ヶ﨑 茂

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