「諦めるときは死ぬとき」なのか? マンチェスター・ユナイテッドFCを奇跡の勝利に導いた強さの秘密とは
2024年9月18日(水)4時0分 JBpress
生まれながらにして頂点に立つ者などいない。人がよどみなく一体となり、偉大な「勝者」チームとなるには何が必要なのか? 本連載では、世界的ベストセラー『失敗の科学』『多様性の科学』の著者にして英『タイムズ』紙の第一級コラムニスト、マシュー・サイド氏の著書『勝者の科学 一流になる人とチームの法則』(マシュー・サイド著、永盛鷹司訳/ディスカヴァー・トゥエンティワン)から、内容の一部を抜粋・再編集。オックスフォード大を首席で卒業し、自身も卓球選手として10年近くイングランドNo.1の座に君臨した異才のジャーナリストが、名だたるスポーツチームや名試合を分析し、勝者を生む方程式を解き明かす。
第2回は、絶望的な状況にありながら逆転勝利を収めたサッカーの名試合を振り返り、困難な状況下でパフォーマンスを強化し、奇跡を起こす方法を解き明かす。
<連載ラインアップ>
■第1回 マイケル・ジョーダンの名言に学ぶ、重要な局面で「本能的な恐怖」をコントロールする」秘訣とは
■第2回 「諦めるときは死ぬとき」なのか? マンチェスター・ユナイテッドFCを奇跡の勝利に導いた強さの秘密とは(本稿)
■第3回 レスター・シティは、なぜマンチェスター・シティを破ることができたのか?「社会的手抜き」を最小限に抑えるヒントとは
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「自己信頼」が、逆転勝利を導く
2013〜14年シーズンのジ・アッシズのウィンターツアーで、自分たちの代表が粉砕されるのを見たイングランドのクリケットファンと同じように、リヴァプールFCのサポーターはその日、前半の終わりにチームがとぼとぼと退場する姿を見て絶望に近いものを感じた。
ラファエル・ベニテス率いるリヴァプールはACミランのカカ、エルナン・クレスポ、アンドリー・シェフチェンコに痛い目を見せられていた。
3点目のゴールを決められたとき、40人ほどのファンが屈辱に耐えきれずに観客席を後にした。2005年のUEFAチャンピオンズリーグでの出来事だ。この大会に何点差で負けるのかという疑問しか、もう湧いてこなかった。
そのときスタンドで、リヴァプールのファンの一団が歌いはじめた。「それはためらいがちに、怒りのこもった小声で始まった」と、その場にいた『タイムズ』紙のトニー・エヴァンスは書いている。
「ところが、それは突如として、文化と信念の究極の表現となった。歌が終わったとき、緊張は解け、たとえチームは打ちのめされていたとしても、4万人のリヴァプールファンはもはや打ちひしがれていなかった」
チームもここで打ちのめされてはいなかった。スタジアムの奥にあるロッカールームで、ベニテスは決定的な戦略変更に踏み切った。スティーヴ・フィナンを下げてディートマー・ハマンを投入し、カカの独特な攻撃を無効化するように指示した。
そしてベニテスは選手たちに語りかけた。ミランは疲れているだろうし、シーズン終盤にユベントスにセリエAのタイトルを奪われたことで、心理的に弱くなっている可能性があると主張した。ベンチに座り込んでいた選手たちも、ベニテスの話に耳を傾けはじめた。
選手たちはピッチに戻るとき、スタンドのファンの喧騒を聞いた。そのときには誰も、その後6分以内に3点を決めること、エキストラタイムの英雄的な奮闘、そして現代で最大級におもしろいスポーツの試合となったこの日のクライマックスを飾ったPK戦を予測できなかった。
リヴァプールは逆転できる状況ではなかった。やがて奇跡が起こるかもしれないとファンが信じられる状況ではなかった。ところが、それこそが、逆転勝利の本質的なパラドックスなのだ。信じたときにしか、奇跡は起こらない。
