陸自の挙手は「パー」ではなく「グー」が基本…大ヒット戦争マンガの“意外すぎる舞台裏”

2025年4月25日(金)12時0分 文春オンライン

 北海道を舞台に、侵攻してきたロシア軍と迎え撃つ陸上自衛隊が、壮絶な地上戦を展開する──。ロシアによるウクライナ侵攻を彷彿とさせる設定と「リアル過ぎる」戦場描写が話題の戦争マンガ 『小隊』 の勢いが止まらない。



「心臓が早鐘を打つ」


「増刷につぐ増刷で、ミリタリーを題材としたマンガとしては異例の売れ行きです。当初は“元”ないし“現役”自衛官からの声が多かったのですが、徐々に一般の読者にも浸透している印象を受けます。『心臓が早鐘を打つ』『国防の意味を考えさせられる』と反響が広がっています」(担当編集者)


 内容を簡単に紹介すると──宣戦布告のないまま、ロシア軍が道北と道東の二方面から北海道に上陸、橋頭堡を築いた。自衛隊は住民を避難させ、防御態勢を固める。


 にらみ合いが続くなか、小隊を率いる安達3尉は中隊指揮所から呼び出しをうける。「敵は明朝、行動開始と見積もられる」。いよいよ“ホンモノの戦闘”がはじまる……。


 元自衛官の芥川賞作家、砂川文次氏の 原作小説 を、精緻なミリタリー・イラストレーションで知られる柏葉比呂樹氏がコミカライズした。「鳥肌が立つほどのリアルさ」を実現するにあたり、実際の作業現場では驚くべき発見や、意外な指摘が相次いだという。作画の舞台裏について、柏葉さんにお聞きした。


──作画の段階で、原作者の砂川さんから細かいチェックが入ったとお聞きしました。


柏葉 例えば、作画の段階で砂川先生から指摘が入って驚いたのは、自衛隊の「挙手」のシーンです。一般的な挙手は手のひらをパーの状態に開いて手を上げますよね。ところが、陸上自衛隊の場合は、挙手は「パー」じゃなくて「グー」が基本であると指摘されました。



「そうなんだ、知らなかった!」と驚いたので、それをSNSに投稿したんです。すると、グーの理由について自衛官の方から凄く大きな反響がありました。「手先信号がパーの挙手なので、それと混同しないため」、「汚れた拳を向けるなという意味」、「相手に“手の内”を見せないゲン担ぎ」。


 なかには「『すぐに殴るためだ!』と教育隊で教わりました」など(笑)、皆さんいろいろと教えてくださったのです。結局、本当の正解は今でもわからずのままです。


──なるほど……他にはどんな指摘がありましたか?


柏葉 中隊長の装備に関して、です。作画を始める前に登場人物の装備については写真資料をもとに打ち合わせで確認したのですが、その資料写真では中隊長の装備が拳銃でした。中隊長は指揮官なので小銃ではなく拳銃を装備しているという事だったんですが、どうやらそれは式典の時の写真だったんです。


 僕はそのまま「中隊長クラスになると拳銃で戦うんだ……なんだかカッコイイ!」と能天気にSNSに投稿したのですが、作中のような戦闘の最前線では中隊長も小銃を装備するらしくて……。自衛隊の方やミリタリーに詳しい方には常識なのかもですが、知らない事が多くて反省です。こちらはコミックスでは修正させていただきました。


 SNSでは時に厳しい指摘を受けることもあるのですが、リアルな現場の声をすぐに反映できるという点ではありがたい時代だと思います。


──戦場シーンでは、車両の偽装も数多く描写されていました。


柏葉 作画にあたっては「偽装」についても驚きが多くありました。偽装というのは敵に見つかりにくくするために、車両や装備、隊員自らに草木などの迷彩を施す事なのですが、これが本当に徹底していて驚きました。特に有事下にある車両の偽装では、窓ガラス、バックミラー、ライト…光を反射するありとあらゆる所に偽装を施すんです。



 僕たちも街中で偽装した自衛隊車両を見かけることがあるとは思うのですが、平時の交通ルールの規制もあるのか、バックミラーや窓、ライトへの偽装は限定的です。フルに偽装するとカモフラージュの草でモフモフだったりするんですよね。


 ただその状態をそのまま描くと背景に溶け込んでしまい、何だかわかりにくい画面になってしまう。ですので、偽装の度合いを少し減らしてリアルを求めつつも、わかりやすい画面を構成するのに苦労しました。


戦車の「逆走」は可能なのか


──戦車などの描写では、どんなご苦労がありましたか?


柏葉 前哨戦闘から戻ってくる90式戦車のシーンを描いているのですが、このシーンも悩みました。これは砲塔を真後ろの敵に向けて「砲塔が向く先とは逆方向に走行しながら砲撃する」というシーンなのですが、本当にそんな高度なことが可能なのか? という疑問が頭から離れなかったんです。



 砲撃の衝撃が進行方向に加わるわけですから、理屈では可能でも、やはりそういった状態で正確な砲撃や走行を行うのは非常に難しいんじゃないかと、そう思ったんです。でも同様に砲撃を行うシーンを富士総合火力演習の映像で確認し、うわぁ、凄いなと思うと同時に、本当に様々な想定をして訓練されているんだなと感心させられました。


──柏葉さんは実際に現地に取材に行かれたとお聞きしました。


柏葉 今回、作品のイメージを膨らませるために現地の釧路町に取材に行ったんです。安達たちの小隊が配置されている国道272号線は原作でロシア軍が上陸したと想定される標津町から釧路町を結ぶ国道で片側1車線の一本道。両側にはなだらかな丘陵と畑や牧草地が続いている長閑な場所なんです。


 ここに蜘蛛の巣のような壕が何本も掘られ、自衛隊員が息を潜めて侵略者を迎え撃つ。現地に立っても銃声と火薬とは無縁の風景からはそんな想像はできませんでした。ただ、町役場の壁には自衛官募集の文字が目につき、近くには自衛隊の釧路演習場があり、やはりこの辺りは北海道の防衛にとっても重要な地点なのかなと感じました。


 ロシアのウクライナ侵攻という現実がある今、将来、作中のような悲劇が絶対起こらないとは言えません。僕たちは防衛という課題に無関心ではあってはならない時代に生きていると思います。


──北海道の風景描写も、実は本作の隠れた見所のひとつです。


柏葉 原作の描写に「フキ」や「笹」など北海道に自生する植物に関しての描写があるんです。砂川先生が北海道の部隊に所属していた関係もあり、そのあたりもしっかりと小説に書かれているので僕も少しでも臨場感を出そうと現地では多くの写真を撮って帰りました。



 やはり大きなフキや熊笹、そして白樺の原生林は北海道らしいなと……ただ、はたから見るとパシャパシャと道路脇のフキを撮る姿は、ただの変なおじさんでしたね(笑)。



かしわば・ひろき


1975年北海道生まれ。2007年、デビュー。著書に『映像ディレクター越智は見た 世界怪奇録』(原作・越智龍太)など。



(文春コミック)

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