ポテンシャルある若者を、2割の幹部に鍛え上げる自衛隊の仕組みとは?

2023年11月27日(月)4時0分 JBpress

 不確実性が増し、トップダウン型の組織が時代にそぐわなくなった今、何が組織の命運を握るのか。本連載では、元海上自衛隊海将である著者が、組織の8割を占めるフォロワー(部下)に着目し、上司の「参謀」に育て上げるために必要な考え方、能力について解説した『参謀の教科書』(伊藤俊幸著/双葉社)から、一部を抜粋・再編集。リーダーシップ一辺倒の組織を、自立型の臨機応変な組織に改革するカギを探る。

 第4回目は、主体的に考え、自ら行動できる参謀タイプの人材を体系的に育てる自衛隊の仕組みについて解説する。

<連載ラインアップ>
■第1回 元海上自衛隊海将が伝授、「最強の部下」を作り、組織を激変させる方法
■第2回 防衛大学校初代学長が、学生たちに繰り返し訴えた「理性ある服従」とは何か?
■第3回 自衛隊で明確に使い分けられている「号令」「命令」「訓令」の違い
■第4回 ポテンシャルある若者を、2割の幹部に鍛え上げる自衛隊の仕組みとは?(本稿)
■第5回 カーネギーメロン大学教授が提唱、組織の力を引き出すフォロワーシップ理論

※公開予定日は変更になる可能性がございます。この機会にフォロー機能をご利用ください。
<著者フォロー機能のご案内>
●無料会員に登録すれば、本記事の下部にある著者プロフィール欄から著者フォローできます。
●フォローした著者の記事は、マイページから簡単に確認できるようになります。
●会員登録(無料)はこちらから


リーダーを陰で支える参謀

『参謀の教科書』(双葉社)

 参謀の語源は「謀(はかりごと)に参与する人」という意味で、「謀」とは計画のこと。現代においては「意思決定者の判断の精度を上げるための補佐役」という意味で使われています。

 先ほど「もうひとつの脳」という譬(たと)えを使いましたが、最終的な決断を下すのも、その決断の責任を取るのも、あくまでも上司です。参謀は上司がその決断に至るまでの舞台裏でひたすら汗をかくのが仕事です。

「それでは手柄がすべて上司にいってしまう」と思われる方もいるでしょうが、実際にそういうものです。参謀が仕事をするのは上司を支えるため。では、上司個人のためなのかといったら必ずしもそうではなく、最終的な目標は組織としての大きな目標を達成すること。そこにやり甲斐や自分の使命を感じられないと、おそらく参謀として長続きしないでしょう。

 たとえば私が尊敬する歴史上の参謀に、日露戦争で乃木希典(のぎまれすけ)を支えた児玉源太郎がいます。彼は日露戦争勃発前、台湾総督と内務大臣を務めていました。軍人としてほぼトップまで上り詰めていたのです。

 しかし、対ロシア戦の作戦計画を担当していた参謀次長が急死したため、児玉源太郎は「俺が乃木を支える」といってわざわざ人事降格を自ら願い出ます。

 乃木希典は児玉源太郎より3歳年上ですが、ランクで言えばほぼ同ランク。現代に置き変えれば、企業の役員が窮地(きゅうち)に陥っている事業部の副部長になるようなものです。そして児玉は、旅順(りょじゅん)攻囲戦をはじめとするとさまざまな会戦で天才的な作戦を立案し、日本を勝利に導くことになります。

「自分は平社員だから課長の悩み事なんて関係ない」と思うのではなく、「自分は組織の一員であり、課長の部下である。だから課長をサポートするのは自分の使命である」と思えるかどうかが、参謀になる第一歩です。


参謀を体系的に育てる自衛隊

「売り上げの8割は2割の社員に依存する」という「パレートの法則」をご存じだと思います。よく似た概念として「働きアリの法則」もありますが、組織の8割は「指示によって動く人」もしくは「指示待ち人間」といってよいのでしょう。

 ただし、いまの日本における会社組織の問題は、主体的に考え自ら行動することができる参謀タイプの社員が2割いるのか、ということです。5人に1人ですからそれなりの割合ですが、みなさんの身の回りや自分の組織を見渡してみて、5人に1人参謀タイプの社員がいるでしょうか?

