エヌビディアが変えるヘルスケアの常識、AIの力で実現目指す「医療のブレイクスルー」とは?
2024年12月12日(木)5時58分 JBpress
AIと半導体の両方を武器に快進撃を続けるエヌビディアには、半導体を設計する「ファブレス」とは異なるもう一つの顔がある。つまり、AI開発に関するハード、ソフト、サービスを一貫して提供する「AIプラットフォーマー」としての顔だ。前編に続き、2024年9月に著書『エヌビディア 半導体の覇者が作り出す2040年の世界』(PHP研究所)を出版した国際技術ジャーナリストの津田建二氏に、エヌビディアのAIプラットフォーマーとしての強みや、同社が次に狙う新市場について聞いた。(後編/全2回)
エヌビディアが「AIプラットフォーマー」を自称する理由
──前編では、エヌビディアが急成長を遂げた要因、日本の半導体産業が学ぶべき同社の経営術について聞きました。著書『エヌビディア 半導体の覇者が作り出す2040年の世界』では、創設者兼CEOのジェンスン・フアン氏が同社を「AIプラットフォーマー」と定義しているとのことですが、具体的にはどのような事業形態なのでしょうか。
津田建二氏(以下敬称略) エヌビディアではハード、ソフト、サービスの全てが揃ったソリューションを用意しています。AIをつくるための基本技術を持っているという意味で、自社を「AIプラットフォーマー」と定義しています。
「AIを使って何かを実現したい」という顧客に対し、半導体チップだけを提供しても、顧客は何をすれば良いのか分かりません。そこで、AI活用に最適な半導体であるGPUと、それを動かすためのソフトウエア「CUDA(クーダ)」を提供することで、多くの顧客にとって欠かせない存在となっているのです。
──例えば、自動車メーカーがAIを活用した自動運転を考える時に、エヌビディアのプラットフォームが候補に挙がる、ということでしょうか。
津田 そうですね。各社が公言しているわけではありませんが、現時点でエヌビディアのプラットフォームを使っているメーカーは非常に多いと思います。
エヌビディアが優れているのは、チップの使い方からAIを動かすためのソフトウエア開発環境まで、基本となるプラットフォームをトータルソリューションとしてそろえている点です。
米インテルや米AMDといった半導体メーカーもエヌビディアと同じくAIと半導体の両輪を持っていますが、ハードだけでなくソフトウエア、そしてソフトウエア開発環境まで提供しているのがエヌビディアの特徴であり、強みなのです。
エヌビディアが次に狙う「医療のブレイクスルー」
──著書では、ヘルスケア領域におけるエヌビディアの取り組みについて解説しています。海外ではどの程度、ヘルスケアにおけるAIの活用が進んでいるのでしょうか。
津田 米国の場合、ヘルスケア領域におけるターゲットがはっきりしており、2040年ごろを目標に「パーソナル医療」の実現が近づいてきています。
例えば、風邪を引いたときには風邪薬を処方されますよね。ただし、その風邪薬は万人に効くわけではないので、個人差が出てしまいます。また、「この患者に、この薬が効きそうか」という判断は、患者の検査データなどを踏まえて医師が総合的に下すため、医師の経験値によって結論が変わります。
パーソナル医療における風邪薬の処方は、「なかなか風邪が治らない人」「薬が効きにくい人」を救うために「個人に合わせた薬を調合する」という考え方がベースとなります。AIを用いた遺伝子解析のツールを使って患者一人一人の遺伝子情報を得た上で、患者ごとに最適な薬や治療薬を推奨する、という流れになるでしょう。
エヌビディアでは「遺伝子解析用のAI」と「創薬開発用のAI」を用意しています。薬の組み合わせは何百万、何千万種類もあると言われており、全てを人間が組み合わせようとすると50年かかるとも言われています。そこでAIを使って最適な組み合わせの見当をつけ、その候補が100種類程度に絞り込めれば、長くても1年程度で薬が作れるようになる見通しです。
創薬開発以外にも、外科手術に活用できる「正常細胞とがん細胞を画像認識するAI」もあります。こうしたAIアプリケーションを医療機器に搭載し、直接手術室に持ち込んで画像データを処理することで、手術室内で画像を見ながら「がんなのか、そうでないのか」を見分けることが可能になるでしょう。
エヌビディアでは他のAI同様に、ヘルスケア業界向けのプラットフォームを提供しており、すでに台湾の大手2大病院へのAI導入も進めています。ヘルスケアの中でもたくさんの分野がありますが、それぞれにAIプラットフォーマーという形で幅広く支援していることがエヌビディアの強みと言えます。
日本企業が米国企業から学ぶべき「合理的な考え方」
──著書では、フアン氏の経営哲学についても解説しています。日本企業はエヌビディアからどのような点に注目すべきでしょうか。
津田 エヌビディアの企業風土に注目してほしいですね。かつての日本企業は「企業は人なり」と話す経営者が多く、人がいて初めて企業が成り立つことを理解していたように思います。しかし、近年の日本企業を見ると、そうした価値観は感じられません。
企業の根幹は人であり、「従業員の能力を100%発揮できるようにすること」こそが本来の経営者のあるべき姿です。しかし、多くの経営者は従業員の能力を生かすよりも、自分の考えを実現することに注力しているように見えます。それでは大きな成長は望めません。
エヌビディアのフアン氏は「この会社には上司(ボス)はいない。いるとすればプロジェクトが上司なんだ」と述べています。この言葉が物語っているのは、同社のフラットな社風です。一例として、エヌビディアでは一つのプロジェクトがうまくいかなかったとしても、個人が責任を取らされることはありません。それは、プロジェクトの失敗は個人の責任ではなく、チーム全体の問題だと考えられているからです。
加えて、エヌビディアから見習いたいのが、米国企業の合理的な考え方です。2022年にできた「ボイジャー」と呼ばれる新オフィスでは、フアン氏の社長室がありません。デジタル時代の遊牧民のように建物内を動き回ることが好きだからだと言います。
似たような話を、コンピュータベースの測定器を開発するNI(ナショナルインスツルメンツ)社の元CEOであるジェームス・トゥルッチャード氏から聞いたことがあります。同氏に社長室を作らない理由を尋ねると「いつでもどこでも社員と話をしたいからだ」と答え、社員にとって一つの抵抗になる「ノックをして部屋に入るという行為」を取り払いたいからだと語っていました。
将来のテクノロジーが向かう方法を常に見定めるためにも、経営トップは従業員と十分な対話を行い、人に投資をすることで一人一人の能力を引き出すことが大切だと思います。こうした企業経営の考え方についても、日本企業がエヌビディアから学べる点が多いのではないでしょうか。
■【前編】「賛成は求めない」 半導体の新たな覇者、エヌビディアCEOが3万人の従業員に求めるたった一つのこと
■【後編】エヌビディアが変えるヘルスケアの常識、AIの力で実現目指す「医療のブレイクスルー」とは?(今回)
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筆者:三上 佳大