省人化の時代に、なぜ丸亀製麺は“増人化”へ舵を切ったのか?トリドールHD粟田社長が語る「体験価値」

2024年11月26日(火)4時0分 JBpress

 一軒の焼き鳥屋から始まり、「丸亀製麺」の大ヒットから東証プライム上場を果たしたトリドールホールディングス(HD)。今や国内外に約20の飲食ブランドを持つまでに成長したグローバルフードカンパニーは、なぜ次々と繁盛店を生み出せるのか。本連載では『「感動体験」で外食を変える 丸亀製麺を成功させたトリドールの挑戦』(粟田貴也著/宣伝会議)から、内容の一部を抜粋・再編集。「外食は最も身近なレジャー」をコンセプトに快進撃を続けるトリドールの戦略ストーリーと、成功の源泉とも言える独自の経営論について、創業社長・粟田貴也氏が自ら明かす。

 第3回は、飲食業界の省人化の流れに逆らい、社員やスタッフの増強を続けるトリドールHDの戦略に注目。丸亀製麺で実施している独自の「麺職人制度」など、人の力を店舗の強みとする経営手法に迫る。


省人化の時代に「増人化」する意味

 トリドールはこれから、この時代にはありえない方針に舵を切ろうとしています。傍から見るとそれは、風車に突撃したドン・キホーテのように、愚かしく、無謀に見えるかもしれません。それでも、我々の行くべき道はこちらにある。トリドールは、労働力人口減少による飲食業界の省人化の流れに逆らい、社員・パートナースタッフを増やし、さらに手厚く迎え入れます。

 これからますます少子高齢化が進み、就業人口が減っていくことが予想されています。ただでさえ慢性的な人手不足の飲食業界は、ますます求人難になり、人件費は高騰するでしょう。さらに、2022年からはロシアによるウクライナ侵攻などの影響で、エネルギー費用も高騰。ガス代や電気代は驚くほど値上がりしました。物流が滞り、食材費も上がりました。

 しかし、日本は失われた20年、いや30年と言われるほど経済成長が停滞しており、平均収入はほとんど変わっていません。海外の先進国では、賃金が上昇傾向にあるというのにもかかわらずです。このような社会的な事情から、丸亀製麺でもメニュー価格は極力上げてきませんでした。コストの上昇分を価格転嫁すると、お客様が離れてしまうリスクがあったからです。まさに飲食店にとっては危機的状況だと言えるでしょう。

 このような時代に脚光を浴びているのがフードテックです。チェーン店などを中心に、調理も接客もロボット技術が導入されつつあります。

 私もファミリーレストランで配膳ロボットを見たことがあります。オーダーはタッチパネルで、配膳はロボット。店員と顔を合わせるのは最後の会計時だけでした。そうすると、大型の店舗でもアイドルタイムであれば一人か二人でまわせるのです。会計に自動支払機を導入すれば、入店から退店まで人と接しない、というオペレーションも可能になります。

 こうしたデジタル化・ロボット化の技術は、人手不足の問題を解決する救世主のようにもてはやされています。私も時代的に必要な技術であり、需要は伸びていくだろうと予想しています。ただ、我々の歩む道ではない。

 トリドールの店にお客様が足を運んでくださるのは、そこに体験価値、すなわち感動があるからです。人の手による調理・サービスは、工場生産やマシン製造、ロボットよりも確実性が劣る部分はあります。機械のアウトプットは安定していて、お客様の期待を裏切らないでしょう。でも、期待を超えることもない。

 昨日よりも今日、今日よりも明日、いいものを提供したいという人の思いと努力が、お客様の期待を超える体験を生み出すのです。

 そして、省人化された店舗で感じた一抹の物足りなさ。これは私が60代だからかもしれませんが、やはりどこか味気なく感じたのです。もちろん、人と接点がないことをスムーズで好ましいと感じる人がいることも理解しています。ただ、一律で人手不足に対し省人化という答えを出すのは、顧客不在の考え方ではないでしょうか。