 海上自衛隊はどうかというと、組織を占める幹部自衛官の割合はちょうど2割です。外国海軍の士官の割合も海上自衛隊の幹部と同じ。防大や幹部候補生学校を経て幹部自衛官になる人物はどの時代も2割なのです。

「そりゃ国を守る組織なんだから、海上自衛隊は参謀に適した秀才ばかりを全国からかき集めているんでしょ」と、みなさんは思うかもしれませんが、これが実はまったく違うのです。

 一流大学の学生たちがこぞって就職したがる企業ならまだしも、自衛隊にそこまでの人気はありません。自衛隊では最低限のポテンシャルのある若者を集め、さまざまな仕組みを使い、長い年月をかけて参謀や小部隊の指揮官を経験させ、将来の大部隊の指揮官を作り上げるのです。

 ここでその仕組みの一例を紹介しましょう。

■部下に主体的に考える機会を与える

 海上自衛隊の潜水艦では、艦長は「号令」で指示を出しません。基本的に部下からのリコメンド(提案)がありますし、出しても「訓令」で指示をします。たとえば艦内でなにか課題が見つかったら、艦長は担当士官を呼び出し「こういう課題が見つかった。これを解決する策を考えよ」という「訓令」の形で指示を出します。

 もちろん、急を要するものであれば艦長が直接「号令」することもありますが、急を要さないものであればリーダーは自分なりに解決策が頭に浮かんでいても、部下に考えるチャンスを与えるためにあえて言わないのです。すると、担当士官は必死に情報を集め、方法を考え、文章にして艦長に報告を上げます。そこで艦長が言うことは「了解」か「待て」。つまり、イエスかノーだけです。

 イメージとしては、幹部自衛官は常に自分の階級よりふたつ上のレベルの仕事を経験しているようなものです。最終的なゴーサインは上司が出すので、考案者が責任を取るわけではありません。しかし、部下時代から主体的に考える貴重な機会を得ることができるメリットがあるのです。

 主体的に物事を考えられるようになるには当事者意識が欠かせないとよく言いますが、海上自衛隊ではまさに部下を半強制的に当事者にするわけです。こうした思考の鍛錬(たんれん)を毎日続けることで、若い幹部は参謀に必要な視野や思考法、心構えなどを身に付けていくと同時に、自分がリーダーになった暁(あかつき)には参謀を育成し活用していこうというマインドに変わっているのです。

 ではなぜ、自衛隊では若手幹部のころから艦長に代わって主体的に考える訓練をさせるのか?

 それは、武力攻撃事態が起こり、実際の戦闘が始まった場合、艦長が最後まで生きているとは限らないからです。上級指揮官がいなくなれば、次席指揮官がというように、軍隊における士官は、有事の場合、若い士官であっても部隊指揮を取らなければならないときが来るかもしれないからなのです。もちろん、ここまでシビアな想定は一般企業ではあり得ないかもしれません。

 ただ、考えてもみてください。みなさんの会社でもなにか突発的な事故や病気で上司が不在になる可能性は十分ありますよね。そうした「万が一」に備えて、日ごろから当事者意識を磨き上げ、参謀、さらには将来のリーダーとしての力を身に付けるのは大事なことだと言えるでしょう。

<連載ラインアップ>
■第1回 元海上自衛隊海将が伝授、「最強の部下」を作り、組織を激変させる方法
■第2回 防衛大学校初代学長が、学生たちに繰り返し訴えた「理性ある服従」とは何か?
■第3回 自衛隊で明確に使い分けられている「号令」「命令」「訓令」の違い
■第4回 ポテンシャルある若者を、2割の幹部に鍛え上げる自衛隊の仕組みとは?(本稿)
■第5回 カーネギーメロン大学教授が提唱、組織の力を引き出すフォロワーシップ理論

※公開予定日は変更になる可能性がございます。この機会にフォロー機能をご利用ください。
<著者フォロー機能のご案内>
●無料会員に登録すれば、本記事の下部にある著者プロフィール欄から著者フォローできます。
●フォローした著者の記事は、マイページから簡単に確認できるようになります。
●会員登録(無料)はこちらから

筆者:伊藤 俊幸

JBpress

「自衛隊」をもっと詳しく

「自衛隊」のニュース

「自衛隊」のニュース

トピックス

x
BIGLOBE
トップへ