アメリカの心理学教授、シェリー・テイラーは、この現象について研究している。ごくありふれた課題においても、自分に非現実的なほど高い期待を抱いている人(要するに、自分は奇跡を起こせると信じている人)のほうが、かなり速く、より効率的にやり遂げられる。自己信頼がパフォーマンスを強化するのだ。
他方で、その課題の難しさについてより現実的な考えを持っている人は、より遅く、集中力を削がれながらしかできない。諦めてしまう場合もある。簡単に言えば、楽観的な思考には、実現の種が含まれている。
先述の「イスタンブールの奇跡」の6年前、カンプ・ノウで開催されたUEFAチャンピオンズリーグでも、私たちはこの現象を目撃している。
試合終了が迫るなか、マンチェスター・ユナイテッドFCはFCバイエルン・ミュンヘンを0対1で追いかけていた。だが、ユナイテッドの選手たちは奇跡についてすべてを知っていた。彼らは準決勝の第二戦で、(驚くべき方法で)ユベントスFCに逆転勝ちしていた。
FAカップの準決勝の再試合では、10人でアーセナルFCに対して最後まで戦い抜いた(私が見たなかで最も手に汗握る試合だった)。自分たちを信じ、負けを認めないという気持ちは、彼らのDNAの一部となっていたのだ。アレックス・ファーガソンの言葉を借りれば、「諦めるときは死ぬとき」なのだ。
ガリー・ネヴィルは、この試合の最後に、疲れているにもかかわらずピッチの逆サイドの高い位置でスローインを受け止めるために全力で走った数秒間のことを回想して、自伝に書いている。「なぜそんなことができたのか? あんなに遠くまで走って、自分は何をしていたのだろう? それはまったく単純なことだった。
ユナイテッドのユースアカデミーの頃から、そうするように教わってきたのだ。死ぬまでプレーし続けろ、死ぬまでボールを追い続けろ、死ぬまで全力で走り続けろと」。ユナイテッドは続くコーナーキックでゴールを決め、試合終了間際にもう1点を入れた。
2013年12月の11日の時点で、オーストラリアにいるクリケットのイングランド代表にも、奇跡かそれに近いものが必要だ。論理的に考えれば、2対0で負けていて、次の試合はパースという恐ろしい場所でおこなわれるため、イングランドはかなり絶望的だ。論理的に考えれば、彼らの奮闘はむだに終わりそうだ。
しかし、いまこそ、論理を無視するべきときなのだ。可能性が水平線上の見えない点ほどに小さくなってしまっているとき、合理性は最大の敵となるだろう。イングランド代表に必要なのは、正気の沙汰とは思えないほど楽観的になることだ。
ここで少し卓球の話をさせてほしい。1980年代初頭のヨーロッパトップ12(名高いリーグ戦)で、スウェーデンのミカエル・アペルグレンは最初の二戦に敗北した。三戦目で彼はラブゲームと15-5で2ゲームを落としていた。万事休すに見えた。
あと一回負ければ、タイトル獲得の可能性は消える。しかし、彼がボールを回収しに来たとき、コーチで元世界チャンピオンのステラン・ベンクソンが伝説となる言葉を囁いた。「小さなチャンスを信じるんだ」
なんと美しく、矛盾したアドバイスだろう。人間は、エビデンスがあることを信じるのに慣れている。それが文明と科学の特徴だ。ところが、ベンクソンは実用的な観点から、アペルグレンに自分のチャンスは打ち砕かれたと信じさせるのは良くないと気づいた。
チャンスがないと考えるほうが理にかなっているかもしれないが、それは致命傷となる。アペルグレンにまだやれると信じさせ、彼の心を(わずかとはいえ)成功の可能性で満たすほうが良い。そうしてアペルグレンは戦い続け、大会に優勝したのだった。
<連載ラインアップ>
■第1回 マイケル・ジョーダンの名言に学ぶ、重要な局面で「本能的な恐怖」をコントロールする」秘訣とは
■第2回 「諦めるときは死ぬとき」なのか? マンチェスター・ユナイテッドFCを奇跡の勝利に導いた強さの秘密とは(本稿)
■第3回 レスター・シティは、なぜマンチェスター・シティを破ることができたのか?「社会的手抜き」を最小限に抑えるヒントとは
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筆者:マシュー・サイド