 省人化によってお客様が来なくなったら、本末転倒です。人が生み出す感動を強みとしているトリドールの店では、省人化による客数減は十分に有り得ること。お客様に来てもらえないと、いくらコスト削減できても長期的には経営が成り立ちません。逆に強みを磨くことで来客数が増えれば、人件費などのコストがある程度かかったとしても、結果的には吸収できるという仮説を立てています。

 とはいえ、この時代にさらに人件費を増やして人を雇っていくのは、おかしいと思われるようなことかもしれません。時代に逆行しているのも理解しています。ただ、他の人がやらないということは、やり抜けばオンリーワンの存在になれるということです。私の中では、勝ちに行く気持ちで、人を増やそうとしています。

 事実、丸亀製麺では2023年になって過去最高売上を達成する店舗がいくつも出てきています。その理由を、丸亀製麺事業を任せている株式会社丸亀製麺・山口寛社長に聞いてみると、「2年前、1年前よりも人が揃ってきたことが大きい」という答えが返ってきました。やはりトリドールにとっては、人が成功の源泉なのです。


日々の仕事に目標と誇りをもたらす「麺職人制度」

 自分の日々の仕事に目標や誇りを持つ。これは、生き生きとやりがいを持って働くために重要なことです。そのために2016年から実施しているのが、丸亀製麺の「麺職人制度」です。この制度には、各店舗で提供するうどんを期待以上のおいしさにしていくことに加え、自分の仕事に誇りを持って働く人を増やす目的があります。製麺の作業はともすればルーティーンになりがちです。毎日同じことを繰り返すのではなく、日々上達していきたいと思えるような目標を設定したかったのです。

 試験を受けてもらい技術や経験によって4つのレベルに分け、麺職人と認定します。スタート当初から、合格率は30%くらい。すごく難しい試験です。最上位の四つ星とその下の三つ星に認定された人はまだいません。二つ星は全国でたった9人だけ(2024年5月現在)。だからこそ、社内で憧れられるポジションになっています。

 以前からそうだったのですが、この制度ができてから、より製麺担当者のうどんへの思い入れが強くなったように感じます。みんな「自分の麺が一番うまい」と思っているでしょう。製麺について話し出すと止まらないのです。

 さらに丸亀製麺では麺職人が主役のCMを作り、ウェブサイトに麺職人へのインタビュー動画を公開しました。自分でその動画を見たり、動画を見た同僚やお客様に「動画見たよ」「かっこよかった」などと反応をもらったりしたら、その麺職人は確実にモチベーションが上がります。実際、麺職人に認定された人の離職率はかなり低いのです。

 現在、麺職人は全国で1700人以上(2024年5月現在)います。だんだん麺職人制度の知名度も高まってきて、お客様が「ここに二つ星の麺職人がいると聞きました」と遠くからわざわざ来店してくださることもあるのです。

 麺職人制度が知られるようになるということは、丸亀製麺のうどんへのこだわりも知っていただけるということ。それは結果的に来店動機につながり、客数の増加につながると考えています。

<連載ラインアップ>
■第1回 「新規参入でもシェアを取れる」トリドールHD粟田社長が語る、外食産業市場のダイナミックな可能性とは?
■第2回 「製麺所の風情を手放したら丸亀製麺ではなくなる」トリドールHD粟田社長が語る“二律両立”の経営とは?
■第3回 省人化の時代に、なぜ丸亀製麺は“増人化”へ舵を切ったのか?トリドールHD粟田社長が語る「体験価値」(本稿)
■第4回 トリドールHDが始めた「KANDO開拓コミッティ」とは?離職率が下がれば顧客満足度が高まるメカニズム
■第5回 トリドールHD急成長の土台、従業員一人ひとりが持つ成長哲学「トリドール3項」とは?
■第6回 国内外で年間250店、トリドールHD粟田社長はなぜ新規出店の意思決定を人に任せるのか?(12月17日公開)
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筆者:粟田 貴也

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